始_3
「入学式、残念ねえ」
虎丸の母にあたる人物が助手席に座り、そんな言葉を語りかける。
オネエだった時(現在も心はそうなのだが)に経験した入学式という物を思い出してみるが、さほど重要だと思った事があっただろうか。
記憶の限りそう言った事は無く、特に残念だとも思わないのだが、軽く同意の返事を返す。
(そうか…でも都合いいのかしらね。「初めまして」の方が楽だ)
晴れて退院できた本日、登校したあーちゃんはこの場には居ない。
あのビンタの後、少し気まずい空気が流れてしまったので丁度よかった。
(本当に…高校生になってしまったのね…)
つい最近まで、天涯孤独のオカマだったのに。
人生何が起きるかわからないものだ。
「……若返ったのは素直に嬉しいわ」
「ん? 何か言った? 虎丸。」
「あっ…いや、なんでもない」
「あら、そう。 」
つい言葉に漏れてしまった。危ない。
自宅へ向かう車に揺られると、眠気が襲ってきてしまう。
慣れない身体と慣れない環境に疲れているのかもしれない。
(アタシは…孤独の身だったからいいけど…この身体には家族もいる…)
「生きててよかった」と、前座席に居る虎丸の両親の笑顔が見れた。そして自身もそれにホッとしたのだった。
(一生嘘をつき続ける事になるかもしれない…でも…これでよかったのよね、きっと。)
「ほら、虎丸、もうお家につくわよ」
「……うん…! 」
(これからよろしくね。新しいお母さんと、お父さん…)
☆★☆
翌朝、青空の下。あーちゃんと共に登校した虎丸は目の前にそびえ立つものに圧倒されていた。
手入れされた草木、大きな噴水。重厚な門。
レンガ造りの道が続く先には品格溢れる佇まいの校舎。
「で…でかい……」
まるで絵に描いた様なこの学園は、伝統ある、格式高い私立校らしい。
門から少し離れた場所には車専用のターミナルが併設され、高級車が出入りし、続々とお金持ちそうな生徒が降りてきていた。
「ここって…お金持ちが集まってるの…? 」
「は? まあ…そういう子も多いんじゃないかしら? 」
なんだか、歩いてくる生徒達にも品格が漂っている気がしてきた。
自分の家は至って普通の家だったのだが……
「トラ。何突っ立ってるのよ? 早く行くわよ」
彼女が不思議そうにこちらに振り返る。
この子も実はお嬢様なのだろうか。"鶴ヶ谷"という名前からして敷居は高そうだが…。
「あっ…ああ、そうね。」
「…………。」
「…………な、なに? 」
「トラ、話し方おかしいんじゃない? …怪我のせい? 」
「………あっ…」
つい、無意識にオネエな部分が出ていたようだ。
(そうだ…今アタシ…"男の子"なんだ……)
どう釈明しようか考えるが、間も無くしてあーちゃんは身体の向きを戻す。
「まあ、トラが大丈夫なら、どうでもいいけどさっ! 」
すぐに校舎へ歩み始めたあーちゃんは、彼の答えはさほど求めてはいなかったようだ。
(………”女”としての生活が長かったから…気をつけなきゃね。)
絞めたネクタイを正し、気合を入れるように一息吐く。
そうして、"僕"もこの「凰城学園」へ一歩踏み出したのだった――。