始_2
――……『一昨日未明、都内の少年が何らかの原因でビルから落下し、通行人の男性と衝突するいう事件がありました。男性は死亡、落下した少年は意識不明の重体となっています。これに関して警察は……』
誰もいなくなった部屋でアナウンサーの声が響き渡る。
鎮痛剤を飲み、少しぼんやりする頭でそれを眺めていた。
このニュースの通りだ。アタシは自分の"お店"に向かう途中、上から落ちてきた人物にぶつかった。
「通行人は死亡」という事は、アタシは死んだのだろうか。
もちろん、実感は無い。なんたって今こうして意志を持って"生きている"のだから……
……と、いう事は、この身体が落ちた"少年"なのだろうか。
「入れ替わっちゃった…ってこと…? 」
何かのお話であるような、身体が入れ替わっちゃった的なことだろうか。
だが、少し違う。”アタシ”が死亡判定を受けてるというわけだから、少年の意識の入った身体は存在しないのだ。
「"通行人の男性"かあ…心は"女"なのに。失礼しちゃうわ」
さして重要ではない気もするが、そんな事を考えられる程に現状に実感が湧かないのだ。
(どうして、この身体はビルから落ちたのだろう…)
そんな考えを浮かばせていると、部屋の扉が開く。
「体調…どう? 」
入ってきたのは美少女だった。
艶のあるはずの髪はぼさぼさで、きっと部屋を出てからもう一度泣いたのだろう。その顔は見ていて辛いものだった。
「おばさまは…まだ先生のお話を聞いてるわ…」
「少し外の空気入れよっか」と、窓辺に立った背中を見つめる。
開いた窓から風が入り、少女の髪を揺らした。
「……あーちゃん…」
不意にでたその言葉は自分からでたものだった。
振り向いた少女は大きく目を開け、驚いていた。
「今…何て…思い出したの…? 」
駆け寄った彼女の手がアタシの手を握る。
充血した瞳の中に少年の姿が映った。
「わ、私よ…っ! 鶴ヶ谷 紅莉! トラの幼馴染よ…! ……お……覚えてる…? 」
……そうか。だから"あーちゃん"か。
涙をいっぱいに溜めた瞳になんとなく懐かしさを感じるのは、この"身体"が覚えているのかもしれない。だから、無意識でも出たのだろう。
(どうして落ちた…かは後で考えましょ。
…女の子を泣かせるなんて。罪な男だわ…)
彼女の問いに頷いたアタシ。
それは、決意の証でもあった。
見ず知らずのこの身体の持ち主である少年の代わりに生きてやろう、と。
自分の周りで悲しい涙が流れる事が一番嫌いなオネエは、この少年「弓野虎丸」として一歩を踏み出したのだった。
☆★☆
その後行われた精密検査では、先生も絶句する程に良好な結果を得られた身体。
脳にも障害は無いらしく、多少の記憶障害は経過観察だそう。
だがその方が丁度いい。"虎丸"としての生活は始まったばかりで、分からない事があった時の都合のいい言い訳になる。
あっという間に明日には退院を控える中、甲斐甲斐しくお見舞いに来る幼馴染のあーちゃんに、ふと疑問を持つ。
(もしかして…この子とは恋人だったり…しないわよね…? )
それはそれで困る。今も昔も心は"女"。同姓を愛することは出来ないのだから。
「ねえ、あーちゃん。あ…あのさ……」
「なに? 」
切り出してみたものの、何と言えばいいのだろう。
これで本当に恋人同士なら、彼女は酷く傷つくかもしれない。
「…えっと…その…僕と君の…関係なんだけど… 」
「……は? 」
「ちょっと、まだ記憶が曖昧っていうか…だからその…失礼かもしれないんだけど……」
「なによ? いいから言ってみなさいよ? 」
「その……僕達って…恋人同士だったりしたのかなあ…なんて…あはは…」
「な……っ!!! 」
チラリと彼女の顔を見ると、顔を真っ赤にした姿が見えた。
「そんなわけないじゃない…っ!! 」
直後、乾いた音と頬に激痛が走った。
とても怪我人に浴びせる物とは思えないような強打。
(よ…よかった……! )
それでも、ホッと安堵の息をつくことが出来たのだった…。