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第30話 年に一度の大風邪の季節?

 その日は寝台の中が随分と暖かくて、私は久しぶりにロウリィよりも早く目を覚ました。

 首を巡らせれば、今朝はまだ珍しく部屋の暖炉に薪が足されていないらしい。

 すでにもうほとんど炭になっていて、熾火もかすかで心許ない。

 窓辺は既にほんのりと明るく、引かれたままのカーテンには影がいくつも踊っていた。どうやら外では雪が降っているらしい。

 身を起こしてみたものの、思っていた以上の寒さに凍えて、再びいそいそと毛布の中にもぐりこむ。

 ぽかぽかとしたぬくもりに、まどろんでしまう。

 やっぱり少し春がきたみたいだ。

 そのまま眠りに落ちかけた私は、頬ずりした先の何かに飛び起きた。


「ロウリィ!?」


 目を瞑ったままのロウリィの額に手を伸ばす。

 確かめるまでもなく頬も額も赤く、触れた場所はあきらかに熱を帯びていた。

 それも尋常じゃない熱が出ている。

 けほけほと、苦しげな咳が鳴る。なのに、呼吸は弱々しかった。


「誰か」


 部屋の外に向かって呼びかけた声は、こんな時に限ってうまく喉から出てこない。

 いったいいつからこんなにひどい状態だったのか。

 まったく気づかず、のんきに寝ていられた自分が信じられなくて焦燥がつのっていく。


「誰か来て、早く! ねぇ、ロウリィ」


 大丈夫なの、と彼の両頬が少しでも冷えればよいと、いとも簡単に冷えた手を添えればロウリィがゆるりと目を開けた。

 こんな時まで、ぽやぽやすることないのに、と私は理不尽なことを思う。

 飛び込んできたスタンと、慌ただしくなった室内で、私は促されるまま寝台を降りる。

 珍しく血相を変え駆け込んできたルカウトは、呆然とする私の前で、すっと表情を変えた。

 苦しげなロウリィをのぞきこんだ途端、ルカウトはパッと瞳を輝かせ、無表情のまま声だけで「ふふふ」とほくそ笑んだ。


「やって来ましたねぇー、今年も! 年に一度の大風邪の季節が!」

「年に一度の大風邪の季節?」


 何を言っているの、と顔を顰めれば、ルカウトは「ああああー安心した! 何事かと思いましたよー。まったくもう、奥様ったら、人騒がせなんですから」と、たった一人、勝手に、ほうと安堵の息をついていた。やけにわざとらしく胸に手まであてる仕草が癇に障る。

 寝台の上では、結局目を開けていられなかったらしいロウリィが、うるさそうに迷惑そうに何事か呻いている。

 そんなロウリィが目についたのか、彼の侍従はにんまりと口の両端をあげた。


「あははー。今年も頑張りましょーね」


 ロウリィの額を楽しげにつんつんとつつき出したルカウトの頭を、私は「やめなさい!」と叩くことになった。



「とりあえず毒味は私が引き受けますけどね? いいですか、奥様、不用意になんでも口にしないように、ぜひともお願いいたしますね。あ、お菓子も禁止ですからねーえ? ケフィも皆さんも、奥様にお腹が空いたって泣かれても勝手に食べ物を与えないように」


 よろしいですね、とルカウトに念を押され、部屋の内外に集まっていた屋敷の面々は、おずおずと頷いた。

 まるで犬や猫かという言われように、抗議したい気持ちはあるけれど。今は、そんなことに気をとめている場合ではない。


「ルカウト、お医者様は本当に呼ばないつもりなの?」


 今は気休めに雪を積めた枕と、当て布とで、熱を冷やしてはいるけど、一向に楽になっているようには思えない。

 むしろ、ずびりと鼻まですすり出したロウリィは、ますます息がしづらそうだった。

 そうは言いましてもねーえ、とルカウトはいつもの調子で首を捻る。


「医者が来たって何の役にもたちませんし」

「だって、こんなに熱が高いのよ!? 薬を出してもらえれば少しは——」

「そう。それなんです」


 訴えを遮ったルカウトは、私の目の前にびしりと人差し指を突きつけてくる。


「残念ながら、ロウリエに飲み薬の類いはほとんどまったくちっともこれっぽっちも効きません」

「どうして!?」

「え、聞きます、それ? 予想つくでしょ、え、聞いちゃいますか? ほんとのほんっとーうに、わからないんですか? だったら教えてあげないこともないですけどねーえ?」

「いいでしょ、聞いても! 何なのよもうっ!」


 考える時間なんてないんだから、と掴みかかれば、いとも簡単にひょいとかわされてしまった。

 何も読み取れないひょうひょうとしたこの侍従の言動が、いつも以上に頭にくる。


「ルカウト!」

「はいはいわかりましたよーお。何もそんなに怒らなくてもよいんじゃありません? ほら、簡単ですよ。毒やら薬やら何やらかんやら、自分で試しすぎちゃって、毒が効かないのと同様、ほぼあらゆる薬が効かないんです」


 まったくもってロウリエの趣味には困ったものですねーえ、とルカウトはわざとらしく両目をつむり、天を仰ぐように首を振るう。

 私は呆気にとられて、寝台の上で苦しげに喘いでいるロウリィへ視線を移した。

 弱っている人に言いたくはない。言いたくはなかったけれど。


「……ば、ばかなの?」


 どうしても漏れてしまった本音に、声だけでしのび笑っているルカウトが「おばかさんなんですねーえ」と同意してくる。


「そんなわけで、熱を冷やすしか手がない手前、医者を呼んでも大して意味がありません」

「それで、大丈夫なの?」

「まぁ、夕さえ越えられれば、夜までには安心できるくらいに落ち着くでしょう。例年は、だいたいそうですねえー」

「越えられればって……」

「あれ、奥様ってば知らないと仰りますか? ええ、ええ、もちろんご存知ですよねーえ? 人って案外簡単に高熱でぽっくり死んでしまいますよ?」

「こ、怖いこと言わないでよ!」


 私を含め、青ざめた屋敷の面々の前で、ルカウトは何でもないことのように肩をすくめた。


「まぁ、いつも通りなら、明日の朝には熱はすっかりさがりますよ。咳鼻水くらいは残るやもしれませけどねぇー」

「いつも通りなら?」

「そっ! いつも通りなら、きっかり一日でしっかり熱は下がるでしょー」


 予言するように、高らかに、ルカウトは宣言する。


「だからそれまで、くれぐれもうちのロウリエを死なせないでくださいね」


 にんまりと目をたわめ刺された釘に、私は口を引き結んで、ルカウトを睨むことしかできなかった。

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