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第18話 新年会のはじまりです

 がたごとと馬車は不揃いな道を飛び跳ねる。

 乗り慣れているはずなのに、今日に限っては今朝食べたミルク粥を戻してしまいそうなくらい気持ちが悪い。

 さすがに緊張しているのかもしれない。

 少しでも気分を変えようと開けた小窓から望む空は、からりと晴れていた。

 のびやかな田園に薄い冬の青空。穏やかな日差しからは想像もできない寒風がするりと入り込んできて、私は首を竦め外套の襟をきつくかき締めた。


「よい天気ですねぇ」


 向かいに座るロウリィは、冬空と同じ薄蒼の双眸を緩めて、気持ちがよさそうに流れる景色を眺める。

 彼の横顔はのほほんと穏やかな空気を纏っていて、これからピクニックにでも出かけるかのようだ。

 まじまじと睨んでいたことに気付かれたのだろう。

 結婚式以来の正装に身を包んでいるロウリィは、ぽやんと首を傾げた。


「どうしました?」

「だめだわ、ロウリィ。気持ちが悪い」

「ええええ!?」


 小窓の桟に突っ伏した私に、ロウリィがあたふたと焦り出す。

 どうしてこうものんきでいられるのだろう。

 絶対この気分の悪さは、半分以上ロウリィのせいだ。こんな調子でこの人は本当に大丈夫なのだろうか。

 いや、ある意味大物だったのかもしれない。

 こんな日でもいつもと変わらずのほほんぽけぽけぽややんとどっしりのんびり座ってられるのだから。

 本当に恨めしいったらない。

 それもこれもロウリィがあんな約束をしてしまったから!


「それは大変です。カザリアさんは今すぐ家に帰った方がいいですよ」


 突っ伏したまま私が顔だけをロウリィの方に傾けると、それはもうきりっとした表情で彼は姿勢を正した。

 普段のぽややん加減を知っている分、どう頑張ってもその顔は冗談にしか見えないのだけれど。


「……まだ諦めてなかったの?」


 この間、散々やりあったあげく掴んだ権利をそうやすやすと手放す私だと思っているのだろうか、この人は。

 うんざりしている私の前で「いいですか」とロウリィはとつとつと語りだした。


「そもそもですよ? 考えてもみてください、カザリアさん。今回の新年会には僕たち以外にも大勢の方が招待されているんです。いくらチュエイルさんだって、どなたが手を付けるかわからない料理に毒を盛ったり、皆さんが歓談している場に刺客を乱入させたりなんてそんな無粋な真似はしませんよ」

「なら、ロウリィはどうしてそうも私をその場に行かせたくないのよ?」


 だってどう考えたって矛盾しているでしょう、ロウリィの言っていることは。

 安全なら余計連れていってくれていいじゃない。

 追い返そうとする必要性なんて、まったくない。

 どこか問題があるの、さぁ、言ってご覧なさい、と私は睨み返して答えを促す。


「簡単ですよ、奥様。現チュエイル家当主はさておき、今回主催の息子の次期当主も阿呆の子なんですよねーえ、ロウリエ?」

「いくらなんでも言葉が過ぎますよ、ルカ」


 ロウリィが憮然とした面持ちでたしなめると、窓から顔を覗かせたルカウトは相変わらずの無表情を崩さぬまま声だけで忍び笑った。

 がたごとと回る馬車の車輪に、並走するルカウトの馬の蹄音が高らかに絡む。


「どういうこと?」


 眉をひそめれば、ルカウトは馬上で窮屈そうに折り曲げていたやたらと高い背を伸ばし「そういうことなんですよねー」と意味不明な答えを出して窓枠から消えた。

 答えを求めて私がロウリィに再び目線を戻すと、彼は曖昧に表情を崩した。


「ええっと、何と言いますか……ただ彼はちょっと考えが先走り過ぎている上に、ご自身の考えが常に正しく機能すると考えていらっしゃるきらいがあるので、周りが迷惑を被ることが多々あるというだけなんです」

「それは考えが足りない阿呆の子だと言ってるも同然だと思うのだけど、ロウリィ?」


 むしろ具体的になっている分、ルカウトの辛辣な表現よりもロウリィの方がひどく聞こえるくらいだ。

 あっはっはーと窓の外から聞こえてきたルカウトの高笑いがわざとらしい。

 笑い声につられたように見せかけて、ロウリィは目線を馬車の外へと彷徨わせる。


「いやぁ、今日はいい天気になってよかったですね!」


 とってつけたように朗らかな声で言うロウリィがどこまでもうさんくさかった。

 つまり、少なくとも今回の新年会については、その阿呆な次期当主が諸悪の根源で間違いないってことだけが、よーくわかったわ。

 とにかくロウリィがこうな分、私がしっかりしなくちゃいけないのだ。

 ルカウトも、そして彼と一緒に馬車を警護してくれているバノもスタンも会場の中にまではついては来られない。

 一度、新年会の会場内に入ってしまえば最後。

 あとはもう私がロウリィを守るしかない。


「あぁ、そうだ。カザリアさん」


 言い忘れるところでした、とロウリィは流れる景色に彷徨わせていた蒼い目をふいに車内に戻した。


「机を囲んでの会食はないのですが、一応、小腹が空いた際に摘まめるように料理が部屋の隅に用意されているんです」

「……そこに毒は盛られていないんでしょう?」


 恐る恐る念を押せば、ロウリィはにっこりと柔らかに笑んで「はい」と頷く。


「なので、食べる時はそちらから。飲み物もあらかじめ並べてあるものを取るように。手渡されたものは全て無視しましょう」

「………毒、入り?」

「わかりやすいですよね」

「そう、ね?」


 そうなのよね。どうせそんなことだろうと思ってはいたわ。

 思っていたけれど!

 ますます具合の悪くなりそうな話題に思わず溜息が出そうになる。

 瞬間、向かいに座る夫が心なしかそわそわしはじめたのに気付いてしまって、今度は頭が急激に痛くなった。

 聞くまでもなく考えているであろうことが駄々洩れている分、余計に性質が悪い。


「ロウリィ。初めて見るからって、わざと毒を飲んだら離婚するわよ?」

「し、しませんよ、そんなこと!?」


 願わくば、何事もなく無事に、たいくつなくらい平穏に、今日一日を過ごせるように祈りつつ。

 ——新年会のはじまりです。

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