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第12話 ああ、大義名分

「あら? もう少し袖をたっぷりとった方がよかったかしら」

「それならばいっそ袖口を開いてしまって、こんな感じで流した方が、ドレスの裾部分とあいまって綺麗ではないでしょうか」

「あぁ、そうね。それもいいわね。でも、仕立て直すとしたら布地が足りるかしら。まだ、余ってる?」

「う~ん、残量は微妙な感じですね。このままでも充分お美しいですし、今回分はこのままで、次回分をこの形にしてみてはどうでしょう」

「ああ! そうね。それがいいわ。そうしましょう。ちょうどアイスブルーが捨てきれなかったことですし、今度はアイスブルーで、袖がこの形で、ついでに腰の部分に大ぶりのコサージュをつけましょう。ああ、ですが、邪魔にならない程度に。そこは調整しておいてね」


 スケッチブックを覗きこんでいたお義母様は、満面の笑みでぱちりと両手を打った。

 その隣で、手首に針山をつけた侍女が「では次回分も決定ということで」と手にしているスケッチブックに花丸を描き込む。

 部屋には開けられた箱の数だけ衣服があちこちに広げられていた。

「昨日は大変だったんですってねぇ」というお義母様の慰めからはじまって、「ちょっと草むしりをして憂さ晴らしを」とはさすがに言えぬ通過点を通って、今に至る現在。

 お義母様との第二回お茶会はなぜか主役であるはずのお茶を放りだし、着せ替え大会にとって代わっていた。

 ちなみに着せ替え人形役は私だ。

 いえ、たくさんのドレスを試着するのは慣れているのだけれど。

 むしろ、着せ替えをするのもさせるのも好きな方ではあるのだけれど。

 今着ているのはもう何着目になるだろうか。

 淡くくすんだオールドローズは普段選ばない色だからか、鏡に映る自分を見ているとすごく不思議な気分になる。

 すっきりしたデザインのせいか嫌味な甘さはない。むしろ落ち着いた印象を与えるドレスは、上品な美しさがあった。


「ああ、やっぱりカザリアさんの腰は太すぎず、細すぎずいいわねぇ」

「ですねぇ」

「……ありがとうございます」

「胸も肩も丸くていいわねぇ。シルエットが綺麗にでていてうらやましいわ」

「ですねぇ」

「ありがとうございます……」


 お義母様と、ケルシュタイード本家からついて来たという侍女が相互に頷きあう。

 ありがたい。

 褒めてくださるのは、ほんっとうにありがたいのですが。

 そんなに嫁をべた褒めしたって何も出ませんよ、お義母様。

 そもそもお義母様がお好きなのは採寸だけではなかったのだろうか。

 ロウリィが言っていたのは嘘だったのだろうか。

 嘘と言うのなら、お義母様が人見知りだという方がよっぽど嘘っぽいのだけど。

 ぐぅるり、と私の周りを一周して最終確認しているらしいお義母様をつい目で追ってしまう。

 そんなことを考えていたからだろうか。あまりにもじぃーっと見つめすぎていたらしい。

 目があったお義母様がやんわりと首を傾げた。


「私の趣味のことでも聞いたのかしら」

「いえ……」


 まごついていると、お義母様は上品に苦笑した。

 くすりと零した淡い微笑を片手で隠しながら「どうせロウリエが、いらないことまで喋ったのでしょう」と言い当てる。

 さすが母親と言うべきか。


「……ロウリエ様から、お義母様は採寸がお好きだと伺いました」


 素直に事実を認めると、お義母様は「ええ。大好きなのよ」と肯定する。


「でも、変な趣味はお互いさまでしょうにねぇ?」

「は、はぁ……」


 なんて答え辛い質問を投げてくるんですか、お義母様。

 それに、どうしたってお義母様は自身の息子が変なのをお認めになってしまうんですね?

 お義母様は、ドレスに満たされた室内をぐるりと見渡す。


「けれど、これはねぇ、――いろいろと大義名分が必要なのよ」

「大義名分、ですか……?」


 意図が汲めず、頭を捻る。

 そう、とお義母様は内緒話でもするように声をひそめて頷いた。


「それは」


 一体どういうことなのか、と開きかけた口は、お義母様に人差指を押し当てられ阻まれた。

 お義母様は、にっこりと意味深な笑みを浮かべる。


「カザリアさんに一つ聞いておきたいことがあるのよ」


 相変わらずお義母様の指先によって言葉を封じられた私にどうやら拒否権は与えられないらしい。

 ふふふと微笑し続けるお義母様を前にして、私は顎を引くしかなかった。



 軽く立った扉の音。

 コンコンと控えめに叩かれた割に、来訪者は許可を待たずに自ら扉を押し開けた。


「失礼しますね」


 思い出したかのように後から断りを入れられる。

 けれども結局、乱入者は、部屋に脚を踏み入れたその格好のまま立ち止まってしまった。

 立ち止まったというよりも、これは固まっていると言う方が近い気もする。

 一体どうしたのだろう、と様子を窺ってみるが一向に動く気配がない。

 恐る恐る「ロウリエ様?」と呼びかけてみるも、応答なし。

 日頃からあまりにもぽやぽやしすぎじゃないかとは思っていたけれど、今回に限ってはあまりにもぼけらっとしすぎている。

 指でつつきでもしたら、ひっくり返って尻もちまでついてしまうんじゃないだろうか。

 お義母様も不可解に思ったのだろう。右頬に手を当て首を傾げる。


「まさかとは思うけど……あの子、立ったまま寝ているんじゃないかしら?」

「ですが奥方様。ぼっちゃま、目は開いていらっしゃいますよ?」


 侍女の指摘に、お義母様が「目を開けたまま寝ているのかもしれないわ」と平然と答える。

 ありえる。

 ロウリィなら、ひっじょうにありえそうです、お義母様。

 さすがにそんなはずありませんよ、と否定できない現実がむなしすぎていたく身に沁みる。


「……お、起こしてまいります」


 思わず挙手しそうになった右手を左手で辛うじて抑え込んだ。

 二人には「いってらっしゃい」と軽やかに手を振られた。と言っても、距離は多く見積もっても十数歩程度なのだけれど。

 衣類の入った箱を避けながら、ロウリィのところまで辿りつく。


「あの、ロウリエ様。起きてます?」


 試しにひらひらとロウリィの目の前で、手を振ってみる。

 すると「はぁ」と何とも気の抜けた返事が返って来た。

 とりあえず起きてはいるらしい。さっきの返事が寝言でない限りは。


「……何をどうやったら一日で部屋がこんな色に……」

「は、はい?」


 ぼそりと呟かれた呻きに驚いて目を丸くすれば「一応この屋敷借りものなんですよねぇ……」と、さらに的外れな感想が続いた。


「……ロ、ロウリィ?」


 駄目だ。この人、完全に寝ぼけている。


「ちょっと、ロウリィ! 本当に寝てるの? いい加減に起きなさい!?」


 ロウリィをがくがくと揺さぶる。

 お義母様の手前、さすがに首根っこを掴むなんて真似はできないので、今回は両腕を掴んで軽く……ええ、どれだけ焦ろうが軽ーくだ。


「大丈夫です。寝てはいません。……いえ、眠いのは眠いんですが、えっと、はい、目は覚めましたね?」


 なぜに疑問形。

 しかしロウリィは大して気にした風もなく、目頭を指で押さえた。


「いえ、服の色が……誤って絵の具でもひっくり返したのかと」

「え、のぐ?」

「はい」

「――疲れているのね?」

「疲れてはいません。ただ眠いだけなんです」

「……どちらも大して変わらないと思うわ」


 少なくとも私からすれば。


「違うと思いますが」


 ロウリィはぽやりと首を傾げる。

 傍からは彼が言うほど眠たそうには見えないのだけど、ロウリィは普段からぽやぽやーんとしているので、見極めが難しいだけかもしれない。


「それにしても、すごい数の服ですねぇ……」


 感慨深く溜息をついたロウリィは、改めて部屋の中を見渡した。


「当り前でしょう。採寸したからには、服をつくらなくっちゃ。昨日一生懸命こさえたわ、アーリィが。カザリアさんに服を作るために採寸するのだから」

「あ、そうですか」

「――ロウリエ。今、母の言葉を流したわね」


 じとりと、お義母様は向かいから息子を睨んだ。

 目が据わっておりますお義母様。「せっかくよい言い分を思いついたと思ったのに」と嘆くお義母様は、心底悔しそうだ。

 ああ、大義名分ってこのことだったのですね。


「これ片付きます? 無理なら母さんに持って帰らせますので遠慮せずに仰ってください」

「そうかしら? そう多くはないけれど」

「これで、多くないんですか?」

「う、うん?」


 頷くと、ロウリィは驚いた顔をした。

 けれども、今回お義母様が作ってくださったのは、意匠が凝っているとはいえ普段着用のドレスだ。

 用途ごとにわけるとこのぐらいの数は一般的だし、これに正装やらなんやらを加えていけば、さらに多くのドレスが当然必要となる。


「……ぼっちゃま、他に仰ることは」


 一人黙って様子を伺っていた侍女が、ロウリィに問いかける。


「女の人って大変ですねぇ」


 ロウリィは散在するドレスを見ながら、しみじみと呟いた。

 何がそんなに残念だったのか。

 尋ねた侍女は大きな溜息と共に、がっくりと肩を落とした。


「――っと、驚いている場合じゃありませんでした」


 ロウリィは、ハッとしたように言う。

 突然、肩に回された手。

 どうしたのか尋ねる間もなく、ロウリィに背を押された。

 なんだ。いったい何なのだと混乱しているうちに、部屋から廊下に連れ出される。


「それでは、しばらくカザリアさんを返していただきますので」


 宣言して、ロウリィはパタリと扉を閉めた。

 扉に隔たれた部屋の中からは、「いってらっしゃーい」とのんきな声がかかる。


「……ええ、っと?」


 なんとなく嫌な予感がするのは気のせいでしょうか。

 戸惑う私に、ロウリィは「ちょっとお話があります」とちっともぽやぽやしていない顔で切り出したのだ。

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