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第1話 とりあえず泣いてしまってもよろしいでしょうか?

 多くの貴族の結婚が家同士の政略的な結託の結果であるように、私――カザリアの場合も例に漏れず、そうだった。


 今日から私の夫となったその人が、就寝前のお茶を整えた侍女をのんびりと労う。退室を促す声には人のよさが滲み出ていた。

 ロウリエ・アジ・ハルバシン・ケルシュタイード。

 このフィラディアル王国でも名のあるケルシュタイード家の跡継ぎである彼は、本来王宮でそれなりの役職についていてもおかしくはない身分だ。

 にも関わらず、田園風景だけが取り柄の一田舎地方領主としておさまっていた。

 両親がどうして私を彼に嫁がせたのか、こうしてこれから住む領地に到着した今もよくわからない。

 家柄だけなら他にもっと選択肢があっただろうに。

 そうであったのなら少なくともリシェルのいる王都から離れずにすんだはず。

 ええ。わかってはいるのよ。

 こんなことを言ったって今さら意味がないことは!

 はじまらない会話に手持ち無沙汰になって用意された焼き菓子に手を伸ばす。

 さくりと音をたて口の中で崩れた菓子は、香ばしく、ほどよく甘い。

 姿絵で見ていた通り、向かいに座る私の夫になった人の顔はまるかった。

 もう少しかわいらしく言えば、ぽっちゃりしている。

 くるりとつぶらな薄蒼の瞳は、微笑むたびに細くなって、ほとんど見えない。

 見た目同様ぽやぽやとした彼は、口元にほややんと笑みを浮かべた。


「いやあ。カザリアさんは僕には、もったいないですね。とてもおきれいです」

「それは……お褒めにあずかり光栄ですわ、ロウリエ様」


 とりあえず私も微笑み返して、今度はティーカップへ手を伸ばした。私にとっては聞きなれた世辞も素直に受け取っておく。

 王国の宝石と讃えられる王妃候補の親友リシェルと並び、仮にも宮廷の花と呼ばれた身だ。

 寝着姿の今だって、よく櫛けずり香油で整えた蜜色の髪は艶がある。初夏の日差しに輝く緑のようと褒めそやされた翠の瞳は室内であっても、そう見劣りはしないはず。

 それよりもこの状況は何なのか、とぽやぽやとした夫を前に思う。

 形だけの結婚式を終えた後、やはり形だけとなるはずだった愛のない初夜。

 私たちはなぜか向きあって座り、いつの間にかお茶会へと化していた初夜をのんびりと過ごしている。

 別に不満があるわけではない。むしろ私にとっては都合がいい。

 顔をあわせたのは式の直前がはじめてだった。世間一般的にそんなこと珍しくもないと、もちろんわかってはいるけれど、私にとって彼はまだほとんど他人に等しい。


「ああ、カザリアさん。それは飲まないほうがいいですよ?」


 ロウリエ様の控えめな制止に、私は素直に手を止めた。ただ静止の意味がわからず、首を傾げる。

 困ったように彼はまるい頬をかいた。


「それ。どうやら毒が入っているようです」

「は?」

「お茶に毒が入っています。えっと、ほら、このお茶の表面、なんだか反射の仕方がいつもと違うでしょう? 」


 固まった私にロウリエ様は説明を繰り返す。

 欲しかったのはそんな説明ではない、という私の気持ちは微塵も伝わらなかったらしい。


「そうだ、カザリアさん! 武術は使えますか?」

「武、術ですか……?」

「はい、そうです」


 何の冗談かと疑いながら聞き返せば、ロウリエ様はあろうことかにっこりと肯定した。


「僕はちっとも使えないんですよ。だから申し訳ないのですが、カザリアさんに何かあっても僕は助けられないと思います。もしカザリアさんに武術が使えるのなら、逆に守ってほしいくらいです」

「………」

「なので悪いのですが、夜は僕と一緒で我慢してくださいね。警備上、二人まとまっていたほうがまだ安全ですから」


 ほややんと微笑むロウリエ様は、なんてこともないように摘んだ焼き菓子を口の中に放った。

 これが絶句せずにいられるだろうか。

 お父様、お母様。

 あなた方はいったい私に——この結婚に、何を望んでいるのです。

 まったく理解できません。


「今すぐ実家に帰らせてもらってもよろしいでしょうか?」


 切実な私の願いに、ロウリエ様はただただ朗らかに言った。


「今すぐというのは無理じゃないでしょうか? もう夜です。もし帰るのなら明日、陽が昇ってからにした方がいいと思います」


 もう、本当に訳がわからない。

 とりあえず泣いてしまってもよろしいでしょうか?

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