6.勇者とお話
前話に場面を追加しました。
追加場面を要約すると、
始業式に向かう途中にアリシアの友人で見た目が日本人っぽい黒髪転生少女レシナと出会う。
魔術の詠唱が日本語であるということが判明する、と言う感じです。
――学園長室。
机を挟み、男二人が向かい合っていた。
そして、二人は懐かしさに涙を流す――などと言うことはなく、さっそく本題に入る。
「なんでお前がいるんだ、洋介?」
「それはこっちのセリフだ。というか、なんだ、アーサーって」
「それについては何も言わないでくれ……」
恥ずかしさに項垂れ、勇者である修は力なく答えた。
「でも本当にさ、なんで勇者なんてやってんだよ。いつこっちの世界に来たんだ?」
「この世界に来たのは三年前だな」
「三年……いや、それはおかしいだろ。三年前だとすると、お前は高校にいたはずだ」
「あー、洋介。西暦何年から来た?」
「何年って――」
洋介は理由もわからず答える。すると、修は納得したように頷いた。
「俺もその年からこの世界に来たんだ。三年前にな」
「……つまり?」
「時間の流れが違う。もしくはいつからでもこの世界に呼べるということだな」
「そんな馬鹿な……と言いたいが、確かに老けてるしなあ。流石ファンタジーだ……ん? と言うことは、お前の方が年上と言うことか?」
「そういうことだな。老けてるは余計だけど。年上は敬えよ」
「……分かりました勇者アーサー様」
「ごめんなさいマジでやめてください」
切実に頭を下げる修を見て、これは使えそうだと洋介は笑みを零す。
――異世界に来て中二心が擽られないと言えば嘘になるが。
そんなことを考えつつ、洋介は修に質問を投げかける。
「そんな名前を名乗っているお前が悪い。というか、その容姿はどうしたんだ?」
「これは、召喚のときに願いだとかあっただろ。それで、異世界に勇者としていくなら金髪碧眼かなー、なんて」
「……呆れた奴だな」
「そう言うなって、若気の至りだよ」
「……はあ」
思わず洋介は溜息を零す。驚きの連続だが、容姿が多少違うとはいえ修と話していると異世界にいる気がしなかった。
「勇者がいるってことは、魔王もいるのか?」
「いや。昔はいたみたいだけど、イルセアって人がどうにかしたみたいだ。俺の役目は近年活性化した魔物の排除」
「……すげーな。お前、勇者みたいだ」
「勇者だっての」
苦笑交じりに冗談を入れつつ、二人は話を続ける。
「ところで洋介。お前の加護は何だ? というか、どこの国に召喚された?」
「あー、『見る』加護だって言ってたな。修の加護は?」
「『見る』加護ね。まあ戦闘系じゃないあたりお前らしいけど。俺のは加護と言うより、装備だな。勇者装備一式が俺の加護だ」
「……なんか、すごい便利そうなんだけど。聖剣とかか?」
「まあ、そうだな。細かい説明は面倒なんだ。それより、どこに召喚されたんだ」
「……召喚のほうは、よく分からん」
「分からないというのはどういうことだ」
「あー、俺もよく分からないんだ。もう一人呼んでいいか?」
「召喚者か?」
「ああ」
そう言い、洋介の思考を念話で聞いているであろうアリシアを呼ぶ。
◆
修が日本語で話していて生徒に通じた理由は、通訳の耳飾りと言う装備――加護のおかげだった。
いくらでも生成できるというその装備を、洋介も受け取っている。
――案外、『見る』加護ってのはしょぼいのか?
などと洋介が考えていると、外で待機していたアリシアと共に学園長であるエメラダも入ってきた。
「学園長、まだ話は終わってないんですけれどね」
学園長には修が部屋を借りるときに、旧友と二人で再会を喜びたい、と言って出ていてもらったのだ。
「ここは私の部屋だ。いいではないか。それに、学園は完全に中立なのだから」
「……まあ、いいですけどね。それより――」
洋介には中立、と言う言葉が気にかかった。
しかし、疑問を呈するより先に修はエメラダから目線を外し、アリシアに話しかけた。
「アリシア様が召喚者、と言うのはどういうことでしょうか」
「――アリシア、様?」
「なんだ、聞いてないのか。アリシア様はハイルドラ王家の四女、王族だ」
「…………マジで?」
洋介は驚いたようにアリシアを見つめると、アリシアはそれに首肯した。
そして、先ほどの修の質問に答える。
「私も、よく分からないのですが――」
そして、アリシアは分かる範囲での経緯を、修とエメラダに説明した。
「――それは、確かに信じがたいですね」
「そうか? 私でもやろうと思えばできるぞ」
「それは、学園長クラスでなければできないということでしょう」
「言っている意味が分かっているか? 今この世界で、生きているものでは私以外にできる者はおらん、と言うことだぞ」
その言葉の意味を考え、洋介は訝しむような目でエメラダを見た。
見た目は幼女――それが世界最高の魔術師だ、と名乗ったということなのだ。
洋介の思考を置き去りに、話は進んでいく。
「分かってますよ。でも、学園長じゃないんでしょう?」
「そうだ」
「なら一体、誰が……学園長は、心当たりがありますか?」
「ふむ。そうだな。一つ聞きたいんだが――お前、名前は」
エメラダは洋介を指さす。
「洋介だ」
「……ヨウスケ、だと? ヨウスケ・シバヤマか?」
「そうだけど。なんで知ってるんだ?」
洋介が答えた瞬間――空気が変わった。
魔術については全く知らない洋介でさえ、何かしらの魔術が行使されようとしていると理解できるほどの異常が部屋の中で起きた。
温度が下がり、氷の粒が宙に舞う。
慌てたように修がエメラダと洋介の間に入った。
「学園長! なにしてるんですか!」
「お前の、お前のせいで――イルセアは!!」
「イルセア? どういうことです!?」
「――――すまん。取り乱した」
フッと空気が緩み、エメラダは椅子に倒れるように腰を下ろす。
やってしまったという表情は、疲れたような顔に変わり、深いため息を吐いた。
「異世界に来たものの記憶は元の世界では消える。イルセアの言ったとおりだな」
「――なに?」
「ヨウスケ・シバヤマ。お前はイルセアという人物に心当たりはあるか?」
「……いや。ない」
「では、私から話すことはない。思い出したら来るがいい」
そう言い捨て、エメラダは部屋から出て行った。
――来て暴走してすぐ出ていくなんて、嵐みたいなやつだ。そう茶化すことは洋介にはできなかった。
「学園長、イルセアって人を知っているみたいなことを言ってたけど」
「お前も、な。ということは、イルセアは異世界人ということか?」
「気になることも言っていたな」
――異世界に来たものの記憶は、元の世界では消える。
それが本当ならば、洋介や修は地球では誰の記憶にも残っていないということだ。
心配をかけなくて済み、安心する気持ちと共に寂しさも込み上げてくる。しかし、それは考えても仕方のないことだった。
洋介にとって異世界生活初日から謎が謎を呼び、訳が分からなくなっていた。
「訳が分からん。仮にイルセアが異世界人だとしてだ。そんな外人みたいな人間と出会っていると思うか?」
「俺みたいに偽名かもな」
なるほど、と洋介は納得する。
修が勇者アーサーと名乗るように、イルセアも偽名の可能性が高いと思えた。
「そういえば、アーサー様。何故偽名を使っていたのですか?」
アリシアのその言葉にみっともなく言い訳をする勇者の姿が、洋介の目には滑稽に映った。
◆
その後、修は用事があると言い出ていき、洋介とアリシアは部屋に戻った。
「結局、分かったことは学園長が何か知っている、ってことくらいか」
「そうですね……」
「ああ、あとはアリシアが王族だってことにも驚いたけど」
そう言いつつ、洋介は先ほどまでの出来事を振り返っていた。
――異世界に、知り合いがいるなんて、出来過ぎじゃないか。
召喚された初日から、転生者に勇者と出会う。そんな偶然があるのだろうか。
イルセアとは、いったい誰なんだろうか。
俺の知り合いらしいが、学園長の話によるとそれを忘れているということだ。
つまり、イルセアは異世界人で、この世界に来たということだ。
イルセアが魔術を作ったのだとしたら、詠唱が日本語なのも頷ける。
そうすると、恐らくだがイルセアと言う名前だが、日本人。
俺の知り合い、となると、小学校から一緒の修も知り合いじゃないのか。
他には、誰も来ていないのか。
そして、イルセアという、この世界の名前を冠するほどの人物ならば、人を選んで召喚できるのではないか。
仕組まれているのではないだろうか。
そのような洋介の疑問は尽きず、止めどなく湧いてくる。
「ヨウスケさん。大丈夫ですか?」
「あ、ああ。大丈夫」
そう言いつつも、洋介の疑問の波が収まることはない。
そのすべてを念話でアリシアに伝えているということも忘れている。
洋介は通訳の耳飾りを身に着けているため、念話はもう必要がないのだが、そのことに気付かないほどに、二人はそれぞれ、考え事に耽っていった。