4.魔術適性
話は結局逸れてしまっていた。
「……と、とりあえず、私の部屋に行きましょう」
気まずい雰囲気を残しつつ、二人はいそいそと廃れた聖堂を後にすることにした。
洋介はアリシアが羽織っていたフード付きのローブを被せられ、アリシアの後について行く。
なるべく余計なことを考えないように、洋介は無心になってアリシアを追った。
建物の外に出ると、洋介は陽の光を浴びた。
太陽もやっぱりあるんだな、と思う洋介の眼前には巨大な城が聳え立っていた。
振り向けば、どうやら今出てきたのは古ぼけた聖堂で、この城の一部のようだ。
周りは全面を城壁に囲まれていて、正面と思しき位置に門が付けられている。
門は閉まっていて、外部とは隔絶されていた。
外の景色は一切見えない。
高層ビルに囲まれていた洋介でも、その荘厳さに暫く口を開けていたほどだ。
――まさにファンタジーだ。
そんな洋介の思考を『念話』で読み取っているはずだが、アリシアは黙々と歩いていた。
アリシアについて行き、階段を上り、先ほどより細部がはっきり見えるようになった眼前の建造物を見て、洋介は思う。
城と言うよりは遺跡のようだ。ダンジョン、迷宮と言うようなイメージが浮かぶ。
洋介はこの建造物についてあれこれ考えながらも、足を進めていた。
そして、目的の場所についたのか、アリシアが足を止めた。
「この転移陣に入ってください」
「転移陣? ……ああ」
ふと洋介は足下を見ると、円形の陣が彫ってあった。
言われた通りにその円の内側に足を踏み入れる。
洋介が入ったことを確認し、アリシアも陣に入ってきた。
そして、なにやら黒い石を取り出し、アリシアが何かを呟く――すると、石がぼんやりと光を放ち、陣も輝き始めた。
身体が重力から解放されたかのようにふわりと浮かぶ感覚があり、次の瞬間、景色が一変した。
先ほどまでの城壁とは全く違う、中世を思わせる部屋のなかだった。
八畳ほどの部屋、床は石畳になっており、絨毯が敷かれている。中にはテーブルとイス、そして食器棚があるだけの簡素な部屋だった。
辺りをキョロキョロ見回しつつ、洋介は質問する。
「今のは転移ってやつだよね?」
「はい。今の転移陣は、この城内の各部屋に繋がっています。部屋に入るにはさっき私が持っていた石、『標石』が必要となります。それと、先程の疑問ですが、ここは城や遺跡ではなく学院です。元は巨大な迷宮だったようで、そのおかげで都が発展したと聞いています。今ではマギスペリア魔法学院と呼ばれていて、世界随一の教育機関となっています」
「へえ、やっぱりすごいな。魔法学院か。それにここが、アリシアの部屋――」
――マジか、女子の部屋なんて小学校以来だ。ドキドキしてきた。なんだかいい匂いがする気がする。よし、まずは引き出しチェックを……はっ!
責めるような視線を感じ、懲りない洋介は思考を中断する。
アリシアは呆れたように溜め息を吐くと、洋介を椅子に座るよう促し、水でも飲むか、とグラスをもってきてテーブルの上に置いた。
そして、アリシアがコップに手をかざすと、水が湧いてくるようにグラスに溜まっていった。
「今は水しかありませんが、というか、水も本来はないですけど、今回は我慢してください」
「いや、ありがとう……しかし便利だな。でも魔術ってのは何でも出来る――わけじゃないよな」
水道なんて無いだろうけど魔術で水を出せるんだし、と洋介が羨んでいると、アリシアは答える。
「はい、何でもできるわけではありません。私たちが使っているのは魔術で、魔法ではないんです」
「魔術と魔法の違いっていうのは」
「簡単に言えば、魔法は万能、魔術はその一部というところでしょうか」
魔法と魔術の違いについて詳しく聞いてみたいところだったが、それ以外にも疑問はある。
洋介は水を一口飲み、口を潤したところで、アリシアに質問する。
洋介にとって今一番重要な疑問だ。
「それで、アリシアは何で俺を召喚したんだ? たぶんだけど、なにかしら、よっぽどの理由がない限りは異世界召喚なんてしないだろ? それに、俺の能力のことも気になるし」
「そう、ですね――」
少し考え込むように俯いたアリシアは、訥々と話し始めた。
そもそも、アリシアは洋介を召喚するつもりはなかった。アリシアはあの古ぼけた聖堂で考え事をしていた。
今後、どうすべきか。アリシアは考え事をするとき、静かなあの場所が気に入っていたのだ。
気が付けば契約が結ばれていた。突然聖堂の中に光が満ち、そして人が倒れていた。
何故かは、分からない。
人間の召喚は勇者召喚しかない。契約が結ばれた以上、それは転移ではなく召喚だからだ。
或いは、契約と転移を同時に行なった可能性もある。
しかし、どちらにしても、人間のなせる業ではないのだ。
それこそ、御伽噺に聞くイルセアのようなものでなければ。
と言う話を聞いた洋介は、勇者もいるのか、とぼやき、言葉を続けた。
「結局、分からないことだらけ、ってことか」
「……はい。すみません」
「いや、アリシアが謝ることじゃないよ。あとは……そう、加護のことだけど」
「それは、さっきも言ったように、恐らくは『見る』能力ではないかと思います」
「それが、よく分からないんだけど……」
「そう、ですね。まずは、遠くを見たいと念じてみてください。『加護』ならば、それだけで作用するはずです」
「遠くを……」
そうして、洋介が眉間にしわを寄せ、念じる。
すると――先ほど居た聖堂が、視界に映った。
「おおっ!? すげえ」
そうして、戻れ、と念じると、普通の視界に戻った。目にはアリシアが映る。
――これは、相当便利なんじゃないか?
『見る』と言っても、いろいろあるだろう。遠くを見る、というのは千里眼というところだろうか。
他にはどんなものが見えるのだろう。
そう考えるが、洋介の思考を遮り、アリシアが言葉を発した。
「加護については、自然に体が慣れるはずです。それよりも、まずは魔力適性の検査を行いましょう」
そう言い、棚から石をいくつか取り出した。それぞれに色がついている。
赤、青、黄、緑、白、黒――属性だろう、という洋介の予測は正解だった。
それぞれ、火、水、土、風、光、闇に対応している。
「それぞれの魔石に、魔力を送り、発光したらその属性に適性があるということになります。やってみてください」
「……やってみてください、と言われても、魔力をどうやって出すのかが分からないんだけど」
「あ、すみません、そうですよね。ええっと、身体の中のエネルギーを感じ、それを一点に集めて放出する……感じでしょうか」
「…………やってみます」
――とりあえず、ドラゴン○ールのかめ○め波みたいなイメージでいいのだろうか。
洋介は構え、そして赤い石めがけて両手を突き出す。
「はっ!」
――何も起こらない。やはり魔力が出ていないのだろう。
そう考える洋介だったが――。
「凄いですね、もう魔力が出せるなんて……どうやら、火の魔術適性はないようです。次に行ってみましょう」
――成功していたらしい。これでいいのか、ファンタジー。
それでも、成功したのだから、ありがたい。火が使えないというのは残念だが、他で補えるだろう。
そのあとも同様に洋介は色付きの石に手を突き出し続け、その結果分かったこと。
それは――魔術適性、皆無ということだった。