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2.少女は困る

 


 今は使われていない薄汚れた聖堂の中、少女は戸惑っていた。

 少女の眼前には、たった今召喚されたばかりの使い魔(・・・)が横たわっている。

 それだけならば問題はない。いや、召喚されたばかりの使い魔が横たわっているのは問題だが、今はそれどころではない。――何故か、使い魔として人間が召喚されている。これは非常に問題だった。

 召喚された当人が目を覚ます様子はない。真っ黒い髪と、珍しい素材の服が印象的だった。


 それの様子を見て、少女は戸惑っていた。


 しかし、問題の本質は、使い魔が人間であると言うことだけではない。

 何故、使い魔が召喚されているのか――そして、何故少女が契約対象となっているのか、だ。

 人を呼び出す召喚魔術は、この世界では現在勇者召喚以外は失われているはずだ。さらに言えば、その勇者召喚も各国の儀式魔術陣を使用しなければならないはずなのだ。

 ならば、この少年は召喚ではなく、転移してきたのだという結論になる。

 しかし、どこからか。

 これもまた、少女の頭を痛める原因である。

 転移と言うことは、ランダム、或いは魔術陣によって召喚位置が固定されている、ということだ。

 この少年がここに現れたとき、魔術陣は現れていた――つまり、術者の意思によってここに転移されてきたということになる。ランダムの場合、魔術陣は現れず、ただ虚空から光りと共に物体が現れるのだ。

 では、術者は誰なのか――それは当然、契約者である少女である。

 ここで、矛盾が生じるわけだ。少女はそもそも、魔術など発動していないのだから。

 さらに言えば、転移では契約は必要ないのだから、これはやはり召喚魔術ということになる。

 誰かの仕掛けた術式で、二人の人間が契約を結ばされる――そんな理不尽を起こせるほどの魔術師など、この世界には存在しない。少なくとも少女の知る限りでは。

 結局、この状況に対する答えを持ち合わせているものは、ここにはいないのだ。

 ――答えは、神のみぞ知り得るのだから。


 少女は思考を打ち切り、眼前の少年に再び目を向ける。

 彼女を不安にさせる原因はそれだけではない。さらに、召喚された人物の容姿も彼女を不安にさせる要因となっていた。

 それは、真っ黒な髪。さらに、先ほど少女が確認したところ、瞳の色も黒だった。


 ――異世界人にはそういう人もいるって書いてあったけれど。でも、異世界人は儀式魔術陣でしか召喚できないはず。


 そう、勇者召喚は、異世界から人間を召喚する魔術だ。――いや、正確には魔術ではなく、魔法。

 この世界――【イルセア】に現存する数少ない『魔法』のうちの一つである。

 その勇者召喚魔法を開発した者こそ、『魔法使い』イルセア――この世界を作り替えたものだと言われている。

 ――そんな人物がいたかどうかも疑わしいけれど、異世界人の召喚なんて、魔法以外ではありえないだろう、と少女は考える。

 では、これはイルセアが残した魔法か、と問われれば、可能性は否定できない。

 しかし、今では古ぼけたこの聖堂もかつては使われていたはずだ。それでは、その時に陣が見つかっていないのはおかしいのだ。

 結局、謎は謎のままである。


 さらに、【イルセア】において、純粋な黒髪というのは珍しかった。

 加えて、瞳の色も黒となると、その数非常に少なくなる。

 黒目黒髪の人物は、ハイルドラ王国内では王家の象徴である。王家の血筋はそのような容姿で生まれることがほとんどだ。それは勇者と交わることからだと言われている。

 もっとも多くこの世界に勇者を――それも黒髪黒目の異世界人を招き入れているのが、ハイルドラ王国であった。そして、勇者が王国の姫と結ばれるという物語は、この世界では事欠かない。

 しかし、少年は王家に連なるものではないと少女には断定できた。それは、少女がハイルドラ王家の末席に身を置くものだったからだ。

 

 だが、さらに言えば、その容姿も世界的に見ると必ずしも良い効果をもつものではない。

 黒は『魔王』を連想させる。


 魔王――。

 これから先の話はハイルドラ王家に伝わるこの世界の記録である。

 遥か昔、世界は2つの大陸に大別されていた。

 一方を人族中心に発展を続けていたために【人大陸】と呼び、他方を【魔大陸】と呼んだ。

 魔大陸には強力な魔物が多く、さらに魔族と呼ばれる種が犇ひしめいており、人大陸と比べて危険も多いため、人族はあまり寄りつかなかった。

 そもそも、魔族は人族より魔力も多く身体も丈夫にできていたため、魔大陸でも生活することができていたのだ。

 しかしある時、魔大陸に異変が訪れた。

 魔大陸にいる魔物たちが突然狂暴化したのだ。理由は不明、しかし人大陸から魔大陸への移動は制限された。

 その中、魔大陸で生まれた魔族の中でも特別視された存在――魔族の王となった存在を、『魔王』と呼んだ。その容姿は黒髪で黒目であったという。

 魔王率いる魔族の軍隊はその力で魔物を退け、魔大陸を平定し国を築いた。

 【魔国ヴィルヘイム】と呼ばれたその国は、人大陸の国々とも僅かながら交易を行っていった。

 その後、魔族たちが考えたのが人大陸への移住である。

 魔大陸は危険が多く、また種族も多く犇いていたためだ。

 そこで考えられたのが人大陸への移住、もとい侵略であった。

 もちろん、すべての種、すべての魔族が賛成したわけではない。

 そして、結果としてそれは叶わなかった。

 『魔法使い』イルセアが、魔大陸を魔王、魔族とともに封印したからだ。

 封印と言われてはいるが、魔大陸はその姿を消し、今に至るまでその存在を証明するものは現れていない。

 そして、魔大陸を失ったこの世界を、人々は敬意を込め【イルセア】と呼び始めた。


 そして現在、【イルセア】では魔王が復活するのではないかとまことしやかに囁かれている。

 【イルセア】において、かつてと同様に魔物が狂暴化しつつあるからだ。原因は又も不明。

 人々はそれを再び魔王が現れる兆候ではないかと恐れている。

 遥か昔の話は御伽噺のようだが、記録に残ってしまっている以上は切って捨てられるものではなく、人々は異変に敏感になっていた。


 ――どうしよう。


 少女は考える。

 とりあえず、床に寝かせるのも忍びないので少年を魔術で浮かせて長椅子まで運び、自らもその横に座り一息ついた。

 少女は名も知らぬ異邦の従僕に対し、疑問を持つ。

 それもそのはず、主従間契約によっては、自らの命を対価に勇者を呼び出すこともあるのだ。

 それが――


「恋人になって欲しい、だなんて……」


 頬をほんのりと赤くし、俯きつつ呟く。

 正確に彼が思ったことが契約となったのなら、『恋人が欲しい』のであって少女が恋人になる必要はないのだが、少女は動揺していてそのことに気付かない。

 少女は戸惑う気持ちを振り切るように首をふるふると揺らし、頬をぺしぺしと叩き、覚悟を決める。


 いざとなったら、契約を破棄すればいい。少女はそう考えるが、すぐさまそれを否定した。

 契約の破棄には、それなりの代償が伴う。ましてや、誰の差し金かわからない契約を、勝手に破棄するということは、危険以外の何物でもない。

 さらに、彼を手放したくない理由はもう一つあった。


 それは、少年の魔力量の多さゆえに、だ。

 魔術師は、魔力をある程度感じ取ることができる。

 もちろん、優秀な魔術師ならば魔力を隠匿することも可能であるので、魔術師同士ならばそれも踏まえる必要があるのだが、この少年は違うだろう。

 少年の魔力量には圧倒されるものがある。

 これ以上を隠しているのならば、それこそ『魔法使い』イルセアに匹敵するのではないかと思えるほどに。

 少女の魔力量はハイルドラ王国でもトップクラスだ。さらに魔術に関して言えば、操作は苦手だったが、規模、威力で右に出る者はそれこそ勇者くらいなものだろう。

 その彼女以上の魔力量を持つ存在というだけで、嫌でも期待してしまうというものだ。


 ――どこかで役に立つかもしれない。私が主で、使い魔は従僕なんだから。


 それが、契約者なのだから――。

 もちろんなんでも強制できるわけではないのだが、ある程度は魔力を込めることで行動を制限することは出来るようだった。

 もちろん、出来ることならばそのようなことはしたくない、と少女も考えてはいるのだが。

 人の意思を捻じ曲げるなど、烏滸がましい行為だ。

 しかしそれを否定することは、勇者召喚、ひいてはハイルドラ王国を否定することに他ならない。

 少女は違和感を抱きながら、これまで生きてきたのだ。


 ――いや。違和感の理由は私自身にもある。


 少女はハイルドラ王家の末席――つまりは黒目黒髪で然るべき。そのはずだった。

 しかし、少女の容姿は全くの別。金色に輝く髪は短く切り、澄んだ碧い瞳は眼鏡で目立たないように隠している。

 何の因果か、ハイルドラ王家であるはずの金髪碧眼の少女が、王家でないはずの黒髪黒目の少年と契約してしまったのだ。


 ――面倒くさいことになりそうだけど……。でも、この人のことはこの人が起きてから。話を聞いてから考えよう。


 そう考え少女は暫し穏やかな時に浸り、今後について思案する。


 ――問題を整理しておこう。この人は、何者か。どこから来たのか。誰の魔術で、何故私が契約者になっているのか。あとは……契約内容も。

 ――そう。この人がいい人であることを祈ろう。いや、契約にこんなことを言う人だから、安心はできないけれど。


 そんなこんなで、少年の知らぬ間に、彼への期待と不信感は鰻登りとなっていたのだった。


 

あらすじで名前出てるなあ……。

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