我が手は今でも
「とりあえず、ポケットの中の物はこれに移しておこうか」
「はい、ありがとうございます」
ええ、ルーベンス様と話してる間もポケットはパンパンのままなので、私はポケットからクラカオの実が飛び出さないように押さえつけていました。
いや、この4日間は“寝ても覚めても”この状態でしたね。
そのおかげで、それが当たり前になりつつあり自信の行動に疑問を持っていませんでしたが、いざ人に指摘されると非常に恥ずかしいです。
「いち、にい…」
片方につき30粒ほどで二つ合わせて七十粒のクラカオの実がありました。
…実だと数え方は個でしょうか?
でも、クラカオの実が一つあれば、ココアが三杯飲めるとルイスさんが言っていましたから、二百杯は飲める訳ですね。
クラカオのを移した袋を膝の上に乗せて一安心ですよ。
ポケットの内側はだいぶ薄くなってしまったようですが、学園の制服のローブは礼服も兼ねているので今後もこのローブは大事に着ていきたいと思います。
そんな私の様子に、ルーベンス様がなんとも言い難い表情をして「…辛かったんだな」と呟いておりますが、草原での私を繋いだ唯一のライフラインはコレだけでしたのでなんとなく手放せないのです。
実りある豊かな山に感謝してもしきれません。
そう言えば、4日間どころか、二年の在学期間中の後半は、毎晩これだけでしたね。朝は牛乳とパンが配られて、昼は給食があったおかげで体調不良になった事がないですね。
貴族さまが毎年のように今年はどこの地方が不作であると話をされていましたし、村で暮らしていた子供時代は不作の年には、村全体が飢えていた覚えもあります。
それを踏まえて考えてみると、5日前までの私はずいぶんと恵まれていたようで羨ましいとさえ感じてしまいます。
「どちらにしても、同年代の若者と比べ君は痩せすぎているようだ、嫌いな食べ物は在るかい?」
「《パラー》という川魚を発酵させた物が少し苦手ですが、他は多分大事です」
魔法学園は内陸部にあるおかげで、寄生虫などもいましたし新鮮な川魚は食べる機会がなかったのですが、その辺りの一般的に食べてられいた発酵するまで塩漬けされた魚の瓶漬け(かめづけ)《パラー》の味だけはどうしても抵抗が拭えませんでした。
その辺りの一般的に食べてられいた発酵するまで塩漬けされた魚の瓶詰めの味だけはどうしても抵抗が拭えませんでした。
「パラーが苦手?」
「恥ずかしながら…」
学園ではサラダに和えられたりしていた当たり前の食品なんですけど食べた後の口臭がたまらなく嫌でした。
「私も昔都会にある親戚のパーティーで口にしたことがあるが、あれを人の食べ物だと認定した時代が犯罪なんだろうね」
大瓶で漬けられたパラーを土産に渡されたが、処分が大変だったと言う。
ルイスさんも壁の向こう側から「匂いは吐きそうだったけど、味だけなら悪くなかった」と話している。
罰ゲームで食べさせられたらしいですね。
学園周辺の冬はかなり寒くなる。寒いと臭気は抑えられるので、暖かい地方の人間には口の中が辛くなる。
この辺りには、川魚は新鮮なものが手に入り、干し肉はまだしも、生肉をわざわざ塩漬けにする文化はないそうなので食べ物に関しては一安心といった所でしょうか?
「話もまとまった事だし今日はもう一緒にウチに帰ろうか?」
「はい?」
帰るって、まだルーベンス様はお仕事の最中なんじゃないですか?
「ルイス!」
「妙に張り切ってますが、どうかしましたか?」
「…茶化すんじゃない」
「わかってますよ。外壁周りはギルドから二組回されてますから、スタンピートでも起こらない限りは隊長が居なくなっても十分対応できます」
「なら、後は任せたぞ。」
「いえっさ。またねアティアさん」
「はい、ルイス先輩ありがとうございました」
「ルイス先輩、先輩か、先輩っていい(・・)響きだな」
ルーベンス様に手を引かれながらルイスさんとの別れをすまします。
警備隊に雇って貰えそうですしルイスさんは先輩になりますからそう呼んでみたのですが、ルイスさんは、私から見えなくなるまでずっと噛み締めるように先輩の単語を反芻しておりました。
後々ルーベンス様から話を伺うと、先輩後輩の概念は学校のような特殊な環境下に限られた空間でもないと発生しなく、警備隊の新入りは実力が伴う男性ばかりで、新入りが入ると道具の扱いを教えたりするうちに、師弟のような関係が構築されるのだそうだ。
だから、ルーベンス様は年下の少女から先輩と呼ばれた事が「おそらくルイスのツボにハマっただけだから気にする事はない」と歩きながら説明してくれたのですが、ルイスさんは上の空、ルーベンス様は帰宅途中になってしまいました。
この街の警備はどうしてしまったのでしょうか。
「大丈夫大丈夫、警備隊は街の治安維持が目的だから、歩いて巡回するのも大丈夫な仕事なんだよ」
門の近くに来た魔物以外は冒険者に任せているそうですが、普段は冒険者も草原で狩りをしたり、近くに深いダンジョンが一つと、いくつかの浅いダンジョンがあるらしく、冒険者達は定期的にダンジョンに潜ったりしているそうですね。
学園では、的に向かって魔法を放つだけでしたし、今まで魔物と戦うような事はありませんでしたから、ダンジョンと言われてもあまりピンときません。
警備隊にはいるなら、平時に経験しておくのも大事な事だと、ルーベンス様が連れて行ってくれると約束してくれました。
討伐・斬撃・血湧き肉踊るダンジョンの参戦に、私はいきなり挫折してしまいそうな予感がします。
「アティアは、魔法が使えるんだから後衛になるね」
そうですね、私の配置は自然とそうなりますね。
「警備隊から私が信頼出来る者だけを選出しておこう」
「そうなるとルイス先輩も…」
「いや、アイツは独身だから信用できん、愛妻家の冒険者か、私みたいに妻の尻に敷かれた飲み仲間だけになるかな?」
ルーベンス様は尻に敷かれているのですか…。
年上の奥さんが居ると話してくれていましたが、そうなんですか。
「この辺りでは、街に居る経験豊富なベテランパーティーが若い冒険者の教育をするのが普通だから文句はいわんさ」
「そうなんですか?」
「彼らとも、これから長い付き合いになるだろうから顔合わせも兼ねてしまおうと思っているんだよ」
なるほど、ベテランさんと潜るのまた勉強ですか。
「浅いダンジョンなら私一人でも潜れるくらいだから汚らわしいゴブリンもいないなら一人で連れて行ってあげるんだけどね」
ゴブリンはメスが足りなくなると、若い人間の女をさらって《苗床》にすると云われていますから場合によっては危険である可能性もあります。
でも、ダンジョンで発生したゴブリンは繁殖力がありません。
だから、負けてもゴブリンの糧になるだけ(・・)です。
生きるや死ぬの話は、私の想像では追いつきませんが気分がいい話ではありませんね?
通常はゴブリンの巣は3:7や2/8でメスの出生率が高いらしいですから、通常の森などでみかけるゴブリンはアマゾネスらしいのですがね。
因みに、苗床や男女の営みについての意味は知っています。
魔力保有者同士による子作りの論文を模した卑猥本がありましたので事細かに行為の内容が記載されていました。
ちなみに私は、入学したばかりの頃に男性が私を男のつもりで夜這いを仕掛けられ「おんななんて不潔よっ!」と言われたような……………………………ん?
いえ、何か大事な事を思い出しかけましたが、忘れてしまったようです。