一人たどるは
「おう、おつかれさん」
「あの、街に入りたいのですが…」
街についた私は、開け放たれた門の近くで、イスに座っていた兵隊さんに話しかけられる。
中年か青年か微妙な感じの年齢の男の人だが、にこやかに出迎えて(・・・)くれた。
「おう、通っていいぞ」
「え、身分証とか見なくても大丈夫ですか?」
提示する腕輪がないので、その身分証もないですけど。
「お前さん都会の出身か?この辺りじゃ魔物じゃなければどこ行くにも自由なんだぞ」
「そうなんですか?」
この辺りので、市場があるような街はここだけなので、物流の妨げにならい方が町の利益になると、領主さまは通行税を取らない方針なのだそうです。
因みに、身分証も村長やその家族くらいしか持っていないとの事。
「いやいや、それよかだいぶ前から見えてたけどな。そんな貧相な装備で、よく草原を歩いてこれたもんだと逆に感心したわ」
貧相と言うより、何も持ってないと言った方が正しいですね。
山では、ロープのかわりになるツタと木の実しか手に入れられませんでしたし。
今着ている学園支給のローブの4つポケットの中には、山で拾った木の実をはちきれんばかりに大量に詰め込んで歩いてきました。
それがなくては、この草原を歩き抜くのは難しかったでしょう。
「面白い格好で歩いてきたと思ってたけどポケットに何入れてんだ?」
兵隊さんと話をしている今でも、大きなポケット二つから木の実がこぼれ落ちないように抑えています。
「クラカオという木の実ですが食べますか?」
「お前、木の実なんて人に勧め…、ってクラカオってのはココアの実の事か」
「主食でした」
兵隊さんに渡したのは、学園から実験用などの素材として、無料で提供されていた、ドングリのような木の実。
殻を剥けば生で食べれて、いくつかの工程を超えて、やっと実験用の素材になるのだ。
大量に加工し、幾つかが使いものになる程度の成功率なので、多少誰かが食べてしまった所で、バレたりはしない。
私に取っては食べ慣れた夕飯で(・)お夜食。
「クラカオが貰えるなら、いくつか貰っていいか?」
「どうぞ」
「いや、ありがてぇ最近市場にないから、なかなか口にする機会なくてよ」
「これ、苦いですけど美味しいですよね」
兵隊さんに渡した後、殻を剥いて私は自らの口に入れる。
「…普通はお湯で溶かして飲むんだぞ?」
こちらではクラカオではなく、乾燥させ粉末状にしてからお湯とで溶かし砂糖を入れて飲んだりするらしいです。
私は常に生でしたから、今度試してみましょう。
―そして、このココアとの出会いにより、私は度々その山に足を向ける事になる。
「んで、ボウズ(・・・)は、一体何しにこんな所まできたんだ?」
「へ?」「いや、遠くから来たんだろ?この辺りの人なら、だいたい顔わかるからな。変わった服も着てるから、なんとなくそうじゃないかと思ったんだが…」
「いえ、今ボウズって…」
「なんだ、いっちょ前にそんな事気にしてんのか?」
からかうように兵隊さんが笑っているが、私は断じてボウズではない。
「…私、女です」
「………嘘だろ?」
「本当に女なんです」
「…………なにか昔に事件に巻き込まれて盗賊かカッパに玉を取られ…………」
「てません」
盗賊は玉どころか命ですし、カッパはシリコダマですよ?
「………」
そして、兵隊さんは「そうか」と言葉を残し詰め所の中に歩いていく。
いえ、わかっています。
兵隊さんに罪はありません。私の見た目だけじゃわからない身体と外見が悪いんです。
今思い起こせば、女らしく髪を伸ばしていたのに、教師達やクラスメートですら男と思っていたような気もしました。
せめて、女らしく髪を伸ばしていたのに、キモイだとか不気味だから髪を切れとか言われましたね。
「そこの“お嬢さん”、こちらの詰め所なる場所で話を伺っていいですか?」
顔をあげると、先ほどの兵隊さんが、それはそれは“いい”笑顔で手招きしておられました。
なかった事にしたようです。そこはかとなく腹が立ちますね?
「生きてりゃ色々あるさ」
ボウズのまま黙っていた方がよかったかも知れませんね。
兵隊さんに連れられて中にはいると、兵隊さんより騎士さんと言ったイメージのおじ様が座っていました。
黒髪を短く切りそろえたダンディズムなお髭様です。
この騎士様を、そこらのおじさんと同列に扱えるほどに女を捨ててません。
でも、女を感じるかと問われれば否であると答えます。
魔石の元になる魔素の粒子が、培養器具に物質として定着していく様を見つめている時の方が、きっとドキドキしてしまうでしょう。
「そちらが?」
「そうです、草原を歩いてきた女の子です」
「アティアと言います」
おじ様に会釈をしながら自己紹介をする。
「そうか、私は責任者のルーベンスだ」
「おれは、ルイスです」
騎士さんの後に、さり気なく兵隊さんも自己紹介している。
「お嬢さんは、メガネを外したら見えないのか?」
「見えない訳ではないのですが、ボンヤリとして輪郭がハッキリしないので…」
呼ばれ慣れてないと“お嬢さん”って呼ばれるのは恥ずかしい事なんですね。
「もしよかったらだが、そのメガネを一度外して貰ってもいいかい?」
「クマが酷いのですが…」
メガネを外すのは構いませんが、学園でも見られた事はありませんし、素顔を見られるのは、何か恥ずかしいんですよね。
「では、どうぞ」
外した途端に詰め所の中に沈黙が落ちた。
「ありがとう、思った通りだ」
なぜか、騎士さんから感謝された。
「ルイス!呆けてるくらいなら、さっさと持ち場に戻れ!」
「了解です?!ってあんなんであれってアリなのか?!」
騎士さんの言葉に返事をし、なぜか混乱したまま詰め所から出て行く兵隊さん。
「隊長っ!いくらなんでも手を出したらいけませんよっ!?」
「誰が出すか!」
声だけで、怒鳴るようにやり取りをしている二人。
「見苦しい所をすまないね」
「いえ、お構いなく」
私の目の下のクマに比べたら大概の事は、なんて事はありませんよ。
「それで、君のような女の子が草原を歩いてきた事情はなんだい?」
話したくなければ話さないでいいと言ってくれましたが、万が一学園からなにか通達があったるするかもしれまへんし、誤魔化しておいていいような話でもないので正直に打ち明けます。
「…なるほど、そう言った事情ならばウチ(・・)で君を預かろう」
騎士様は家族と暮らしているが部屋が余っているのだそうだ。お嫁さんと、十三と九歳の息子二人。同じ敷地内にある小さな別棟で御両親と祖父が暮らしているらしいが、宿屋とかではなく騎士さん宅であれば、私と即座に連絡がつくからという理由らしいですけど、手銭がない私からしたらまさしく騎士様が窮地に駆けつけた英雄のように神々しくみえました。生憎、イケメンではなく中年にさしかかったゴツめな騎士様ですが、優しくされると惚れてしまいそうです。
―ですが。
「お待ち下さい。それはそれで後々問題があると思います」
騎士様は士族や騎士爵ではなく、本当の貴族の騎士様なので、家に泊まるだけでも私にかなりの負担がかかりそうです。
マナーとか服装とか食費とか食費の問題もありますから、慣れる前に気疲れしてしまうのが想像できます。
魔法学園でも、食堂を利用していた貴族さま位しかマナーに気を使っていませんでしたから、私のような者は給食なんか中庭で座ってすませていましたし、大問題だと思うのです。
その辺りを交えた話を、ルーベンス様としていきます。
「それじゃあ、警備隊で雇い、下宿先には幾つか心当たりがあるから、我が家の滞在は下宿先が決定するまで堪えてもらえるかね?」
いえ、数日なら宿屋でももたないことはないんですが…
「…それとも私は信用できないかい?」
「そんな事はありません!」
私の煮え切らない態度に、ルーベンス様が悲しそうに言われたので慌て否定します。
就職先まで確約してくれたルーベンス様。問題はそのお宅に数日間だけとはいえ寝泊まりする事だけです。
「では、それで決定と言うことでこれから進めさせてもらっていいね?」
「はいっ!宜しくお願いします」
故郷を売られるように離れて以来の暖かい人間関係に涙がでてしまいそうです。
魔法学園に入学する市井の者は、外との関わりを一度切られ学園に保護されることになります。
村を出た時に、役人様が両親にこれまでの生活費と保証金を渡していましたから、私の家族との繋がりは無いものと見ていいでしょう。
学園からは不要と明言されて、自ら学園を退学してきた私が戻っても、向こうも私も困るだけだと思うので、私がどこで生きていても不都合はないはずです。
「身元は私が保証するのだし、気が向いたら“お父様”と呼んでくれてもかまわないからね」
私の返答に、ルーベンス様がにこやかに仰られております。
「…おと」
さすがに、お父様と呼ぶのは如何なものかとは思いますし、これからお世話になる奥方様や子息さま達に申し訳いです。
血の繋がりのない貴族さまをお父様とお呼びするだなんて、他人から見たらきっと「なんて図々しい小娘だ」と思われますよね?
「大丈夫、家内も娘が欲しいと言っていたが、私より“年上”で諦めていたところだから、きっと彼女も喜んでくれるさ」
…人の優しさが本当に身にしみる今日この頃です。