甘い覚悟と落ちこぼれのカギ
短編の説明が物足りないと多数の指摘を受けたので過程を追加しながら話を進めていく予定です
「では、本日の授業をおわる。生徒アティア、お前は提出物の事で生徒指導室に呼び出しがかかっている。」
「…またですか」
鈍く輝くぶ厚いメガネ。
その下に、濃いクマをこしらえた生徒が反射的に声を上げる。
「また、とはなんだっ!返事をしろっ!!後で必ず顔を出すようにっ!」
「はい、わかりましたアレクセイ教師」
授業終了の合図と伝言を残した教師は「給食より先だぞ」と退出する。
ガックリとうなだれると赤茶の髪がザラザラと机に落ちた。
その下で瓶底のようなレンズがついた眼鏡を外し自らの頭を抱え込む。
「…なんだ、またアイツ呼び出しくらったのか」
「提出物って論文の事だろ?どれだけおかしな事を書いたら呼び出されるんだ」
「だから、真面目に書く気ないから怒られてるんだろ」
「やだやだ、さっさと行ってこいよ」
クラスメートの、つまらなそうな反応。それが納得出来るほどの頻度にはアティア自身が呆れてしまう。
提出物の内容が、“特定の人物と内容が酷似している”と突き返され、期限ギリギリまで徹夜して、書き直した結果までこれだ。
呆れたくらいで内容がどうにかなるなら、アティアが苦労する必要は何もない。
入学して以来、何一つとして上手く行ず、魔法研究そのものが、どうでもよくなる事が増えてきていた。
この世界には魔法が存在していて誰もが魔力を持って生まれてくる。
国が魔法使いと認める素質があるのは数百人に一人いるかいないか程度。だけど、魔法を学ぶ学園や施設が存在し、魔法学が重要な学問の一つであると認識されている。
◇以後アティア視点◇
私も市井出身ながら学園に入学出来る程度には魔力が使えた。
ただ、同じ年に入学した生徒達の何人かは間違いなく天才、それ以外の生徒も、総じて優秀であると言われている中、私の評価は最も下。
入学してから、生徒指導室への呼び出しが絶えず、学園始まって以来の問題児と、笑い者にしてくれたらいっそ楽なんだろう。
だだ、魔法自体は得意ではないが、自分なりに魔法を考察する事は嫌いではなかったから論文は真面目に書いた。
でも、実験が足りないと私の論文はいつも再提出を言い渡されてしまう。
誰かが内容的には全く同じ内容でもっと内容の濃い論文を提出しているので、同じ事では認めてもらえないのはいつもの事だ。
天才と呼ばれる第三王子と侯爵子息達が私より先に提出している場合がほとんどで、内容は私より突き詰められ洗練された完成品度が高い。特定の誰か(・)と同じ研究しかできない現実に、最近は実験による論文というより、個人で実験できる範囲を超えてこうしたら“こういった物があれば、こんな実験が可能であるのではないか”といった空論を交え描くようになってしまった。
しかし、そんな物が確実性を求める学生の論文としては受理されるはずも無いようで、結果的に当たり障りのない普通の論文をいくつも書き下す。
最近では教師達は「この程度の物しか書けないのか」と呆れている。
どうせ、奇抜な論文を書いた所で先を越されているのだから、無駄な金の消費を抑え、完成品を読ませてもらうに限ると、突然思いついてから、それらの分野への研究対象としての興味を失った。
でも、最近は天才達の論文が展示される回数が減ってしまったから残念だ。
「真面目に論文を書けないのか」
「真面目に書いたつもりです…」
「ふざけるなっ!こんなものが人前に出せると思っているのかっ?!」
教師が私に投げつけたのは、昨日私が提出した論文だ。
内容としては奇抜さもなくありきたりな纏まり方が出来たのだが、やはりお気に召さないらしい。
「私は、以前書いていた魔法力学の纏めになる論文を書けば退学は取り止めにしてやるといったんだ」
「ですが、それは“王子殿下が同じ研究を続けている”と言われて作り直しになりました。
私が研究したモノより洗練された論文が提出されると推察されるので、あれから考えるのをやめてしました。
あの論文以降、必要になる機材を買えるだけの資金もありませんし、書けと言われても書けることがありません」
研ぎ澄まし、なお究めるのが研究である。
昨日今日で、結果がでるような実験に興味はありません。
「…あれほど、細部まで研究した事を放棄する訳ないだろう?出し惜しみ(・・・・・)をしてるつもりかもしれないが、魔力までもが最低レベルまで落ち込んでいる取り柄のない君が、我が学園を卒業したとなれば、担任はもちろん教頭である私や、学園長すら恥を掻くのだと何度言えばわかるのだね?
今君がこうして私と話ができているのも我々の恩情で在学させているが、今の君では途中退学も十分ありえる。
…我々としては、誇りある学園生の証であるその腕輪を、“今ここで”破壊して生徒としての登録をなかった事にしたほうがいいとは思えないかね?」
そこで教師は私に向かって「君はどうしたらいいと思う?」とカギ私に握らせ訪ねてくる。
このカギが私に渡されるのは、これで何回になるのだろうか。
学園から止めさせるのは簡単なのでしょうが、手をかけ尚見込みのない生徒に退学を勧めて(・・・)くれているのだ。
私の左手には、学園生徒の証であり、魔力を楽に制御する為のオリハルコンと言う稀少で高価な素材で出来た腕輪がある。
この腕輪のお陰で、学園の結界からはじき出されないでいられる。学園生徒として、衣食住が保証された、安全な暮らしの中で生きられているのだ。
担任にカギの事を話した時に、“それは才能のない者にはそれとなく渡し、後悔がのこらないよう自らに選択させて生徒としてのケジメをつけさせるためのカギだ”と、教えてくれた。
「そう例えばの話だが、実験をしなくとも“魔法力学の過去の纏め”くらい書けると思えないかいね。もし、キミがそれを書いてみたいと言うのであれば、教頭の私としては学園側に“キミには間違いなく素質がある”と口を大にして皆を説得し、何があっても今後は学園側から辞めさせようだなんて言わせないだろう。
…それとも、そのカギを差し込んで動かして自主退学してみるのかね?」
どうせ、私の考えなんて殿下方にはかないません。
「…」
魔方力学の論文を提出した所で、殿下の論文と比べて細部が不足していると指摘され笑われて終わるだけ。
渡されたカギを腕輪に差し込み回す。
カチャリ。
覚悟の割に呆気なく腕輪はそのまま床に落ちる。
いや、その覚悟ももしかしたらこのカギが偽物で教師が私のを試していたのだと、笑って話してくれることを期待していたのだから、覚悟が甘かっただけかもしれない。
「…な、にを」
床に溶け消えた腕輪に教師が戦慄いている、もしかしたら、教師も腕輪が消えてしまうとは思っていなかったのかもしれない。
自ら外し、消えてしまった腕輪に、私は未練がましく手を伸ばしていた。
みっともない、後数秒もしない内に外へ弾き出される部外者でしかないのに。
そして、自ら腕輪を外した者は二度と戻ることは赦されない。
「いままで、ありがとうございました」
自らの気力を振り絞り教師に礼を告げる。
「バカなっ!正気か貴様っ!?」
教師の言葉が終わるより先に、私は部外者を強制排除する魔法に異物として認識され、学園から姿をけした。
◇
次に目を開けた時、私は一人だけで荒野に立っていた。
「…終わっちゃったかぁ」
ペタンとその場に座り込む。
自主退学とはいえ、実質的には追放処分に近い状況だから、二度と学園生には会えない寂しさはある。
ただ、巻き込まれたくないとクラスメートですら口を聞いていなかったので、学園に知人すらいないのだが…。
腕輪を通し結界に力を注いでいたから、学園の結界に阻まれずに敷地に入れていたのだから近くにいくだけならともかく、いままでのように中へ入る事は叶わないだろう。
私は他より魔力がひくかったのか大半の魔力を腕輪に持ってかれていたが、落ちこぼれながら、中級を一発だけならば昏倒せずに魔法を使える。
今からは、身を守るために魔法を使っていくしかない。中級でもダメな敵が来たなら、せめて痛くないように魔力を使い切って先に昏倒してしまおう。
「とりあえず、川を目指そう。」
独白し南に足を向ける。
北には山、南は延々と視界のよい平原だけが続く。
山に向かえば食べ物が手にはいるかもしれないが、それより草原を行ったほうが人に早くあえるかもしれない。
ぐるくるくきゅ~
歩きだそうとした所で腹が空腹を訴えかけてきた。
「残念なお知らせです。給食を逃してしまったみたいです」
毎日その日の授業が終わった後に、学園内で給食が配られる。食堂で食事ができるのは家位や成績が生徒だけだが、食堂の外ではメインを抜いたパンとスープが配膳がされているので成績が最下位であっても食いっぱぐれる事はないのに、それを食い逃してしまった。
そこらの草でも食べながら歩けばいいだろうが、学園の豪華な食事を最後に食べ納めしたかったと後悔する。
懐に仕舞われた手銭もいつ使えるかわからない。
そうなると、食べれる草を見つけたらこまめに口にするしかない。
野生の何かを捕まえて焼いて食べるのは多分難しい。
「私は、生きて人里にたどり着けるんだろうか…」
その呟きは、草原の風の音に流され消える。
そして、アティアは迷う事なく山に向かって歩き出した。