アニメにハマる悪魔もいます
「あーー疲れた!!」
魔王室のベッドに倒れこむ。
あれから、転送地点まで歩いた後、ウィッチさんのルー○で城まで運んでもらい、視察隊は解散となった。今はそれぞれ休息を取っているはずだ。ここまで疲れているのは俺だけかもしれないけど。
ベッドの上をゴロゴロと転がって一仕事終えた後の幸せを噛みしめる。人間にとって、いや、命あるものにとって最も至福なのは休んでていいよと言われた時だろう。
ベッドは誰かがなおしてくれているのだろうが、いつも綺麗だ。まくらもシーツもふわふわで柔らかく、うっすい布団にタオルがかかってるだけのアパートの布団とは比べものにならない。
ふわふわのベッドって魔界らしくないなぁ、ゲームの魔王とかもピンクのベッドに寝てるのかな、なんて下らないことを考えていたところで俺の意識は眠りに落ちた。
ーーユサユサユサ
「魔王様起きてください」
「なんだよ……まだいいだろ」
「そろそろ<神アニ>の時間ですよ?私は1人で見ても良いのですが、やっぱり見たいかと思いまして」
神アニ……?
神アニ……
神アニ!!!
「完全に忘れてた!ありがとなミラ!」
「い、いえ、好きなのはわかってましたが録画もしてあるのに、そんなに喜ばれるとは思いませんでした」
俺としたことが、すっかり忘れていた。
神アニとは、人間界で放送されているライトノベル原作のアニメで、正式名称<神がなんと言おうがアニメだけは辞められぬ>だ。
内容は、天才的なアニメーションを作り、人々を恐怖させ、魅了し、そして狂わせ、多くの人を廃人にする1人の男が投獄されてしまう。
脱獄を狙うのではなく、牢獄を丸ごとアニメーションを作る会社に変えてしまうと言うもので、タイトルや設定に似合わずシリアスな展開が多い作品だ。
第2話の硬派な看守をことば巧みに、二次元の世界へ引きずり込むあたりは、主人公の力を見せつけられ、ゾクッとするものがあった。
俺は魔界に来る前から知っていたのだが、来て2週間くらいの時にアニメが始まった。興味がある、と言ったミラと一緒に第1話を見ると、ミラこの作品のファンになってしまった。原作は全7巻俺が買ってあったのだが、魔界に持って行ってすぐに読んでしまったくらいだ。
「あと少ししたら始まりますから行きましょう」
時計を確認すると午後8時25分を指している。帰ってきたのが午後2時くらいだから6時間ほど寝ていたらしい。完全回復とはいかないが、疲れも多少とれた。
ミラと一緒に押入れから人間界へと戻り、テレビをつける。二つほどCMを見ると、神アニ第3話が始まった。
暗いオープニングソングが流れ、登場人物たちが次々と映される。
ーーー『出ようと努力する必要はない。情報を集め、手駒を増やせば道は勝手に開くのだから』
言葉のみで自分が捕まっているフロアを全て支配した主人公の言葉が終わったところで第3話は終わった。
「んーー終わった。やっぱ面白いな神アニ」
「ええ、来週も楽しみです」
原作を読んだとはいえ、やはりアニメで見るとまた違った感覚で見えて面白い。
「情報と手駒か……、それだけで何とかなるのかな」
「最後のセリフですね。情報を整理し、最善の策を指示できれば確かに動く必要はありません。とはいえ、かなりの信頼……いや、むしろ心酔させていればだと思いますが」
「そうか……」
状況はまるで違うし、神アニはあくまで創作だが、統治と言う意味でヒントになるのではと思いついたが、あまり力にはならなそうだ。
EDも終わり、次の番組が始まった。
「魔王様、これからどうしますか?」
「今日はこっちで寝るよ、魔界に戻ってもする事がないからな。ここの物の整理でもする」
「そうですか?ではそうしましょう。また何かあったら呼んでくださいね。おやすみなさい」
「ああ、おやすみ」
そう言ってミラはテレビを消すと、押入れから魔界に戻っていった。
シーンと静まり返る部屋。時計すらないのはどうなのだろうか。
「あ、しまった……風呂とご飯忘れてた」
魔界にいってくればいい話なのだが、たった今こっちで寝ると話したばかりなので、ミラにからかわれるだろう。
運良く段ボールに突っ込まれていたカップラーメンがあったのでお湯を沸かしてそれで済ます。この味も久しぶりだ。
「情報と手駒……か」
3分待って出来上がったラーメンを食べながら、さっきの言葉を思い出す。俺は魔界の人たちの幸せを守るために戦うんだから、思想を植え付け、手駒として扱うようなことはできない。
しかし、情報は別だ。入手できるならできるほどいい。天界の情報なんて殆どないわけだから、得た情報はなんであれ、有益になる。いっそのこと、スパイを送ってみるのもいいかもしれない。明日ミラに相談しよう。
こんな風にアイディアを考えるようになったのも、今日の視察のおかげだ。今までは、明日は何して遊ぶかとかしか考えてなかったもんな……。
メシをすませ、ゴミはゴミ箱につっこむ。
……このゴミ、ミラに燃やしてもらおうかな。いや、そんなこと言ったら俺が燃やされるか。
ゴミはまた今度出すとして、次の問題は風呂だ。
といっても、銭湯に行けばいいだけなのだが。なんだか行くのも久しぶりな気がする。
番頭のおっちゃんは元気にしてるだろうか。
桶に着替えとタオル、石鹸、サイフを入れ、支度を整える。
よし…たぶん大丈夫だ。
荷物を持って扉を開く。
「きゃっ」
「え?なんでいるの」
ドアを開けてそこにいたのは、隣の住人天羽 咲だった。