視察に来てます
奇妙な浮遊感のあと、いきなり地面に足がついた感触がした。辺りを見回すと、後ろの方にはポツポツと家がみえるが、前方には一つも家がなく、生き物の感じがしない。これがジャッジメントゲートの近くの寂しさか。
「あれ?おかしいですね……もう少し集落の真ん中に着くはずだったのですが」
やばい、ミラが怪しんでる。さっきの話がバレたら絶対に怒られるだろうからこれは何とか阻止しなければ。
ここは俺が言うよりもウィッチさんに言い訳をしてもらった方が自然だろう。
そっと目配せをしてメッセージを伝える。ウィッチさんもコクリと頷いてくれた。
「魔王様が3km地点にしてくれって言ったからここにしたのよ」
「ウィッチさん!?!?」
「私を弄ぶからよ!」
「ちょ!マジで何言ってるんですか!」
「魔王様、大人ッスネ。自分そんなことしたことないんで興奮スルッス」
ガイコツ兵は黙ってろよ!!
「あ、あのなミラ。ウィッチさんの前半の言ってた事は認めるけど、後ろの方は全部デマだからな?」
「…………」
「ただちょっとからかったみたいなところはあったけど、全く手は出してないから」
「歳上の女性からかってる時点で手グセ悪いッスネ」
ぶっ壊してやろうかこのカルシウム!!!
「……お話はあとでゆっくり聞きます。とにかく向かいましょう」
あれ?意外と怒ってない……。
この場で鬼のような追求が始まると思っていたのに少し拍子抜けだ。
公私混同せず、きちんとやる事を示してくれるその姿は流石としか言えない。
歩き出すと一同が沈黙した。
ミラの心の中はわからないが、話しかけるなオーラを放っていて、ガイコツ兵はそのオーラに萎縮してしまっている。
恐ろしい美しさとはこのようなことなのだろう。
ウィッチさんはウィッチさんで明後日の方角ばかり見ている。この辺りの景色が珍しいのだろうか。
来る前はあんなにふざけてられたのに……これなら5km前から楽しく歩いてきた方がどんなに良かったことか……。
よ、よし。勇気を振り絞って、ここは俺が何とか状況を変えよう。元はと言えば俺のせいだしな。
「あ、あーこの辺りはもうジャッジメントゲートの影響範囲なのか?」
「そ、そうッスヨ。その証拠に俺の腕、鳥肌が立ってるッス」
「いやお前肌ないじゃーん!」
…………寒すぎる!!
誰も反応してくれない……
おい、なんでガイコツここで黙ったんだよ!お前さっきから俺の敵だろ!
それ以降は何も言えずに粛々(しゅくしゅく)とあるいた。いや本当この沈黙やだ……。
歩く事40分、登っていた丘を越えるといよいよゲートが見えた。
「ここで到着とします。これ以上は近づいても地形の把握等には役に立ちませんので」
「デカイな……」
その大きさに思わず言葉を漏らしてしまう。
身近な大きさで例えると、浅草の雷門を10倍近く大きくすればいいだろうか。
ここから天界の軍勢が大量に入ってくるとなると、相当なことになるだろう。
「やっぱりここはあんまり来たいところじゃないわね」
そういうとウィッチさんはフルフルと首を振った。さっき来る時落ちつかなかったのはその嫌悪感を紛らわしていたのだろうか。
「まぁ、ここは戦場の第一線ですからね」
「今まではどうやって撃退してたんだ?」
「一番最近の侵攻は落とし穴で防いだわね」
「落とし穴ぁ〜?」
すぐにウィッチさんが答えてくれる。しかし、天界と魔界の戦争で落とし穴とはなんだか間抜けな話だ。それだけで止められるなら心配しなくてもいいのではないか。
「はぁ、よく見てて魔王様。ミラ、やってもらってもいい?」
「ええ、何も理解できない魔王様には見せた方が早いでしょうしね」
そういうとミラは一歩進み出て、魔法を詠唱し始める。
まだやっぱりちょっと怒ってるな……。言葉に棘がある。
「大地を震わせる暗黒の力よ、マグマとなりて蠢け!インフェルノ!」
詠唱が終わると同時に地面が揺れる。
「なんだ!?地震か?」
「そうですね、今のは地中のマグマを活発に動かす魔法です。地面が揺れたのはそのせいです。あまり魔力を送ってないので軽いものですが……。では、もう一度ゲートの方を見てください」
「なにが変わ……え?」
さっきまでなんの変哲もなかった場所。ただの大地だと思っていた場所に、
超巨大な裂け目が出来ていた。
「カモフラージュしてあったものを刺激を与えることで外しました。落とし穴は一度落ちると上がれないだけでなく、大量の敵を落とし、重みで窒息させることができるので、集団に対してとても有効な手段です」
本当にリアルな話だった。
相手を効率よく殺すための方法を目の当たりにして腰が抜けかける。
「騎馬隊や歩兵部隊はこれで終わりだから、あとは丘の上……つまりこの辺から魔法でも飛ばせば勝てたってわけ」
ウィッチさんが言葉を引き継ぐ。
地の利を最大限に生かした戦い。圧倒的優位性。これを上回る策を練らなければならないのか……。
「これだけの落とし穴なら次も大丈夫なんじゃないッスカ?」
「流石に天界も馬鹿じゃないからね。二度同じ手は効かないんじゃないかしら。この後ろには今見てきた通り集落もある。だから万が一にもここが突破される方法をとってはならない、万全を期す必要があるのよ」
まさに命の取り合い、奪い合いだ。
ここまで平和な魔界しか見ていなかったせいで、天界との戦争も気楽なものに見てしまっていた。
再生能力も高いし、最悪の場合復活魔法もある。死の危険が極めて低いこの世界は、つまり、永遠に苦しみを味わうことでもある。
その苦しみを止めてくれた、終わらせてくれた俺にみんなが感謝をするのは、自分が思っていたよりもずっと大切なことだったのだ。
「ミラ」
「なんですか、さっきのことならもういいですよ。頭も歩いてる間に冷えましたし」
「そうじゃない」
「っつ……申し訳ありません」
俺が真剣な話をしようとしているのを、表情から読み取ってくれたのか、謝ってくれるミラ。
「俺をここに連れてきてくれてありがとう。俺はここで宣言する。この戦いの苦しみの輪廻を俺が終わらせると。魔界の王として全力で取り組むと」
「……魔王様」
「この平和を俺が守る」
やってやる。
本性は無力だろうが凡人だろうが、はったりでも、策略でも、卑怯な手を使っても、蔑まれようとも、俺は魔界の王だ。
「だから魔王様は魔王様に選ばれたのですよ」
嬉しそうに微笑んでいるミラの顔は、さっき怒っていた時より格段に美しかった。