パンツ引きずります
「ジャム……あ、あった」
ごちゃごちゃとした冷蔵庫の中からイチゴジャムを取り出す。賞味期限も大丈夫そうだ。
パタンと戸を閉めて、魔界に戻るべく、立ち上がる。
少し前までは、ずっと生活していたこの部屋は、もはや物置と化している。新聞の勧誘も含めて、訪ねてくる人もほとんどいない。
魔界に呼ばれることもなく、無難に生きていたらこの部屋はどう感じただろう。
狭く、暗く、ボロい。安物件の三大要素がすべて詰まったこの部屋で寂しくカップラーメンでもすする姿を考えると、魔界に呼ばれてよかったと思う。
さっさと帰ろう。ミラも待ってるかもしれないしな。
押入れの扉に手をかけてスライドさせ、グルグルと渦を巻く魔界へ続くゲートがあらわれ-ー
ピンポーン
……ダレデスカ、このタイミングでくるとか。
パン冷めちゃうだろ。
それにしても、ここに居ること自体が稀なのだから、訪ねてきた人は相当な運の持ち主だな。もし何度か訪れてくれていたならようやく巡り会ったチャンスということだが。
無視してもいいが、もし後者だった場合を考えるとさすがに気の毒なので玄関を開ける。
何度も来てるのにいないってことで孤独死疑われて、警察とか呼ばれたら嫌だしね。
「はい、なんですか」
「あ、隣に引っ越してきました天羽咲です。よろしくお願いします!」
少女はそういうとぺこりと頭をさげた。
童顔で中学生くらいの顔をしているが、さすがに一人暮らしなら、高校生だろうか。
今時の子……というよりは少し地味で、おとなしそうな優等生タイプだ。髪はいわゆるパッツンだし、ピアスもしていない。
そしてなによりメガネかけてるし。
とりあえずめんどくさいことにはならなくてよかった。さっさと終わってご飯食べに帰らなければならない。さっきパンツで機嫌を損ねたばかりなのに、遅くなってこれ以上ミラを怒らせるわけにはいかないのだ。
「あーはいはい、よろしく。俺は月之夜 朔。わざわざありがとね、じゃあ」
「あ、ちょっと待ってください」
「な、なに?」
「いやお近づきのしるしにちょっと贈り物がありましてですね……」
そういうとゴソゴソと鞄を探し出す。
なんかさっきもこんな状況あったなぁ……。
「ひょっとしてパンツ?」
「へ?」
しまったぁあぁぁぁあ!!
ここ現実ぅうぅぅぅううぅ!!!!
「あ……違う!!いやごめん。今のはなかったことにして!ちょっとついうっかり!さっきパンツもらいかけてたから」
「もらいかけてたんですか……」
「いや!今のも違う!!」
穴があったら入りたい!!
墓穴には入ってるけど!!
なにうまいこと考えてんだよ!!
「完全に変態ですね……」
「今のは忘れよう!」
「なんでそんなに潔いいんですか!?
どうやったって忘れられませんよ!?!?」
ですよね。
「ま、まぁこれからよろしくね」
「なかったことにしましたね……変なこととかしないでくださいよ?コップを壁に当てて聞き耳立てるとかそういうのダメですからね?」
「しないよ!?」
説得力皆無だろうけど!!
「まぁお隣ですし、これから先いい関係でいるためにも今のはなかったことにしますね。じゃあとりあえずよろしくお願いします」
パタパタと足音をたてて自分の部屋に戻っていく天羽さん。
いや、このままだとまずいだろ!
「こ、これからよろしくね!?」
「はい」
第一印象は最悪なことになってしまったかなと思ったが、最後の呼びかけに振り返った顔が笑顔だったので、みるとそうでもないかもしれない。
でもさすがに、うっかり俺は魔王でーす、なんて言ったら本気で通報されるかもしれないな。気をつけないと……。
「ジャム取りに来ただけなのになんでこんなに疲れなきゃならないんだ」
「遅い」
「うひゃぉお!」
いつのまにか後ろにいたんですかミラさん!びっくりしてしまったじゃない!!
「もう朝食できてますから、早く戻ってください」
「あ、ああ悪い」
「早くしてくださいよ」
(女子高生とイチャイチャして私のご飯に来ないなんて……)
ご飯に来ることを俺に伝えるだけ伝えると、押入れをさっさと開け、ブツブツ言いながら戻っていった。……ちょっと不機嫌だったな。
待たせ過ぎたか。
まぁ俺も帰ろう。さすがにお腹減ったし。
ジャムを忘れずに持って、ミラが開けたままの押入れから俺も魔界へと戻るのだった。
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<勘違い少女 S>
隣の人変な人だったな……。
月之夜さんだっけ、いきなりパンツなんてよくわからない人だけど、話してて楽しかったし、面白い人なのかも。
あ、しまった、手土産を渡すの忘れてた。
まだいるよね。渡してこよう。
ガチャ
「もう朝食できてますから、早く戻ってください」
「あ、ああ悪い」
バタン!!!
えぇぇぇ 月之夜さんって同棲してるの!?
しかも、すっっごく綺麗な人だったよ!
思わず引っ込んじゃった……。
パンツをさっきもらったのってあの人?
ってことはそういうことだよね……。
なんかすごい時にきちゃったかも……
ごめんなさい、月之夜さん。
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