残月
グフッ!( ; ゜Д゜)
三人称現在形、現在完了進行形、サイン、コサイン、タンジェントォォォォ‼
死ぬる‼
「なあ、龍斗。」
短く自分を呼ぶ声に反応し、視線をノートから隣に座る晴翔へと向ける。
「なんだよ晴翔。今授業中だぞ?授業ちゃんと聞いてないから家に帰ってからも勉強しなくちゃなんないんだぞ?」
黒板を見てみれば、いっぱいいっぱいに数式やら記号やらが書き込まれている。
「グっ、それはお前が特別なだけだからな?ったく、この世のどこさがしゃぁ授業だけで、高校の模試全国三位になる奴がいるんだか・・・はあ。」
龍斗と晴翔の付き合い自体は小学校のころからあったものの、お互いに遊びたい盛りの年ごろだ成績なんてものは記憶の片隅にあるだけでもまだましだろう。
それは中学に行っても変わらなかった。
しかし、高校生になった時、晴翔は違和感を覚える。
『あれ?こいつ勉強してたか?』と。
中学は小中一貫の学校だったため、同じ中学でもなんら違和感はなかった。
でもおかしい。
受験直前、必死で勉強していた俺に堂々と釣りの話をしてきて腹が立ったのは覚えている。
それだけじゃない、中学一年のころから四六時中一緒に居たこいつのことなら大抵はわかる。
一年のころはお互いに小学校の時と同じように考えていた。
二年のころは自分の志望校が地域でもトップクラスの難関だったこともあり、一日3時間以上の自主的な勉強をするように心がけてきた。
三年になってからは毎日が必死だった、だがその時の龍斗はと言えば。
『いやー昨日さあ、きちんと針はかけたんだよ?でもあいつよく走るのなんのって。やり取りしきれずに根ズレで・・・』
などとつやつやとした表情で語りかけてくる。
こちとら受験勉強で大好きな釣りにも行けずに悶々としているのに、こいつは・・・
しかし冷静になる。
まあ結果がモノを言うんだ、せいぜい底辺校の合格発表でも見に行ってなと・・・
そして合格発表当日。
会場には何と龍斗の姿があるではないか。
まあ、どうせ落ちてるんだろうけどな・・・
そんな腹黒い考えをひそめ、一人静かにたたずむ龍人にどうだったと聞く。
『ん?ああ、晴翔か。え?どうだったかって?・・・そりゃもちろん受かるだろ。』
その言葉に我を忘れ、試験会場なのも忘れ、龍斗に襲いかかり見事返り討ちにあったのは実にいい思い出だ。全く持って。
さらに、これは後から知ったことだが、どうやら龍斗は筆記試験で500満点のところを498点をとっていたとか。
それからだ、龍斗の異常とまで言える学習能力に気が付いたのは。
まあ、それは置いといて。
「それよりもさ、やっぱ数学のキョーコちゃん可愛くない?
美女って言うにはチョーっと童顔だけど、でも色気あるよな~」
と、恍惚の表情を浮かべながら語り掛けてくる晴翔に若干の苛立ちを覚えた龍斗は、現実を見せてやることにする。
「なあ、晴翔?ゆーっくりでいい。右斜め後ろをふりかえってみなよ。」
「なに言ってんだ龍斗?後ろなんてなんもな・・・ヒィッ‼」
言いかけの言葉は、そのまま悲鳴へと生まれ変わる。
何故なら、そこには修羅がいるから。
龍斗たちの通う四葉森高校には四校の二大おしどり夫婦と呼ばれるものがいる。
そのうちの一つが龍人と唯子のことである。
この二人がそう呼ばれるのは単純にクラス総出でからかっているだけで、本当に付き合っているわけではない。
まあ普段の行動を見てからかうなと言う方がおかしいというのがクラスの、特に女子たちの言い分だが。
それはさておき。
「ハ~ル君♪」
語尾に音符が付いているかのような、そんな朗らかな声。
しかしそこには確実に、計り知れないほどの怒気が含まれていて―
「短い、人生だった・・・」
晴翔に人生の終わりを覚悟させる。
そんな晴翔の肩に龍斗は手を置き。
「来世で、また会おう・・・!」
強い決意を込めた言葉を送るのだった。
「本っ当にすいませんでしたぁーーーー!!」
その謝罪は、教室中に響き渡る。
発信源は晴翔。
その姿勢は五体投地、日本の誇る謝罪方DO☆GE☆ZAである。
対してその謝罪を向けられる人物と言うと。
「あれ~?どうしたの文月君?ちょっと童顔だけど色気たっぷりのキョーコ先生のところに行ったんじゃなかったの?」
皮肉たっぷりの台詞にいい笑顔をした少女『東雲弥生』だった。
ボブカットにした黒髪は、多少の幼さを残す彼女に快活なイメージを与え、出るとこが出ているそのスタイルは、その幼さをものともせず女を感じさせる。
先ほどから何故この少女、弥生が怒りを露にしているのかと言うと。
「あれはどう考えてもお前が悪いぞ?晴翔。」
「そーだよー!!彼女が居るのに他の女の子に色目使うなんてもげればいいんだよ!」
「いや、ちょっとまて唯ちゃん。もげるのは不味い。」
唯子の言う゛彼女゛とは弥生の事である。
つまるところ。
文月晴翔はリア充な訳である。
まあ、それはおいておくとして。
『ゴォーン。ゴォーン。』
「「「「「「!!??!」」」」」」
腹の底から響くような音。
鐘の音にも似たようなその音を聞いた生徒たちは、音の出どころを探そうとあたりを見回すが音源となりそうなものは無い。
それもその筈だ。
どこかから聞こえる、などと言う次元の話ではないのだから。
どうやら、時は満ちたようだ。
彼らの平穏な日々は今をもって終わりを告げる。
何事かと、慌てて外のようすを見に行こうとする学生が居るが、それも叶うまい。
「なっ?!体が動かない!」
その言葉を皮切りに、クラスを混乱が襲う。
嘘だろとか、なんだよこれ‼などと現状を理解できずに叫ぶ声が空しく響き渡る。
きっと彼らは今日この日のことを、一生忘れはしないだろう。
何年、何十年先も、この日のことを思い出し、もしあの日・・・そう考えずにはいられないだろう。
だがその時、彼らの胸中に渦巻く感情が、絶望なのか希望なのか。
そんなものは私にすらわかりはしないだろう。
次の瞬間、四葉森高等学校特別支援級の生徒はこの世界から姿を消した。
空には、真昼の月が浮かんでいた。