逆ハーレムかいっ。
落ちまくってたどりつきました。
ここ、どこなんですかね。
ところで、おばあさん、わかります?
私はどうなるの?
「ぷう」
おばあさんは、私をみつめて吹き出した。
変顔、してませんけど?
私のカオ、そんっなにおもしろいですか?
こっちは突然、わけのわかんない状況を、両親にもあきれられるほどの生来のノンキさでなんとかカヴァしようとしてるんですよ。
正直言うと、焦ってます。
そう見えない? でも、事実。
あたふたしてますよね、若干。
それを笑うのがこちらの流儀ですか?
泣きたい。
「むくれた顔をするとかわいいのが台無しだよ。笑ったのは、謝ろう。悪気があったんじゃないんだよ。ただ、昔を思い出してねえ」
キタ!
昔を思い出す発言。
なんですか、その意味深なコメントは。
前にもこういうことがあったみたいな、そういう話なんですか?
お姉さんもなんかうなずいてるし。どゆこと。
おばあさんは、お姉さんに何かを持ってくるように言いつけた。
少しして、布に包まれたものが目の前にどさっと置かれた。
「さがしものはこれかい、娘さん」
私のさがしものは、ですね。
「オレマン!」っていうこれっくらいのマンガ一冊なんですよ。
こんなにどっさり持ってこられても。ちがうと思いますけど。
って、すわああああ!
何コレェェェ!
落ち着こう。
落ち着こう。はい、深呼吸。
こんなことってあるのかな。いや、ないない。
「オレマン!」の、弐拾四巻から、四拾弐巻までが、そろってる。
夢だわ。
夢でしょ?
なんだかんだ酷評されながら、連載が続いてさ。
四巻を手に取ったときはすっごく嬉しかった。
だいたい参巻くらいで切られるもんだから。
信じられないくらいうれしい。
四拾弐巻。っていったら、あれだよ。殿堂入りだよ。
ドラゴンボ○○とか、リボ○○!
もちろんファン待望のアニメ化はされるでしょ。それに、映画化もされるでしょ。
だとしても。
私は。
見られないんだよね。
なにしろ、事故にあったんだから。
ちっくしょぉおおお。
「おばあさま、娘が泣いております」
「泣かしておやり」
おばあさんは、ため息をひとつついた。
「おまえさんの望み。マンガとはね。なんとも、慎ましいことじゃないか。それに比べて、あたしの罪深いこと」
あ、弐拾参巻がない。
私が追っかけてきた、あれは?
「突然だったよ、霊験があらわれたのは。あたしの足下に、ばっさばさとその本が落ちてきた。開いてみて、思い出した。なつかしい文字だって。すっかり、この国に染まっていたんだねえ」
「おばあさま」
「セナや。おまえと、この娘さんが白い糸でつながったのは、天の思し召しだろうよ」
あの! 弐拾参巻は?
「あたしは、身勝手なゆがんだ欲で多くの人を傷つけた。この国に、混乱をもたらした、妖魔だ」
「ちがう」
お姉さんはさけんだ。
ああ、もう!
マンガも気になるけど、こっちも聞き捨てなりません。
察するに。
おばあさんは、私みたいに「落っこちて」きたのかな?
どうしてもマンガの続きを読みたいっていう願いは、名前も忘れちゃったくせに、しっかりこの胸に残っている。
おばあさんも、そんな願いをもって、ここにきたの?
国に混乱うんぬんって、スケールがちがうって感じだけど。
「あたしには、恋人がいた。そいつは、とんでもない詐欺師だった。あたしがコツコツためた八百万を盗んで、他の女と逃げたのさ」
はあ。八百万っすか。
「くやしくって、くやしくって、憎みに憎んだあとは、抜け殻みたいになっちまった。体をこわして、ひとりぽっちで死ぬ間際、思ったんだよ。世のオトコどもがだれしも恋に落ちるような美貌の持ち主になりたいってねえ」
おばあさん、遠い目をなさっておられる。
なんか、どこかで聞いたことあるような。
「目が覚めたら、この国にいた。望み通りの美貌を手に入れて。オトコはみんなあたしに惚れた。赤ん坊からじい様まで」
逆ハーレムかいっ。
「そのあとのことは、この国のものなら子どもでも知っているからね。ふしだらな妖魔の物語さ。手玉にとってはポイ捨て。ひどい話だ」
「妖魔などと。そんなことを、仰らないでください」
「セナ、それに娘さん。よくお聞き。あたしはもう長くはないだろう」
落ちくぼんだ目を閉じて、おばあさんは言った。
「霊験を見たとき、ほっとしたんだ。やっとお迎えがくるってね」
霊験って、このマンガのこと?
おばあさん、そんなこと言わないでください。
お姉さん、泣きそうじゃないですか。
いや、泣いてるし。ぽろっぽろ泣いてるじゃありませんか。
手の甲で涙ぬぐっちゃうんですか。右手、左手、また右手。
なんですか、その萌え仕草。
カワ、イイ!!
しんみりした場面ですみません。
反省しつつも、ちらちらお姉さんを見ちゃう。
「天門の理というものを、ずうっと考え続けてきたんだよ。なんのためにあたしは、ここへ連れてこられたんだろうかってね。答えは、出ない。ただ、とても幸運なことに、宝物を得られた。それは、ほんとうにすぐそばにあった。セナや」
「はい、おばあさま」
お姉さんは、鼻をすすった。涙はないけれど、目が赤い。
「自分の心の声に、耳をお澄まし。ときに、すべてを捨てるくらいに思い切ったことだとて、心が望むならばそれがすすむ道だよ。あやまちすらも、死ぬ間際になれば懐かしい思い出になる」
逆ハーレムってすっごく貴重な体験かと存じます。
「おばあさま。わたしは、この国を壊すやもしれません」
お姉さんはか細い声でささやいた。
目がすっごくきらきらしている。
涙で潤んでるから?
ちがう。なんか、いきいきして見える。
「大妃派のすることを黙ってみていることはできませぬ」
テビハ。お姉さんの敵かな。
「セナ。おまえに壊せるものならば、壊してごらん」
はい?
国を壊すって、お姉さん。
クーデターでも起こす気ですか?
「きっと、この娘さんは、おまえの助けになるだろうよ」
話についていけません。
私はね、ぶっちゃけ申し上げますと、この国の行く末なんてどーでもいいの。マンガが読めりゃあいい。
でも、手を伸ばしても、とれない。
目の前にあるのに。生殺しもいいところ。
ひどい。なにこのしうち。
ふてくされていると、お姉さんが顔をのぞき込んできた。
「元気をお出し。あとで、わたしがめくってやろう」
ほんとう?
お姉さんはほほえんだ。
「今は先にするべきことがあるのだ。共に来ておくれ。支度もあるゆえ、少々急がねばならぬ」
お姉さんはマンガをていねいに包み直し、ついたての裏の箱にしまった。そして、おばあさんを寝かせて布団を整えた。
「行ってまいります」
背筋をただし、お姉さんは敬礼をした。
ここは「おやすみ」じゃダメなの?
「気をつけてお行き」
おばあさんはゆっくりと目を閉じた。
「かわいいセナを頼みますよ、娘さん」
お孫さんは私の助けなんかいらないと思いますけど。
どうなんでしょ、そこんとこ。
失礼しますね、おばあさん。
またきます。うん。