この人、お姉さんのことが好きなんだ。
いたたたた。
ほっぺたつねるの。てか、お姉さんなんでガマンの子?
いたいでしょ。
「あなたは、王宮をあんなふうにお出になるべきではなかった。おれはそう思いますね」
ぺんっとつまんだ指を放すと、副隊長さんはすっごい間近からでのぞきこんできた。長い前髪のあいまから、黒目がちの驚くほど素直な感情を宿した目がのぞいた。
これ、いっぺんでわかる。
まちがいない。この人、お姉さんのことが好きなんだ。
「王様をお守りしようとすればするほど、王様は危険にさらされる。大妃がもっともおそれているのは、あなたと王様が婚姻し、神殿と王家が同列のもとかたく結びあうことです」
「わかってる」
「いいや、わかっておられぬ。あなたは王様を無視し続けるべきでした。さすれば、大妃も王様を軽んじ、今日明日と急いで仕掛けてくることもなかったのです」
近い。近いです、副隊長。
お姉さんは、副隊長の胸を押しやった。
「サト様は、もうじきお帰りになられる」
副隊長さん、返す言葉に困ってる。
お帰りになる?
帰れるんですか?
「旅立たれるのだ」
声のトーンでわかった。おばあさんは、死んじゃうってこと。
「霊験があらわれたのは、三月前のこと」
圧巻。「オレマン!」弐拾四巻~四拾弐巻のことですね。
「王様の即位なさったその日だ。そして、天門も開いた。出陣前夜にな」
お姉さんは小さな声で言った。
「救い主は、わたしのうちにいる」
すくいぬし。
わーわーわー。
いるって、わかってるんですか?
それはそれでびっくりだけど。お姉さんしっかりして。
私はただの、幽霊の娘でいいんですよ。
救うとかなんとかわかんないし。
なんの役に立つ予定もないし。
「心配するなよ。わたしは正気だ」
お姉さんを心配そうに見てる。
副隊長さん、なんか気苦労が多そう。
「敵の敵は、味方ということさ」
どういうこと?
「本気で仰せなんですか」
副隊長さん、あきれてるけど。
「ハナや。彼らがそうやすやすと征服されると思うか? 厦は騎馬の民。誇り高いこと天をつく山の如しだぞ。屈服させられれば、長く恨みばかりが残るだろう。交渉するのが賢い道じゃないか。王様の御座をお守りする道でもある」
「隊長、もしや」
「王様のお后にふさわしい姫をお迎えにあがるつもりだ」
へえ。
へええ?
「よろしいんですか」
副隊長の言うとおり。よろしいの、お姉さん。
私、ちょっと思ったんですけど。
お姉さんが王様の奥さんになれないのかな?
ちょっと頼りない感じだけど、かっこいいし、優しそうだし。
お姉さんが守ってあげられるでしょ、公私ともにさ。だめ?
「よろしいさ」
お姉さん、なんでうそつくかな。
胸がちょっと痛いのは、無視しちゃっていいの?
「厦には年頃の姫がおいでになる。王様との婚姻の話もあった。大妃がもみ消したが」
「荼の姫を娶る話はどうなりましたか」
「バカを言うな。大妃の姉だぞ。いくつだと思う」
ハナさんは、肩をすくめた。