お姉さん、どうするつもり?
王様に狙いを定めてたのを、今度はこっちにきますよ。
矢が飛んでくる。
そんなイメージが何度も何度も、頭の中をヘビーローテーションしてる。
いやな予感、まさに。
だめ、だめ。
的になるなんてやだ。考えるだけで痛いですから!
そう思うのに、体は止まらずにずんずん先に行っちゃう。
今まさに、そんな状況。
夢じゃなくて、今私ね、お姉さんと一体になってるんだな。
ぼわーんとして感覚は鈍いんだけど、皆無じゃない。
お姉さんが見るものを私も見てる。
話す前に、言うことがうっすらわかる。
昔、うたったことのある歌の前奏をきいて、「あーわかる、わかる。歌える」って思う感じとちょっと似てるかな。
お姉さん、どうするつもり?
大妃さんにさからって、指揮を放棄しちゃった。
副隊長さんもふくめた、総勢十人。
将軍がそれっきりの人数で、敵陣に王様のお手紙を持って行くって。
あとちょっとで敵を倒せたのに。
倒すって、よくわかんないけど。
勝利が目の前にあったわけでしょ。
聞くところによると、敵国の厦を追いつめているのは、お姉さんの国、儷だけじゃない。
まわりにはうじゃっと国があって、その連合軍が力を合わせて厦を追いつめたんだそーである。
援護を名目として集まった数、三万。
対する厦は、三分の一くらいの戦力しか残ってないんだって。
「あちらの戦い方は承知している」
お姉さんはつぶやいた。
「連合軍の連携をくずしにかかってくるだろう。騎馬での戦いを得意とする勇猛な人々だ。大軍が動きにくい狭い土地に呼び寄せて、そのうえ将軍自ら陣頭に立ち活路を開く」
「あなたがなさったことです」
ハナ副隊長さん、うんざりした顔で言った。
「あのとき、あなたは十五でしたね。戦巫女に仕立て上げられ、嘘っぱちの託宣を背おわされ、狼の群れの中に放り出されたんじゃありませんか」
「見てきたように言うな、おまえ」
「おれもおそばにいましたから」
副隊長とのつきあいも長いんだね。
「死なずにいたのが奇跡だな」
おなかのそこから笑いがこみあげてきた。
すごく、胸が痛いんだけど。理由は、わかんない。
お姉さんと一緒に、私も笑う。
おかしくないんですけど。
初陣、なんかようわからん戦場で、おとり役をまかされたってことらしい。それも大妃さんの差し金だとしたら、十五歳の女子にあんまりといったらあんまりなムチャぶりだ。
私も十五歳だった、ような気がする。
よのなかの十五歳百人に聞いたら、ほとんどこう答えるんじゃない?
戦場になんか行きたくない。
なんとかして逃げたい、って。
それでも、お姉さんが戦ってきたのは、その理由は。
強制されたから、命令されたから、だけじゃない。
そんな気がする。
今、私はお姉さんのなかにいるから、なんとなくわかる。
お姉さんが思いだしていること。
盾になって、死んでいった人たち。
お姉さんの号令で剣を振りかざして、走っていった人たち。
その人たちが血を流し、倒れるところを何度も何度も、みたんだ。
「わたしは、もう、見たくない。何も」
お姉さんの独り言を、私だけがたぶん、聞いてた。
何十年か前、厦はお姉さんの国を征服しようとしてた。
そこへあらわれたのが、天門の巫女。(まさか、まさか)
サト様ご降臨。
逆ハーレム状態を引き起こす奇跡の美貌は、厦の王様も魅了した。
らしい。
厦王はサト様にめろめろにベタ惚れし、毛嫌いしてた儷の宗教をうけいれた。サト様を一番上の神官にすることを条件に。
正教派と天門派が分かれたのは、逆ハーレムのしわざだった。
サト様がもしその気なら、お姉さんは今頃大妃さんなんか足下にも寄れない地位についてたかもしれない。
私がお姉さんのところに落ちてくるまで。
お姉さんは、出陣するつもりでいた。
大妃さんの圧力に負けそうになってた。
それが、どこでスイッチ切り替わったのかな。
王様をお守りする、できる限りのことをするって、決めたんだ。
見渡すかぎり、ひろーい野原だ。
お姉さんの目から見る景色は、なんか映画みたいにきれい。
青い草の海が、ずっとむこうの丘を波立たせてる。太陽の光がきらきら降り注いでる。
そこへ、馬影がとつぜんあらわれた。