つかのまの休息
「隊長」
おねえさんは大妃さんを見送ったあと、少しのあいだ目を閉じた。呼び声に、気を取り直したように顔を振り向けた。
「集宝斎はどうだ」
図書室。王様の寝所だね。
こわばった声。報告する人もなんか興奮状態だ。
ちょっと。
ほっぺたについてるの、血じゃありません?
え、返り血?
「くせ者が忍んで参りました。数はさほどでもありませぬ。数名とらえましたが、口を割らせる前に自害いたしました」
「さようか」
お姉さん、あっさり。わかってたの?
さようかって。
ざわつきますよ、そりゃあ。
集まった人たち、もうびびっちゃってますよね?
いちばんびびってんの、私ですけど。
「クム殿。王様はご無事なのだろうな?」
おじさんがひっくり返った声できいた。
「大妃のやり口の容赦ないことよ。我らが集まったことなど筒抜けだったのだろうな」
半分キレちゃってる人もいますけど?
「かの方の手の者は王宮のどこにでもおります。今更、なにを仰るか」
ちょっと!
王様大丈夫なの?
さっそく狙われちゃってるじゃないですか。
怖いよ王宮。もうちょっとヤダ。
「お静まりください」
お姉さんはゆっくりと言った。
それから急に背後に置かれたついたてのほうを向いた。
あれ、王様?
いつからそこにいたんです?
そばには副隊長さん。
いつ指示だしましたっけ?
もしかして、大妃さんが入ってきたとき、ハナ副隊長に目配せしたアレ?
「王様、窮屈な思いをおかけしました」
「なんの。さほどでもない」
王様はこわばった面もちのまま、皆を見回した。
みんなびっくりしてますね。
私も驚きましたよ。
「副隊長、ご苦労」
お姉さん、後ろに下がって、こっそり耳打ちした。
副隊長は難しい表情をほとんどかえず、無言で頭を下げた。
隊長と副隊長、なんだか不思議な組み合わせだよなあ。
そんなに打ち解けてる感じでもないのに、あうんの呼吸ってやつ。
それが自然にできてるような。
もうすぐ夜も明ける。空がすこし明るくなってきた。
王様のおやすみになる室のそば、お姉さんは入り口の戸に寄りかかって目を閉じていた。
すぐそばに誰かが立った。
ハナ副隊長さんだ。
ほんの少し、お姉さんは目を開けたけど、また閉じちゃった。
お姉さんよりこぶし一つぶんくらい、背が高いんだね。
「お休みを」
副隊長さん、短く言う。
「休んでいる。案じずとも良い」
「あなたを案じているんじゃありません。馬上で居眠りでもしたら、ことですからね」
「言ってくれる」
お姉さんはちいさく笑った。
「それじゃあ、肩を貸せよ」
「いくらでも」
「なあ。おまえには苦労をかけるね」
「なんのお話ですか」
「色々と。諸々」
副隊長さん、そっぽを向く。
「もう慣れちまいましたよ」
ひげでよくわかんないけど、副隊長さん、ちょっと笑ってる?
お姉さん、呼吸が深くなった。あ、寝ちゃったのかな。
寄り添う姿が自然で、なんともいい感じ。
立ったままですけど。
ほんのつかのまの休息。
私もなんかつかれた。
見てるだけだけど。これ、お姉さんにとっては日常なの。
だとしたら、とんでもない話だ。
私はこんな世界じゃ、一日だって生き延びられないような気がする。
なんだろ。
どっかで、目覚ましがなってるみたい。
デジタルじゃなくて、がんがん頭に響くような、ベルの音。
なにこれっ!
だれか、止めてっ!