王様のおそばにおいてください、朝も、夜も。
ここは、図書館?
一歩足を踏み入れたら、壁がぜんぶ、本棚。
たいていは、きれいに積み重ねてある。
うわあ、でもあっちのほうなんか、崩れてきそう。
そこかしこに、山になってる。
掃除、してんのかな? ほこりっぽいなあ。
ここが王様の寝るところなんて、ちょっと信じられないけど。
お姉さんも同じことを考えてるんじゃないかな。
眉をひそめて、咳払いをした。
「近衛隊長、クム・セナにございます」
部屋の真ん中に、寝台がおいてある。
キングサイズってこんくらい?
半分が、本置き場になってるけど。
「隊長か?」
そこに寝そべった人は、本から目を上げ、じっとお姉さんを見上げた。
「このような時刻に。何用ですか」
この人が、王様。
解いたままの髪が、体を起こすと広い肩からこぼれおちた。
切れ長の瞳には、驚きと、戸惑いが見え隠れしていた。
つぐんだ口元は、きつく閉じられている。歯をかみしめているみたいだった。
本をとじ、寝台をおりて、お姉さんのそばまでやってきた。
お姉さんはじっと下を向き、地面をにらんでいた。
「面をおあげなさい」
お姉さんがゆっくり顔をあげると、王様は困ったように笑った。
「明日出陣なさるというに。そなたは天門で祈りを捧げておられるものとばかり」
「は。身の証をたてに参りました」
お姉さんは短く答え、頭をさげた。
「身の証。そなたがわたしに、潔白を証すと」
王様は戸惑ったように瞬きをした。
「そういえば、こうして近しく言葉を交わすのは大変久しいことですな、隊長」
お姉さんはいっそう頭を深くさげた。
「わたしが王になって、はや三月。王位はわたしにとって、大きすぎる、その上不似合いな衣。着せかけられるまま、落ち着かぬ思いで日々を費やす。それがくやしいことだとも思わぬのだ」
押し出すように、お姉さんは言った。
「勤政殿の御座におかけになられましたか。王様の御座は、高みにございます。臣に、そこから見える景色をお教えください」
「そなたがわたしの臣だと申せば、国人はみな笑うだろう。なんという身の程知らずかと」
「わたくしは、王様の臣にございます」
お姉さんは、きっぱりと言った。
「参上が遅れましたこと、なんとお詫びいたせばよいか、言葉が思いつきませぬ」
「ここへ来てはならなかった」
王様は押し殺した声で言った。
「ごらんなさい。わたしの命は、このろうそくの灯にひとしい。たった一息でかき消えるほど、ささやかなものなのです。しかし、クム・セナ、あなたはそうではない。この国の守護神です。正教派も大妃様もやすやすと手出しはできぬ。万の軍を指揮し、明日は敵を追いつめ討ち取るのでしょう。そして、必ずやこの国に勝利をもたらすでしょう」
「そのときが、恐れながら、王様のお命の尽きるときだとしても?」
お姉さんはかすれた声で言った。
王様は苦笑いをした。
「つなぎの王である。承知のうえだ」
「なにゆえ、呼んでくださらなかったのです」
お姉さんはしかりつけるような声で言った。
「一声お呼びくだされば、すぐに参りましたものを。あなたは昔からそうです。遠慮ばかりして、ご自分の大切になさっているものすら、くれてやろうとなさる。ご自分の命さえ、かんたんに渡してしまう」
「仕方ないでしょう」
王様は頬をひきつらせながら言い返した。
「わたしには力がないのだから。なれば、なにも持たぬままいるのが、最良なのです」
「王様。わたくしは、あなたのお母上に約束したのです。きっと、王様をお守りすると。国を混乱におとしむることになろうと、お救いすると」
目を細め、王様はお姉さんをみつめた。
「忘れてください。母も、きっとあなたを責めません。むしろ、感謝していることでしょう。そなたの手助けがなければ、わたしはこの日まで生き延びられなかったでしょうから」
「疑って、お呼びにならなかったのではないのですか」
おそるおそると言った風に、お姉さんはきいた。
「疑う? この国で、信じるに足るのは、そなただけだ」
苦しそうに王様はつぶやいた。
「亡き父王の遺志でわたしが王座を引き継ぎしこと、ユン大妃様はたいそう腹立たしくお思いであろう。正教派が支配するこの王宮で、わたしに味方する者はみなただではすまぬ。あなたの身が危険です」
「王様」
お姉さんは、顔をしかめた。
「ただ一言仰ってください。そばに、と」
お姉さんはじっと王様をみつめた。
「わたくしを王様のおそばにおいてください、朝も、夜も。片時も離れずお守りしたいのです。わたくしが戦うのは、王様の御ためでございます」
言ってることは、すっごい甘い。
なのに、お姉さんどうしてドスのきいた声なんですか。
はああ、色々もったいない。
もったいないですよ、お姉さん!
「今宵から、近衛がおそばにまいります。お許しを」
王様は、お姉さんの肩に手をさしのべた。
やさしく、二度たたく。
「セナ。苦労をかけます」
お姉さんはしばらく顔を上げなかった。
王様の手に、お姉さんは手を重ねた。
王様はお姉さんより頭一つぶん小さい。
がっしりして上背のあるお姉さんと、線が細い王様。
王様って守ってあげたいタイプかも。
なーんか、騎士とお姫様っぽいよね。
見つめ合ってるけど。
このふたり、どういう関係?