あーこれ。これはね、たぶん。死んじゃったっぽい。
もしかして、これ、死んじゃったかな?
私、なんだか知んないけど、はねられた。
今日は雨降りだった。傘さして、「オレマン!」の最新刊、読みふけりながら歩いていた私は、もうほんとに避ける間もなく吹っ飛ばされた。
赤い傘がくるっと一回転するのが、やけにゆっくり見えた。
その瞬間は、何がなんだかわからなかったんだけど。
腕とか足がありえない方向に曲がって、ぴくりとも動かない。
痛いとか、ちっとも感じない。
ただ、ドンっておっきな音がして、それだけ。
あっれ?
おかしいよね。
そんな自分を見下ろしてるなんて、どう考えてもフツーじゃない。
濡れたアスファルトに、血が染み出してる。ベージュの制服に、雨粒が染みをつけていく。
運転手が降りてきた。若い男の人だ。倒れた私に必死に呼びかけてる。
私はこっちですよ。
おーい、おーいってば。
街路樹の枝に引っかかってますよ。
声をはり上げても、ぜんぜん気づいてくれない。
これが、かのゆうめいな、ゆうたいりだつ、というやつ?
うっわー。
なんか、めんどくさいことになっちゃった。
枝にとまったカラスが、まっすぐに私をにらんで、しゃがれた声で鋭く鳴いた。
羽を広げてみせるのは、威嚇行動かな。なんにもしないってば。 よしよし。よーしよし。
あっちいけ、コノヤロ。
雲が晴れて、きゅうに日が射してきた。雨はもうすぐやみそうだ。私はぼんやりとそんなことを思った。
やだな、ほんとマジかんべんしてくれません。
ほんとに死んじゃったの?
もし私の十五年の人生がここでつきたとして、若干の悔いが残るとしたら、「オレマン!」を最後まで読まずにあの世に行くことかな。あの世には本屋あるかなー。ないだろうなー。
「あ、オレマンどこっ」
あった。腕のなかに抱えてた。私はほっと息をはいた。それから、むしょうに腹が立ってきた。
ほんっと、サイテー!
なんで今なの。「オレマン!」読み終わってからでもいいじゃん!
主人公の「おれ」がひょんなことから「まんじゅう」になるという、あらすじだけを聞くとなんのことやらわけわかめだけど、中身は笑いあり涙ありのハートフルラブコメなんである。
口のない「まんじゅう」は愛を叫べるか。叫んでほしい。そして身分違いの恋を実らせてほしい。
やっと告白シーンまでたどり着いたのに。
ここで人生ブラックアウト?
髪の毛を引っ張られる感じがする。最初はやさしく、つん、つん、だったのに、今は斜め上に毛束ごっそりつかんで、ぐいっぐい引いてくる。毛根が頭皮から離脱する勢い。
いた。いたいって!
どこかに連れていかれそう。
やだやだいやだ、行きたくない。
未練が残る、というのはこういうことなのかな。
読み終えるまでは、あの世になんかいかないからね。引っ張ったって無駄なんだからねっ!
私は力いっぱい抵抗した。敵は私の弱点をついてきた。「オレマン!」を奪ったのだ。卑怯なり。
このっ! 返せ返せ返せ!
腕からするりと抜け出たマンガは、空に向かって飛んでいく。
「こらぁっ!!」
私は弐十参巻を追って、雨上がりの空にかかった虹の橋を踏んだ。