goofball─過去の闇、今の灯り。
goofball
[名]【1】<俗語>睡眠薬の錠剤
【2】変わり者
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僕らの日常はとてもヒニチジョウ。
「寝るなら、きちんと布団掛けろよ」
リィの声がした。サワに叱り付けるリィの声。サワは安心したように目を閉じた────が、次の瞬間目を覚ますはめになる。
「……ぃ、たーい……」
「生きてるって素晴らしいだろ?」
暗に生きてるから痛いんだよと含むリィ。サワは思う。昔はこんなんじゃなかった。昔は。
「……」
はたと気付く。そう言えばリィは、ここに来て随分経ったけれどどうなのか。リィは以前夜を深く眠るために昼寝しないと言っていた。出会って間もない頃。まだリィがサワと暮らし始めてそんなに経たない頃だ。
あの頃。サワは自分が、依頼以外で盗みをやるなんて思ってもいなかった。
暗い部屋、一人蹲っていたリィ。
“怖いんだ……”
あの時、リィは暗い部屋を、闇の空気を、仄かな光しか宿っていない目で見据えて言った。
「……リィ、」
「ううん?」
「大丈夫か?」
「何、が、……?」
サワの常には見ない、真剣な表情の問い。受けたその目の迫力に、リィはたじろぐ。
「暗闇は、平気になった?」
「───」
また、リィも気付く。己の変化に。
あの日たまたま依頼され盗みに入ったサワが、リィを見付けた。あの頃自分はひたすら心を閉じていた。何も聞かず、何も見ない。自分は、あの頃ひどく内に籠っていた。両親はリィを嫌い《あの館》に売り払った。怪しい奴に。
金だけ在った、穢いヤツ。そう言えばヤツは、リィを呪術師に育てるとか言っていたって聞いたっけ。サワはリィの当時の科白を思い起こした。
たかが残留思念が視えるだけで。死んだ人が残した、その殻と意思を交わすのが出来るだけで。リィも思い出していた。何が才能だと言うのか。何が希少だと、利用価値だと。親にすら嫌われるこのチカラが。
だからあの頃リィは逃げていた。自分の中に。陰陽師を名乗っていた似非能力者は、中にまで手を伸ばせない。そんな技術さえ無かったのだ。金は在っても。
「リィ?」
「昼寝は出来るよ」
リィは笑う。軽く、思い出し笑いのように。
「昼寝ると、夜が怖い。……そうだったけど」
「うん」
「平気。今は」
「本当に?」
「うん」
「そう?」
「そりゃそうだろ。────今は、平気。夜寝れなくなったら、いっしょに騒ぐ莫迦がいるから。怖がりようが無いさ」
嫌なくらい明るい、サワ。
あの日あの時、あの頃の自分は闇しかわからなくて。見たくなくて。靄みたいに搦み付く闇ばかり、見たくないのに視ていた。そうすることで逃げたんだ。
両親や、似非陰陽師や、金の亡者の、人間の汚さより。
真の亡者のほうがマシだった。
しかし今は違う。リィには逃げる必要は無い。能力も、嫌いじゃなくなった。……好きでは無いけど。
サワといるからだ。あの日自分を見付けたサワは、月を背にまるで光の使者だった。眠れない夜を過ごす羽目になって苦しむ自分を、サワがすくってくれた。
その、中の灯りで。
「……絶対言わないけどね……」
「? 何? 何か言った?」
「何にも」
僕らの日常は“ヒニチジョウ”。きみは泥棒、僕は異端者。それでも。
僕らにとってはそれが“日常”。愛しい程、手を離せない程。ずっとずっと触れている。
それが日常。
【Fin.】