少女の憧れ
村には二つの広場がある。一つ目は市が開かれる広場。国の西側から疎開してきた人々を受け入れ、村が大きくなったついでに新しく造られた場所だ。そこは先ほどまでルルドたちが居た場所でもある。
二つ目は旧広場。戦争が始まる前、村の成り立ちから在る広場だ。そして旧広場の真正面に村長の家が在る。村民と変わらぬ質素な一軒家だ。家の前に村長の家と立て看板が置かれていなければ、一村民の家として素通りされてしまうこと間違いなし。
尤もルベル村の住民で村長の家を知らない人はいない。本当はよそ者だってどっちの広場の近くに村長の家があるか教えてもらえば、広場と真正面に面する南向きの家が村長の家だと常識的に考えて分かる筈なのだ。
村長の家の位置は悪くない。それなのに、何故、ルベル村の村長の家が見つかりにくいのか。答えは簡単。村長であるサシルの家は彼の趣味が高じて靴屋と化しているからだ。
ルルドがベリルと腕を組みながらサシルの家にお邪魔したとき、彼はちょうど接客の最中だった。
「いらっしゃい――おお、ルルドちゃん! よく来たね!」
顔を上げてルルドに姿を捉えたサシルは朗らかな笑みを浮かべた。すると丸い輪郭を描く童顔がますます幼く見える。
「お邪魔します、サシルおじさん」
ペコリと頭を下げるルルドをごま粒のような茶色の瞳が優しく見守っている。サシルの視線がついとルルドの後方、メシルと共に遅れてやって来たオドへと向いた。
「ルルドちゃんは相変わらず、礼儀がしっかりとしているねえ。これはオドさんの教育の賜物かな?」
「まさか。ルルドがしっかりしているのは、この子自身がしっかり者だからだよ。オドに似たら、山猿も真っ青な粗忽者にしか育たなかっただろうさ」
メシルがオドをおだてる言葉を真っ先に否定する。それに対してオドは気を悪くする風もなく、
「違いない!」
と、肯いた。
「少しは否定しな、この馬鹿」
間髪入れない首肯に、そうメシルが溜め息を吐いた。
どこへ行っても二人の間柄は変わらない。このやり取りを見ていた客でさえクスクスと笑っている。
「お二人とも、相変わらず仲が良いようで何よりだ。さて、うちの奥さんが裏庭で昼食の準備をしているから、先に行っといてくれ。わたしはこの子の靴を手直ししなきゃならんから、ちょいと遅れていくとも、伝えといてくれんかね?」
「おうともさ」
オドはサシルのお願いを快く引き受けた。
「昼餉のお約束がありましたの? でしたら、わたくし、また後ほどお伺いしますわよ」
それまで黙っていた客――面識がないことから行商人の子供だろうか。妖精属の特徴である昆虫のような複眼をした少女が遠慮を示したのだが、サシルは申し出を断った。
「心遣いは嬉しいけどね、気持ちだけ貰っておくよ。これくらいの手直し、すぐに終わるさ。それに直したあとは観光がてら村を歩いてもらって、他に不具合がないか確かめてもらいたいしね」
「ですが――」
サシルの言葉を受けても、少女は気まずいのだろう。チラチラとルルドたちの様子を窺う。
「貴女は気にしなくていいのよ。だって、成人の儀は一生に一回しかないのよ。満足する格好で望まなきゃ損に決まっているわ」
「娘の言う通り。成人の儀は一生に一回。自分の気持ちに嘘偽りなく、最高の姿で望まなきゃ。特に女の子は成婚の儀に次いで重要な行事だから、ね?」
「……そうですわね。でしたらこのまま、お願いしますわ」
父娘の熱意に後押しされ、妖精属の少女は肯いた。「任されましたよ」と、サシルが靴の形を整えていく。その作業の過程をキラキラとした瞳で見つめる少女の姿が、ルルドにはほんの少し未来の自分の姿に見えた。
気づけば2年振りの更新。
2年も何をやっていた、自分。orz