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エネミス  作者: さねちか
6/7

翌日

 今日も今日とて麗らかな日だった。

 横切る丘によって区切られた空は雲一つなく、お気に入りの大木の梢の葉は青々と茂る。


「オド伯父さん、早く早く!」


 ルルドは坂道を駆け上ると、振り向き、手招きした。約束は正午まで。太陽は十分、高みに昇っている。

 約束の相手サシルは本名サシル・ルベル。ルベル村の開墾主の裔であり、べリルの父親であった。


「もう! ほら、早く!」


 坂道を駆け下り、オドの大きな背中を押す。木こりのぼろくてぶかぶかな服の下はけれども、筋骨ががっしりとしており、ルルドが押したところで足が速まるわけではない。

 それでもオドは姪の気持ちを汲み取って、足を速めた。

 ルルドは基本、村外れの家を丘を越えて離れることがない。人見知りな性格がそうさせたのか、他に類をみないゴブリンが宿っていることに負い目を感じてか。オドは知らない。

 だが、べリルに会うことを楽しみにしていることだけは確かだった。


「あのじゃじゃ馬娘は少しは大人しくなってるかね」


 メシスが問う。


「いんや! 全く! 会う度にやれ剣を教えろ、槍の構え方を教えろと、まあ、サシルが顔を青褪めて可哀そうなことになっていたな」

「やれやれ。イシャールに似たのかねえ。フォンの血筋は血気盛んな輩が多いからねえ」


 そういえばと、メシスが真赤な唇に指の腹を当てた。


「ネイラーンの爺があんたに会いたがってたよ」


 朗らかな様子だったオドは表情を堅くした。


「あの狸親父がねえ。面倒事はごめんだ。ルルドの成人式にはついていくが、顔を出すつもりはない」


 大きな掌がルルドの頭を撫ぜる。でもそれは可愛がると言うよりは、顔を隠す意味合いの方が強かった。

 ルルドは髪をくしゃくしゃにされながら、オドが昔話を好まない理由について考えていた。昨日のメシスの話が真ならば、辛い戦争の話をしたくないだけなのかもしれない。だが、オドはいつも苛まれているような色を瞳に映すのだ。

 掌が離れていった後、ルルドはぼんやりとオドの背中を見つめた。


「どうした? ルルド。サシルんとこに行って、昼餉にご相伴しようじゃないか」

「うん!」


 ルルドは笑顔を作った。

 彼女はまだ成人していない。きっと成人したら、色々なことを、胸の内にしまっている事柄を吐露してくれるだろうと信じることにした。

 丘を越える道はそのまま村の広場へ伸びている。広場には行商が幌馬車を止め、荷を地面に広げ、接客をしていた。高らかながら怒鳴るようではない、爽快な声は蒼穹に木霊するようだった。

 オドの姿を見咎めた村人たちは親愛の情を以て彼に接する。


「やあ! オドさん、こんにちは」

「おう。今日もまた奮発してるなあ」

「オドさん、久し振りじゃないか。ルルドちゃんも久し振りに顔を見たよ」


 そう言って粉屋のおじさんがひょいっとルルドの顔を覗く。するとルルドは縮こまって、オドの服の裾を掴み、大柄な躰の陰に隠れてしまう。


「こんにちは」


 粉屋のおじさんは気を悪くするでもなく、声を上げて笑った。


「ルルドちゃんも年頃だねえ。うちの息子と泥んこまみれになって走り回っていたのが嘘みたいだよ!」


 そう言われて、ルルドも内心で首肯した。

 今でこそ内気なルルドはけれども、昔は村のガキ大将だった。小さいのから大きいのまで、いろんな年代の子供を遊びに誘って、遊び呆けていた。べリルと知り合ったのもその頃だ。

 べリルは癇癪持ちで、一度弾けると、朝日が昇るまで落ち着かない。誰も彼女と遊びたがらず、でも、ルルドは強引にべリルを誘って仲間に加えた。癇癪を起こしても、負けじと声を張り上げて対抗したものだ。


「ルルド!」


 名を呼ばれてルルドははたと、思考の海から意識を呼び戻された。

 振り返れば、豪奢な金の髪をした娘--そう、肉感的な曲線を描く体はまさに娘だ。少女ではない。べリルが嬉しそうに破顔して、未だオドの陰に隠れるルルドに抱き着いた。


「遅いから迎えに来てしまったわ!」

「くるしい、べリル……」

「あら、ごめんなさい」


 向かい合ったべリルは目元を綻ばせた。夕日色の瞳が僅かに覗いて、とても綺麗だった。

 今ではルルドとべリルの立場は逆転している。べリルは魅力的な娘に育ち、まとめ役に向かないサシルに代わり村長を務める母親の補佐を立派にやり遂げている。


「おう。出迎えご苦労だなあ」

「あら。おじ様、いらしたの? 全く目に入りませんでしたわ。あら、珍しいこと。小母様もいらしてたの。ついに結婚する気になって?」

「馬鹿なことを言いでないよ、まったく」


 二人は苦い表情を浮かべていた。


「でも、私の目にはお二方はお似合いに映るのですけど、ねえ、ルルドもそう思うでしょう」


 ルルドは曖昧に笑った。

 メシスと一緒に暮らしたと思うけれども、それがおじさんの奥さんとしてなのか分からなかったからだ。


 「まあいいわ。さ、昼餉の準備は整っているわ。行きましょう」


 べリルはまるで何でもなかったかのように粉屋のおじさんに礼をして、ルルドの腕を引っ張っていく。引き摺られるように去って行くルルドのあとをオドとメシスが肩を並べて続いたのだった。

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