贈り物
ルルドとオドが暮らす家はとても狭い。台所に居間、客室、寝室と部屋数は僅か四つ。お風呂とトイレは家の横に別にあるから、わざわざ外に出なければならない。
あと忘れてはいけないのがルルドの小さなお城である屋根裏部屋だ。本棚は重さで床が抜けてしまいそうだから、居間に置いてある。寝る前に日課の読書をするため、一冊だけ持って上がるのだ。
ルルドは旅行記を本棚にしまい、お茶の準備をした。ちょうど行商の人から買い付けた新鮮な茶葉があった。
きっとメシスも気に入ることだろうと、うきうきした気分で湯呑を三人分、お盆に乗せて運んだ。
「おや、綺麗な萌黄色だねえ。香りもいい。何処のお茶だい?」
「西のサマン産だって。行商の人が言ってた」
「なるほど。そりゃあ、いい品物を買ったもんだ。あそこは水が綺麗で、いい茶葉が育つからねえ」
円卓の椅子に座りながら、ルルドはメシスに好奇心で満ち溢れた視線を投げ掛けた。
「ねえねえ、メシスおばさん!」
にっこりと、メシスは綺麗に笑った。泣き腫らしたかのような赤い目は怖いけれども、端正な顔つきをした美人なのだ。思わず見惚れるほど魅力的な笑みだった。
白魚の如き指先が伸びてきて、ルルドの梅鼠色の頬を思いっきり引っ張った。
「メシスお・ね・え・さ・ん! まったく。オド、躾がなってないんじゃないのかい?」
「んん? お互い、もういい齢なんだからおばさんで間違ってないんじゃないのか?」
オドは呑気に茶を啜りながら答えた。
メシスの眼光が鋭くなり、ルルドは慌てて掌で耳を覆った。つんざくような女の金切り声が狭い家壁に反響する。びりびりと、空気が震え、ぐわんぐわんと脳が回る。
手の力が抜けたオドは湯呑を落とし、熱湯をもろに被って大騒ぎだ。
「あちっ! あちちっ! メシス、お前なあ! その声は最早凶器だって言ってるだろ。ところ構わず悲鳴を上げるな!」
ルルドはまだ定まらない焦点を彷徨わせながら、オドを羨ましく思った。
竜や水棲系統の聖霊属は一般的に耳を塞ぐための厚い蓋のような皮膚を持っている。それを自由自在に動かして、オドはメシスの悲鳴に耐えたのだ。
メシスはルルドの頭を抱えるように引き寄せ、深い溜め息を吐いた。
「ルルド。よおくお聞き。女はね、花のようなものよ。愛でられれば凛と咲き続け、放られればすぐに枯れちまう。伴侶に選ぶなら、あんな繊細さに欠ける男にするんじゃないよ」
伴侶という言葉に露骨な反応を示したのは年頃のルルドではなく、寧ろオドの方であった。
「ルルドに伴侶はいらん! 絶対に認めんぞ!」
犬の遠吠えのように喚くオドを尻目に、メシスはルルドに話し掛け続ける。
「ルルド。今日はねえ、あんたに贈り物があるんだ」
「贈り物? それってなあに?」
メシスの顔を見上げて、ルルドはせがむように服を引っ張った。メシスは各地を放浪している。そして仕入れた本や珍しい細工物をお土産に持って帰って来てくれる。
ルルドはメシスが家にいることも嬉しいが、そうした村以外の物に触れることも殊更喜ぶのだ。
にこやかに笑いながら、メシスは大きな布の包みを円卓の上に置いた。触感はとても柔らかい。
何だろうと、胸をわくわくさせてルルドは包みを開いた。瞬間、ルルドは弾かれたかのように面を上げた。
「メシスおねえさん、これって!」
眼球が零れ落ちかねないくらいに目を見開いて、ルルドはつたない言葉を紡いだ。皆まで言わずともメシスは頷き、包みの中身を拾い上げた。
それは晴れやかな盛装だった。ルルドが大好きな春の野原に咲く花のような黄色をしている。
肩口を合わせて、盛装とルルドの丈を確認したメシスは満足げだった。
「うん。良く似合ってる。そう思うだろう、オド」
ルルドはオドへ視線を移した。伯父は目元を綻ばせながら、また照れ臭さを隠すように不遜な態度で言う。
「当たり前だろう! なんたって俺の姪っ子だからな! 言っとくが、どんなに欲しがってもやらんからな!」
「はいはい。まったく、親ばかだねえ」
呆れたように首を緩やかに降っていたメシスはけれども、曇った表情のルルドに気づいた。
「どうしたんだい? ルルド、もしかして気に入らなかったかい?」
「ううん、でも、あのね……あの」
ルルドは歯切れ悪くもごもごと喋った。
「お、お母さんの服、着ようかなって思ってたから……その、でも」
お祖母ちゃんやお母さんが着た盛装を纏って素敵な伴侶を見つける。これって女の子の夢よねと、村で同い年くらいの娘らが話していたのを聞いたのだ。確かにと、ルルドの心の片隅に憧れとして引っ掛かっていた。
しかし、新しい、ルルドのためだけの盛装と言うのがまた嬉しいのも真実だ。
どう伝えればよいのか、はにかみながら礼を言おうとしたルルドだったが--
「フェルシドの服はお前には似合わんだろ」
オドのいつになく平坦な声音が彼女の表情を強張らせた。