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僕が目を覚ましたのは、見知らぬ部屋だった。
その部屋には、間接照明が幾つか照らされていた。
ゆっくりと体を起こして、周りをよく見てみるとその部屋には、僕が今寝ていた大きなベッドしか物が置かれていない。
壁には二つのドアが見えた。一つは枕もとの傍、もう一つは足元の傍。
窓は一つもない。
変な部屋。でも、なんとなく懐かしい匂いがする部屋。
僕は、ベッドから降り、ふらつきながら枕もとのドアを開けてみた。クローゼットのようだ。たくさんの服が掛けられている。今まで着ていた僕の服もある。
どうして、僕の服が掛けられているのだろう?
次に僕は、ベッドの足元のドアをそっと開けた。
違う部屋へとつながっていた。その部屋も、幾つかの間接照明が中を照らしていた。
その部屋は、今いた部屋の三倍くらいはありそうな広い部屋で、とても天井が高く、その高い天井からは大きなシャンデリアが下がっていて、床には、毛足の長いカーペットが敷き詰められている。それから、部屋の端には大きな机と書棚が置かれ、部屋の中央には小振りの応接セットが置かれていた。ドアが他に二つ。両開きの大きなドアと、片開きの小さめのドアだ。
なんなんだ? この無駄に広い部屋は。それに、今時シャンデリアって………。
僕は、星空が見える窓へと歩いていった。まだ少しふらつくけれど、支えが必要なほどではない。
窓の両脇には分厚く重そうなカーテンが束ねられていた。窓は、足元から天井までの高さのあるものが一箇所、その窓を挟むように腰高から天井までの高さの窓が二箇所あった。
僕は、真ん中の一番大きな窓をそっと開けバルコニーへと出た。
窓の外は、見たことのない景色が広がっていた。
ここは高台なのか、たくさんの家々が見え遠くには海らしきものが見えている。
車や電車の音は聞こえない。聞こえるのは虫の鳴き声や、木々の葉を揺するわずかな風の音だけだった。
下を覗き込むと、きちんと整えられた花壇が広がり、色とりどりの花々が咲き乱れている。
花壇の向こう、五百メートルはあるだろう先に、大きな門が見えた。その門の両側には、頑丈そうなフェンスが連なっている。
空には、見たこともないくらいたくさんの星が煌いている。しかし、僕が知っている正座は一つも見つけることは出来なかった。
ここは、何処なのだろう?
「お帰り、エリック。久しぶりの我が家はどうだい?」
突然の声に驚き振り返ると両開きのドアの傍に、穏やかな笑みを浮かべた男性が立っていた。
その男性は、二十代半ば位の年齢で、すらりと背が高く髪は金色、瞳は紅、黒のスーツを着ていた。「我が家?」
「そうだよ。お前が生れた家だ。忘れちゃったかな?」
「そうなんですか。……あの、あなたはどうして僕のことを知っているのですか?」
「どうしてって、私はお前の父親だからさ」
「父親!」
思わず僕は大きな声を出してしまった。だって、僕は十三歳だ。その父親がこんなに若いはずがない。兄の間違いだろう。
「それも、忘れちゃったのかい。……父さんは、……父さんは、とても悲しいよ……」
その男性は、崩れるように床に座り込んでしまった。
な、何、この人……。
すると、その後ろからもう一人男性が現れ、父親だと名のった男性に声を掛けた。
「エドガー様、そんな所に座り込んでいたら邪魔です。どいてください」
その男性もすらりと背が高く、二十代半ば位の年齢で、白に近い銀の髪、瞳は金色、グレーのスーツを着ていた。
「だって、グスター。私の愛するたった一人の息子は、私の事まで忘れてしまったんだよ」
「それは、仕方のないことです。十年も離れていたのですよ、覚えていないのは当り前です」
「お前は、良いよ。たくさんの子供がいて『父さん、父さん』っていつも呼ばれているじゃないか。私だって、呼ばれたいんだ!」
「実の子供は、二人だけです。他は違います」
「でも、みんながお前の事を『父さん』って呼ぶじゃないか。私も呼んで欲しいって言ったら、思いっきり首を横に振られたんだよ」
「それは、仕方がないでしょ。あなたと私の立場が違うのですから」
「それは、そうだけど……、」
「そんなに呼んで欲しかったのなら、三歳であちらに行かせなければ良かったのですよ」
「でもさ、早い時期の方が良いってみんなが言うから……」
「それは、あなたが猫っ可愛がりするからでしょ」
「だって、やっと授かった子供なんだよ。可愛いに決まっているじゃないか。それを無理やり僕たちから引き離して……。たくさんの子供に恵まれたグスターには私の気持ちが分らないんだ」
「はいはい、分かりません。それよりも、どいてください。私は、エリック様へのご挨拶がまだなのですから」
「グスターなんか嫌いだ!」
「はいはい、何とでも言ってください」
この二人、何?
グスターと呼ばれた男性は、父親と名のった男性をまたいで、エリックの前まで歩をすすめた。そして、方膝を付き右手を胸にあて、深々と頭を下げた。
「お見苦しいところをお見せして申し訳ございません。私は、当家の執事をしておりますグスター・レヴィンと申します。よろしくお願いします。エリック様のご無事のお帰りを心よりお喜び申し上げます。」
「こ、こちらこそよろしくお願いします。あ、あの、頭を上げて下さい」
僕は、大人にこんなに頭を下げられたことは記憶になかったので、慌ててしまった。
「驚かれた事でしょう。目が覚めたら、見知らぬ場所にいたのですから」
「そうですね。……あの、教えてもらえますか?」
「どんな事でしょう」
「あの、僕、どうしてここに居るのですか? 僕の荷物がこの部屋と隣のクローゼットにもありました。それに、ドアのところで凹んでいる人が僕の父さんって本当の事なのですか? 僕は十三歳です。僕の父親がこんなに若いはずがありません。それに、どうしてあなたは、子供の僕に対してそのような挨拶をするのですか?」
「色々疑問が出てきたようですね。では、ゆっくりご説明いたしましょう」
グスターは、僕をソファーに座らせると、父親と名のった凹んでいる男性もソファーに座らせ、メイドにお茶を運ばせた。
「では、お話しましょう。まず、この凹んでいる人物の説明をしましょうね。この方は、間違いなくエリック様のお父様ですよ。お名前は分かりますよね。エドガー・レオン様です。奥様はナナ様。エドガー様の外見はとても若く見えますが、実年齢は二百歳を越えています」
「二百歳?」
「そうです。エリック様もそれくらい長生きできますよ。今までエリック様が暮らしていた場所にはない遺伝子を持っているために、とても長命なのです。この方は、二百年以上生きておられますが、エリック様が始めてのお子様で、ただ一人のお子様なのですよ。他にお子様はいません」
「本当に、僕の父さんなんだ。大きな声で驚いたりしてごめんなさい。電話の声と似ていたんだけど……、マリーの話では、僕は父さんにそっくりだって聞いていたんだ。でも全然違うからビックリしちゃって……」
「何を言われているのですか? そっくりですよ。並んで鏡を見てみますか? ほら、エドガー様、鏡を持ってきてください」
グスターは、未だ凹んでいる男性に指図した。
「グスター、お前だけだぞ、この私をこき使うのは」
その男性は、プンプン怒りながらも、一瞬姿を消したかと思うと大きめの鏡を抱えて僕の隣に座っていた。
僕は、声が出ないほど驚いた。
どうやって席を移動した?
何処から鏡を持って来た?
僕がポカンとしていても、全く気にしない様子で、その男性は僕の顔の隣に自分の顔を寄せ、鏡に映した。
僕には、鏡の中にそっくりな顔が二つ並んで見えた。
鏡を持ってきた男性は、鏡の中で僕にニッコリと笑顔を向けている。もう一つの人物は、ポカンとしている。そう、このポカンとしているのが……ぼ、僕!
「よく、似ているよね。これなら誰が見ても私の息子ってすぐに分かる」
「……」
「エリック、私に似ているのが嫌なの?」
鏡の中のニッコリ笑顔が、少し歪んだ。
「えっ! だって、これ、僕じゃないから」
「ほら、ちゃんと見て。エリックだよ」
「でも、僕の髪も瞳も黒いはず……」
「ああ、それはね薬のせいだよ」
歪んだ顔が、一瞬でニッコリ笑顔に変わった。
「薬?」
「そう。お前を、あちらの世界の人間に合わせて、幾つかの遺伝子を眠らせるための薬を飲んでもらっていたんだ。毎日、マリーに飲むよう言われていたものがあっただろう?」
「ありました。とても不味い紅い薬」
僕は、思わず顔を顰めてしまった。
「やっぱり、あれは不味かったか。グスター、もう少し改良が必要のようだね。開発部へ連絡しておいてね。エリック、お前があちらの世界でマットと散歩の途中で倒れてから、一週間はたっているから、今までの薬の効果もすっかり消えて、お前本来の姿に戻っているんだよ。どうだい、この姿は気に入ってくれた?」
「で、でも、どうしてマリーは、僕のことを父さんに良く似ているって言っていたんだろう。僕も知らないこの姿を知っているみたいだ」
「マリーは、知っているよ。マリーだけじゃなくて、あの家に住んでいた者みんなが知っている」
「えっ! 知らなかったのは、僕だけなの? でも、今までこの姿になった事は一度もないはず。だって、薬を飲み忘れたことは一度もなかったんだ」
「マリーたちには、お前の現在の姿の中に本来の姿を重ねて見る事が出来るんだよ。だから、知っていたんだ。凄い視力だろう。この視力は、ある遺伝子を持つ者だけの特殊能力なんだよ」
「特殊能力?」
「そう。マリーはグスターの娘なんだ。そして他の人たちは、グスターが率いる群の仲間なんだよ。とても誠実で賢く、忠誠心が強い」
「マリーがグスターの娘? それに、群って何の?」
「狼の群だよ。グスターは、狼の群のリーダーだから」
「でも、グスターは狼じゃない。人だよ」
「今はね、でもグスターは狼の姿にもなれるんだよ。見てみる?」
僕は、何も考えずに首を縦に振っていた。
グスターは、ソファーから立ち上がり回りに何もない空間に立った。
グスターの姿が白い靄のような物に包まれると、そこには大きなホワイト狼が一頭いた。
その狼は、マットよりも一回りも大きい。太い四肢、キラキラ光るホワイトの毛並み、鋭い金色の瞳、そして右の耳にピアスの穴のような小さな穴が一つ開いていた。
「……思い出した。僕、小さい頃、背中に乗せてもらったことがある。あれは、グスターだったんだね。グスターの右耳の穴は、僕が噛み付いたからだ。あの時は、ごめんなさい。痛かったよね。跡に残っちゃうなんて、本当にごめんなさい」
グスターは、人の姿に戻るとソファーに座り穏やかな表情でエリックに話し掛けて来た。
「エリック様、そんなにお気になされることはありませんよ。これくらいの頃、私にとっては大したことではありません。それに、エドガー様にはもっと酷いことをされましたから」
「えっ! 酷い事?」
「はい、子供の頃からずっと一緒に育ちましたから、じゃれているうちにいつの間にか喧嘩になってしまって、体のあちこちを噛まれて血だらけになりましたから。まあ、私も噛み付きましたが」
「それ、僕もマットとした事があると思う。……えっと……、白いカーペットが敷かれた部屋で……、マットと二人でじゃれあっていて、そのうち噛み付きはじめちゃって……、僕もマットも血だらけで、白いカーペットも凄い事になっちゃって……、その時、誰かに凄く叱られた。誰だったかな?……、その人の事を、マットは凄く怖がっていたんだ」
「クララでしょう」
グスターは、苦笑いを浮かべた。
「そう、クララだ。クララは、グスターの奥さんだよね。この家の中では、僕を叱ってくれるのはクララだけだった。あっ、でもさ、どうしてマットはあんなにクララを怖がったんだろう」
「それは、母親だからですよ」
「母親? ということは、グスターがマットの父親……、マリーの弟……、じゃあ、マットも人の姿になれるんだ……。えーっ!」
僕は、とんでもない事に気付いてしまった。
「あ、あのさ、ちょっと今の話変じゃない?」
僕は、父さんに詰め寄った。
「どうして?」
「だって、人が狼になるなんて……」
「何を言っているんだい。お前は実際に、グスターが姿を変えるところを見ただろう」
「そうだけど、だって狼人間がいるなんて、僕には信じられないよ」
「信じるも信じないも、この世界には現実にいるんだから」
「この世界? ちょっと待って、ここは地球じゃないの?」
「違うよ。ここは地球とは違う次元にある小さな星だよ」
「えっ、異次元の星? じゃあ、友たちにも会えないの?」
「残念ながらそうだね。あちらの世界への行き来はとても大変なんだ。学校へは、マリーがちゃんと手続きをしてくれたし、友たちにも、手紙を出してくれたよ」
僕は、体中の力が抜けてソファーに崩れ落ちた。
今まで一所懸命頑張ってきたものが、全て無意味だったように思えた。次元の違う星ならば、考え方や物の捕らえ方、全てが今までとは違うのだろう。
僕は、ぽっかりと空いてしまったような心の中でマットを呼んだ。こんな時には、マットと一緒にいる事が一番安心できるように思えたから。
マットは、両開きのドアをそっと開けて、僕の傍へ来るとお座りをして僕を見上げた。僕は、ソファーから降り膝をつき、マットの首に縋りつくように両手を回し、ホワイト
の毛皮に顔を埋めた。僕より高いマットの体温が、僕を落ち着かせてくれる。耳を澄ます
と、マットの心臓の音も聞こえる。
――マット、なんだかとっても寂しいよ。
僕は、心の中でマットに話し掛けた。今までも、僕が落込んだ時はこうしてきたから。
――何が、そんなに寂しいの? 僕はずっと、エリックの傍にいるよ。僕だけじゃ駄目?
僕の心の中に、声がした。
――マットなの?
――そうだよ。こちらの世界では、君と話が出来るんだ。今まで、何も答えてあげられなくて、ごめんね。
――うん。でも、答えてくれなくても、僕の気持ちを一番分かってくれるのは、マットだけだから。これからも、ずっとそうだよね。
――もちろんだよ。ここで、また新しい友たちをたくさん作ろう。今度は、君と僕の二人で作るんだから、きっとたくさん出来るよ。それから、一緒に勉強もしてあげるよ。
――勉強はまた一からだね。ちょっと嫌だけど、マットが一緒なら頑張るよ。
――うん。
僕は、ゆっくりとマットから離れた。
マットは僕の顔が離れていく前に、大きな舌でペロンと僕の頬を舐めた。
父さんとグスターは、僕たちを何も言わずに見詰めていた。
「もう、大丈夫。僕にはマットもいるから。これから、二人でたくさん友たちつくるよ」
「そうだね。きっとエリックと友たちになりたがる子はたくさんいるよ」
「うん。マット、人の姿になってよ。狼の姿じゃ友たちが逃げていっちゃうよ」
僕の言葉に、マットは頷くと白い靄に包まれ人の姿へと変化した。
マットは、僕よりも少し背が高く、すらりとした体格で、白に近い銀の髪に、金色の瞳。悪戯っ子のような笑みを浮かべると笑窪が出来た。
僕はマットが人だったらとずっと思ってきた。僕が想像していた姿がそのまま現実になったようで驚いた。やっぱり、マットはマットなんだ。マットの姿に妙に納得してしまった。
ジッと見ていた僕に、マットは恥ずかしそうに声を掛けて来た。
「エリック、変?」
「変な事なんて全然ないよ。僕が思っていた通りだった」
「そう、それなら良かった。この姿になって、君に嫌われたらずっと狼のままでいようって思っていたんだ」
「どんな姿でも、君を嫌う事なんてないよ。マットは僕の大切な友たちだから」
「ありがとう、エリック」
マットは、グスターの隣、僕の正面に座った。
やはり親子だ。とてもよく似ている。
「ところで、さっきの話の続きだけど、この世界には、狼人間の他に何がいるの?」
「この世界には、三つの種族が住んでいる。狼人間と、地球にもいた普通の人間、そして、ヴァンパイア」
「ヴァンパイアねえ。狼人間とはセットだよね。まさか、僕もそのヴァンパイアだったりして……」
「正解! お前は、ヴァンパイアだよ。凄いでしょう!」
父さんの満面の笑みが眩しい……。
僕の思考は停止してしまった。冗談のつもりで言ったのに……。
「エリック、エリック、大丈夫。しっかりして!」
マットの声が遠くに聞こえる。
ハッと、我に返ると目の前にマットの顔があり、ビックリして仰け反ってしまった。
「大丈夫?」
僕は、かいてもいない汗を袖口で拭った。そして、父さんの顔をジッと見た。
父さんは、少し困ったような表情を浮かべている。
僕が、ヴァンパイアって事は、父さんもヴァンパイアだよね。僕が、本で読んだヴァンパイアと、父さんは全然違うように見えるなあ。もちろん、本の中のヴァンパイアは作り物だけど。でも、全くの嘘話でもないだろう。
ヴァンパイアと言えは、人を襲い血を啜るはず。でも、この父さんが人を襲うところなんて想像できない。だって、さっき思いっきり凹んでいたし、今も滅茶苦茶不安そうな顔をしている。
父さんは棺桶で寝ているのかな?
あっ、でも僕さっきベッドで寝ていたな。棺桶では寝ないのか。でも、あの部屋自体が大きな棺桶みたいなものかな? 窓がなかったし。
今、父さんは黒のスーツを着ているけど、外に出る時は黒いマントも着けるのかな?他の色を着たらいけないのかな? 黒ばかりじゃ嫌だな。それにマントは絶対嫌だ。
それから、力が強くて俊敏で空も飛んだりするのかな?
そう言えばさっき、鏡を持ってくるのは凄く早かったな。俊敏なのは、本当らしい。でも、空は飛びそうにないな。
後は、十字架と聖水とニンニク、太陽が苦手なんだよな。
この世界に、キリスト教があるのかな? 無いとしたら、十字架と聖水は関係なさそうだな。ニンニクはどうでもいいけど、太陽が苦手って言うのはちょっと嫌だな。
僕が、こんな事を父さんの顔をジッと見ながら考えていると、痺れを切らしたらしく父さんが、おずおずと声を掛けて来た。
「エリック? あの、ヴァンパイアは嫌かな?」
「嫌というよりも、ただ、僕が読んだ本の中のヴァンパイアのイメージと父さんが、ちょっと違うから、どうなのかなって思って」
「そう、それなら安心した。ヴァンパイアが嫌で、死ぬとか言われても困るから」
「そんな事で、死なないよ。せっかくこれからたくさん友たちも作るってマットとも話したのに」
「そうだね。お前が読んだ本の中のヴァンパイアは、十字架や聖水、ニンニクや太陽に弱いとか、黒いマントをひるがえしコウモリになって飛んでいくとか、棺桶で眠るとかかな?」
「そうだよ。それは、どうなの?」
「第一ここには宗教はないから、十字架や聖水もないよ。あっても何ともないけど。ニンニクは匂いが強いってだけだよ。私よりもグスターの方が嫌がっているよ。それと、太陽の事は、レオン家のヴァンパイアに関しては害にはならないよ。他の家系だと、弱い者もいるけどね。それから、マントは着けた事がないよ。あんなの邪魔だよね。それに、コウモリには変身できないよ。だから、空も飛べない。それから、棺桶では寝ないよ。あんな陰気くさいて狭いところでは良い夢を見れないじゃないか」
「そうだね、じゃあ父さんは人を襲って血を啜るの?」
「襲わないよ。襲ったら、人に嫌われちゃうよ。血は飲むけど」
「それは、本と一緒なんだ……」
「そうだね。でも、グスターやナナからもらったり人工血液を飲んだり……、今は人工血液もとても美味しいものが作れるようになったから」
「じゃあ、それが作られる前はどうしていたの?」
「その頃は、たくさんの狼からも血を分けてもらった」
「父さんが血を飲んでも、相手はヴァンパイアになったりしないんだね」
「そんな事では、ならないよ」
「そんな事っていう事は、そういう方法もあるんだね」
「あるよ。でも、普通は一生に一度しか使わない事だから。お前も、大人になったら分かるよ」
「そうなんだ。人に害をなすものではないのなら、僕はヴァンパイアの自分を受け入れるよ。それから、最後の疑問の答えを教えて、グスター」
僕は、グスターの顔をジッと見詰めた。
「最後の疑問は、私がどうしてエリック様に対しての挨拶でしたね。それは、エリック様が、この国にとってとても大切な方だからですよ」
「国にとって大切? 僕が? この国は何て言う国なの」
「この国は、リオン王国です」
「リオン? この国の王様はリオンって言う名前なんだ。僕と同じだ」
「そうですね。この国の国王は、エリック様のお隣にいますよ」
隣?
隣には、ニコニコと僕に笑顔を振りまく父親が居るだけだけど……。
「グスター、父さんしかいないよ」
「そうです。エドガー様がこの国の王なのですよ」
「王!」
僕は、そのまま気を失ってしまった。
父さんとグスターが言い合いをしている声が遠くに聞こえる。マットが僕の頬を叩いたり声を掛けたりしている。それでも、僕は目を覚ます事が出来なかった。
結局僕は、その後高熱を出し、三日間ベッドにいた。
僕自身、ヴァンパイアの自分よりも、王子の自分を受け入れる方を拒否したようだ。
寝込んでいる間、母さんとクララが僕の世話をしてくれていたようだった。
僕は、ベッドに居る間、数時間毎に輸血されていた。
輸血中は、体が寒くてマットが狼の姿でベッドに入り込んできてくれるのは助かった。ガタガタ震えなくてすむ。それを分かっていて、来てくれているのだろうか。
三日目の朝方、僕は目を覚ました。
ちょうど、母さんが輸血用のパックを外しに来てくれていた。
「母さん」
僕は、少しかすれた声でその人を呼んだ。
母さんは、金色の長い髪を翻し紅い瞳を細め、穏やかな笑みを浮かべ僕のベッドの端に腰を下ろした。
「エリック、具合はどう? 少しは楽になった?」
「うん。もう大丈夫そう」
「そう、それは良かったわ。何か食べたい物はある?」
「ないよ。それよりも、話を聞かせて。母さんの話」
「私の話?」
「そう。母さんは、どこで生れて、どうやって父さんと出会って結婚したのか」
「私の話が、あなたの不安を取り除いてくれるものだといいけれど……。私が生れたのは、あなたが育ってきた日本。その当時の日本は、まだ戦争をしている時代だったわ。あっ、私の歳を計算しないでね。私の家は、両親と私の三人家族。父は製薬会社を経営していたわ。母は専業主婦。その当時にしては、とても裕福な家庭に生れたの。一人っ子だった私を両親はとても愛してくれたわ。学校を卒業する頃には、お見合いの話もたくさんあって、両親はそれを断るのが大変なほどだったの」
「どうして断るの? たくさん来たお見合い相手の中から一番いい条件の人を探せばいいじゃない。会社も継いでくれそうな人」
「そうね。私自身に、決めた人がいなければそうしたでしょうね」
「母さんには、好きな人がいたの?」
「そうよ。その人は、父の会社の開発部にいたわ。とても背が高くて、日本人離れした顔立ちをしていたの。とても優秀な人だったらしくて、いくつもの新しい薬を開発していた。父さんもとても期待している人だったの。でもね、その人、私が成長するだけの時間が流れているのに、ちっとも歳をとらないのよ。それまでは、遠くから見ているだけだったんだけど、思い切って声を掛けてみたの。そしたら、そういう病気だって教えてくれたわ。私は、そんな病気もあるのかとビックリしたの。それから、少しずつ話をするようになっていったの。その人は、私のことをどう思っていたのか分からなかったけれど、私はその時にはすでに恋をしていたのよ。両親も、その事に反対はしていなかったわ。その人さえ良ければって言ってくれていたの。そして、私が十七歳の時に、また大きな戦争が始まった。国中が戦争一色になり、毎日怯えながら暮らしていたわ。会社は閉鎖になり、社員たちもあちこちに非難していった。でも、その人は、この辺りに身よりはないからって、ずっと会社の寮に住んでいたの。そんなある日、原子力爆弾が投下されたの。私の家は爆心地から少し離れていたけれど、物凄い爆風で小さな家々は跡形もなく消えていたわ。そんな中、私の両親とその人はすぐに、倉庫に残っていた医薬品を持って爆心地へ向かったの。私もこっそり後を追いかけたわ。一人で留守番なんて寂しいでしょ。でも、あの光景を一瞬見ただけで、足がすくんで動けなくなったわ。付いていっても私は何の役にも立てそうになかったわ。震える体をどうにか動かしてやっと自宅に帰ってきたの。その時、黒い雨が振っていたわ。数週間がたって、やっと三人が帰って来たの。でも、私の両親は病気にかかっていたわ。みるみるやせ衰え、血を吐いて死んでいった。その当時の医学では、救えなかったのよね。あそこまで病が進行してしまうと。私は、親戚に連絡を取ろうとしたのだけれど、誰とも連絡が付かなかったわ。戦争は終わったといっても、まだまだ混乱が続いていたから。私は、その人と二人で両親のお葬式をあげたの。とても寂しいお葬式だった。お墓も滅茶苦茶になっていたから、遺灰を納めることも出来なかった。そのうちに、私も体調を崩したの。髪が抜け、口の中が切れてもいないのに、血が出てくるの。そして、吐血。食事を摂ることも出来なくなり、日に日に体力は衰えていったわ。その間、彼がずっと私の看病をしてくれたの。彼は、周りの人間がバタバタ死んでいく中、まったく体調を崩す事がなかったわ。そして、私にも死期が訪れようとしていた。そんな時、彼がこう言うのよ『ナナ、君は私と一緒にずっと生きてくれるのか?』って、おかしいでしょ。もうすぐ私は死ぬのに。でもね、私は『私が生きている間は、ずっと一緒にいたい』って答えたわ。そしたら『私が何者でも、君は私を愛してくれるのか?』って聞いてくるから『何者だろうと、かまわない』って答えたの。そしたら『君の病気を治してあげる。でもその為には、ここを離れなければならない』って言われたの。とても驚いたけれど、『両親の遺灰を持って行けるならどこでもどうぞ』って答えたわ。その後、私は両親の遺灰と共に、この国に来たの。どうやってここへ来たのか、全く覚えていないのだけれど、ずっと彼が私を励ましてくれていたわ。そして、この屋敷の一番奥の部屋のベッドに寝かされた。そして、彼は自分の血液を少し私の体に輸血したの。途端に、私は高熱を出しもがき苦しんだわ。体の中でエドガーの血が私の病気と戦っているのだと思っていても、とても苦しかった。体がバラバラになってしまうのではないかと思うほどだったわ。暴れまわる私の体をエドガーがずっと抑えてくれたわ。しばらくすると、しっかりとした食事が摂れるようになった。そして、彼も少しずつ自分の事を話してくれるようになったの。私は、彼の話にとても驚いたけれど、彼を拒絶する事は出来なかったわ。その反対で日増しに夢中になっていったの。そして、彼のそばでずっと支えてあげようと思ったの。だから、彼の奥さんになったのよ。勉強もたくさんしたわ。この国の言葉も分からなかったから。それから、礼儀作法やダンスも。毎日ヘトヘトになるまで頑張ったわ。そんな私をエドガーはずっと励ましてくれたの。彼のご両親もとてもいい人だったわ。彼と結婚できて良かったと思っているわ。こんなに可愛い息子にも恵まれたしね」
母さんは、僕の髪をそっと撫でおでこにキスをした。
僕は、真っ赤になって布団に潜り込んだ。
「母さん、ありがとう。僕も、母さんに負けない位頑張って勉強するよ。僕はこの国の言語は話せるわけだから、母さんよりずっと簡単な事だよね。そして、父さんに負けないくらい、いい王様になるよ」
布団の中でモゴモゴ話し終わると、母さんはお休みと声を掛け、部屋を出ていった。




