鳥獣神の神聖祭
「いいなぁおい、鳥獣神の神聖祭」にやけたディックの呟きに、クロスは頷く。「まったくな」
主の七日は多くの人々と共に七聖教団の教会へ足を運んだ。聖たる七つ神の神官と熱心な信徒は各々が使えし神の神殿で過ごすが、他の殆どは七聖教団で神々に祈りを捧げた後、仕事や家庭の様々な事柄に着手したり、主の七日の前日である運命神の神聖祭-多くの地域では共に歩むべき異性との出会いを祝す祭りとして位置づけられ、若者達を主役にすえた宴会のようなものが一般的-の片付けや、後日すぐに始まる蒼鯨神の神聖祭-河川及び海で行われる鯨を模した人力船を用いた寒中レースが主。前述した運命神の神聖祭で得た恋人にいい所を見せるにはうってつけ-の準備に当てるものが殆どだった。すでに家庭を持ち、また文官として務める頭脳労働者の二人にとってはもはや見物するだけの祭りと言っていい。赤竜神の神聖祭は木々花々を飾り立てた女性達主体の祭という風体で、それはそれで面白いが限られた女性のみが参加というものであり、多くが貴族の令嬢など、手の届かぬ高嶺の花ばかり。しかし、この鳥獣神の神聖祭は、違う。いや正しくは、ここ数年の変化で彼らにとって特別な祭となっていた。
猫耳と尻尾とをつけた娘の、なんと愛らしい事か。「クロス、俺はあの子がいいなぁ」
「俺のとは違うなぁ」鋭い視線も魅力的な、狼系の女性に見惚れながらクロスはディックに返す。
元来、鳥獣神の神聖祭といえば狩猟が主流である。そして得たそれを無駄なく、食し、加工し身に装ったり、生活に用いるというのが基本である。しかしながらここのような、流通で栄える街では狩猟そのものが難関であり、また多数の人のうねりが落とす残骸はとても無駄なくという話にはならなかった。その事実をここ流通の街エデルの領主は指し、「無駄が無くせぬならば、この日及び前二日は鳥獣を用いる一切を禁ずる。それを失う事がどれだけ苦しみを生むか、皆その身をもって知るといい」と。それから数年、街人はこの神聖祭の日には肉も食えず、革製の衣類は無論、水袋すら使用を禁止され、それはもう鳥獣神の加護がいかに偉大であるかを身を以って知る事となった。ディックらはそれを思い出し、しかし笑う。その数年は若き領主も少々人気を落としたが、近年の変革で以前にも増して支持を得る名君となっている。そのすべてはこの鳥獣神の神聖祭によるものであった。
布告
鳥獣神の神聖祭における変更について
ここ数年を以って、民にも鳥獣がいかに我らにとって大切なものであるか理解出来たと思う。
よって今年より、鳥獣使用禁止令を撤廃する事とする。
なお、鳥獣神への感謝と祈りを示すにおいて他で見られる事柄を為すのは難しく、多少の容赦をする事をここに記す。しかしそれでは他よりも信心が足らぬと思われても致し方ない。
故に、ここに布る事を鳥獣神の神聖祭及び前二日において為す事を義務とする。
1、男女共に、鳥獣を模したものを身につける事
2、屈強とみなされる男は神聖祭前日に、戦いをもって勇敢さを示す闘技に参加する事
3、投票、又は上流指名を受けし女は神聖祭当日の催しに参加する事
「はぁ、獣耳や尻尾がこんなに愛らしいなんて」ディックの溜息交じりの言葉。「明日の闘技や明後日の獣娘謝肉祭-美女コンテスト及び立食会-目当てにわんさか人が訪れるし、やはりやり手だなぁ、うちの領主」ディックと同じような思いを持つ一人であるクロスは、その他の仲間達を眺める。一番の大通りを所狭しとひしめきあう旅人もまた、仲間なのだと思うと嬉しく思う。町を彩る獣娘達は趣向を凝らしており、いつもはその目を気にしなければならぬ妻と娘も明後日の催しに出る為の奮闘でこちらを見やる暇など無い。故に、こっそりと色町へと赴いた二人は、軒で客を呼び込む娘達にだらしない顔をむけていたのだった。
「けど、これって神様怒らないかね」ふとディックがクロスに問うと、クロスはにやりと笑いながら答えた。
「麗しき存在を欲するは当然。力を示し合意の元なら問題ないと、神官様がおっしゃられたそうだ」
エストリス王国東部エズファーン領で行われ始めたこの神聖祭。
数年後王都でも開催されるほどに民衆に支持されることとなるがそれは別の話である。
神聖祭日程について
主の七日 七聖の神々に祈る日とされるも、緩やかな決まり。
蒼鯨神の期 蒼鯨の巡り(一巡り目)一日
赤竜神の期 赤竜の巡り(二巡り目)二日
鳥獣神の期 鳥獣の巡り(三巡り目)三日
太陽神の期 太陽の巡り(四巡り目)四日
月神の期 月の巡り (五巡り目)五日
星神の期 星の巡り (六巡り目)六日
運命神の期 運命の巡り(7巡り目)七日
に各々の神聖祭が行われる。場所によって内容は若干異なる。