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車イス少女  作者: 君鳥
第四章 お好み焼き屋さん
22/23

4-6.青空美容室


  ―7―


 和隆は遥にヘアカットを頼まれた後、美容院に赴いて髪の毛のカットの仕方などを学んでいた。

 もちろん遥のことを追い返したケーキ屋さんの近くの美容院ではなく、昔から和隆がお世話になっている顔馴染みの美容院である。

「ちょっと知り合いの女の子の髪の毛を切ってやる事になったんで、ヘアカットのコツとか教えて欲しいんですけど……」

 そう言って訪ねると、美容師のお兄さんは不思議そうな顔をしていた。

「君がヘアカットをするの? その子をここに連れてくるんじゃなくて?」

「なんか美容院恐怖症らしくて」

 その時は視線恐怖症云々の話を知らなかったので、そう語る和隆の口調も戸惑い気味だった。

 お兄さんは「ふーん……?」と首を傾げていたが、親切丁寧にハサミの扱い方やカットの仕方を教えてくれた。その時店に来ていたお客さんにも協力してもらい、横で見学、実演までしてもらった。



 ハサミを動かしながら、美容師のお兄さんは和隆に言った。

「事情はよく分からないけれど、君にヘアカットを頼んだという女の子は、よほど君のことを信用していたんだろうね」

「え?」

「異性に頭や髪の毛を触られるのは苦手だ、嫌だっていう女性は多いからね。美容師にも触られたくないって人もいるくらいだし。なのに君は、その子にヘアカットを頼まれたという。だから……ね?」

 お兄さんはパチリとウインクをしてきた。

「はぁ……?」

 分かったような分からないような顔をして答える和隆。

「まあとにかく、髪は女性の命だからね。失敗のないよう、慎重に丁寧にカットしてあげてね」

 彼はそう言って、にこやかに微笑んだ。



 その後、新米美容師が練習に使うという首だけのマネキンとカットウイッグを借りて、自宅でも練習してきた。

「あんた受験勉強もせずに何やってんの?」

 母親に見つかり「なに? 美容師になるつもりなの?」などと色々と突っ込まれたりもしたが、右から左に聞き流しておいた。

「そういえば母さん、最近髪切ってなかったよな? 俺がカットしてやろうか?」

 実験台にしてやろうと右手に美容ハサミ、左手にすきバサミを持ってバルタン星人のようにフォフォフォと追いかけ回したのだが、結局は逃げられてしまった。

 そんな事がありつつ、和隆は今日という日を迎えていた。

 目の前に、遥の長い黒髪がある。



 色々と下準備をしたとはいえ、プロの美容師のようにうまく出来るとは到底思えなかった。

 しかし、これは遥たってのお願いなのだ。

 なればこそ。自分はただ全力を尽くすのみである。

 和隆はハサミやくしと一緒に持ってきた白いシルクのシーツをパッと広げ、遥の首に巻きつけた。彼女の車イスごと、その体を白い布で覆い包む。

「大丈夫? きつくない?」

「うん、平気」

 白いシーツをレインポンチョのように纏った彼女は、なんだかデカイてるてる坊主のようだった。

 和隆はちらりと空を見上げた。

 木々の葉っぱの隙間から、午後の柔らかな木漏れ日が差している。

 清々しい程の青空。風もほとんど吹いていないし、突然の突風にヘアカットを邪魔されることもないだろう。

 公園の片隅で着々と散髪の準備を進める二人。

 そんな二人を見て、公園の向こうでバドミントンをしていた少女たちが、「あの人たちは一体何をしているんだろう?」という顔をしてこちらを眺めていた。



 和隆は美容ハサミをシャキーンと構えて、遥の後ろに回り込んだ。

 本職の美容師のような顔をして遥に問いかける。

「ようこそ青空美容室へ。お客さん、今日はいかがしましょう?」

「お任せで」

 車イスにゆったりと腰掛けた遥は、のん気な口調でそう言った。

「お任せって言われてもな……」

 和隆はむぅと困ったような表情を作った。

「具体的にどんな風にしたいとか、タレントの誰それみたいにして、とかないのかよ?」

 といっても、こっちには付け焼刃の知識とスキルしかないのだ。パーマ機もないし、難しい髪型をリクエストされてもそれを忠実に再現できる自信なんてなかったけれど。



「この体になって以来、ヘアスタイルの事とかファッションの事とかからは遠ざかってたからね。どういうのが流行ってるとか、全然分らないんよ。適当に私に似合いそうな感じにしてくれたら助かる」

「適当に、って言ってもなぁ……」

 こっちは素人なのだし、シザーハンズのようにバカスカ刈っていくわけにもいくまい。

「うーん、どうすっかなぁ……」

 和隆は腕を組んで唸った。

 自分のカットの腕と相談しながら、彼女の頭をじっと見詰める。彼女にはどんな髪型が似合うだろう?



 和隆はふと思いついて提案した。

「……いっそバリカン買ってきて坊主にするか?」

 遥は呆気に取られたような顔をして聞き返した。

「ぼ、坊主……?」

 それならば頭に沿ってバリカンを動かしていくだけだし、自分でもパーフェクトに出来る気がする。

 ある映画ではナタリー・ポートマンやデミ・ムーアも坊主頭にしていたし……。

 丸刈りという選択肢。

 無くは無い!

「坊主はいいぞ。頭洗う時楽だし、寝癖や髪型に悩まされることもないし」

 そう力説すると、遥は眉間に深いシワを寄せ、とても気難しげな表情を作った。人非人でも見るような目で見詰められる。

「……さすがにそれはごめん、止めてください」

 丁重にお断りされてしまった。

 警戒するように、じりじりと車イスを後退させて和隆から遠ざかっていく。

「分かってるよ、冗談だよ。そんな離れていくなよ」

 和隆は慌ててフォローを入れた。

「ま、まさか赤坂くん、坊主頭の女の子フェチとか……?」

「違げーよ。どんなフェチだよ」



 冗談はさておき、とりあえず髪の長さだけでも決めておくか。

 和隆は指をチョキにして、適当な位置で遥の髪の毛を指で挟んだ。

「長さはこれくらいにする? 毛先を整えるくらいでいい?」

 あまり大胆に手を出して失敗しても後が怖いと、和隆は申し訳程度に髪の先っぽをつまんだ。

 しかし、遥がその手をずいーっと上の方に持ち上げた。

「もっと上、これくらいで」

 毛先が肩につかないくらいの、ショートカットの位置まで和隆の手を持ち上げる。

 和隆は渋い声を出した。

「結構いくなぁ。そんなに切っちゃっていいのかよ? 一気に二十センチ近くも短くなることになるぞ?」

 ショートカット好きの自分としては嬉しいけれど。

 遥は気楽な口調で言った。

「このさいだから、バッサリいこうと思いまして」

 まあ、このヘアカットには「今までの自分と決別する」という意味合いもあるし、それくらい思い切った方がいいか。



「今までずっとロングでやってきたけど、赤坂くんも『短くしても似合うんじゃないか?』って言ってくれたしね。だからちょっと、思い切ってチャレンジしてみようと思って」

 遥はそう言って、肩越しににこりと微笑みかけてきた。

 和隆はポリポリと頬をかいた。

 そのセリフを言った当人としては、こうも何度も引き合いに出されるとなんだか照れくさくなってくる。

「どんだけそのセリフ気に入ってんだよ」

 まさか彼女は、ショートカットの子が好きだと言った自分の好みに合わせて髪を短くしようとしている訳ではないだろうな?



 まあ、それはともかく。

「そんじゃま、そろそろ始めますか!」

 和隆は気合を入れ直し、ヘアカットを開始した。

 霧吹きで彼女の髪を軽く濡らし、長い髪にくしを通して真っ直ぐに撫でつける。

 彼女のストレートの黒髪は非常にサラサラとしていて、シルクのように手触りが良かった。一瞬、目的も忘れて髪を切るのがもったいなく思ってしまう。

 とりあえずダッカールピンを使って、髪の毛をいくつかのブロックに分けた。

 美容バサミを握り直し、そのうちの一つを手に掴んだ。まずは失敗しても修正を効かせやすい後ろ髪から。

 和隆はスーハースーハーと何度も深呼吸して精神を集中させた。マネキンのカットウィッグで練習はしてきたが、本物の人の髪の毛を切るなんて生まれて初めてのことだ。緊張する。

「……いきます」

 和隆は爆弾解除をする爆発物処理班のような慎重な手付きで、彼女の髪に一投目のハサミを入れた。

 息を止めて、ハサミを持つ手に力を加える。



 ――チョキン。

 抵抗なくハサミは入り、髪が切れた。

 首に巻きつけたシートの上を滑り、遥の足元にパラパラと髪の束が舞い落ちる。

「おおぉ」

 和隆は感嘆の声を上げた。なんだか感動した。

 なかなか楽しいな。

「よーし、この調子で刈っていくぞ」

 チョキンチョキンとハサミを鳴らす。購入したばかりのハサミは面白いようによく切れた。

 美容師のお兄さんの教えを思い出しながら、左右のバランスを気にしつつ髪にハサミを入れていく。気分はカリスマ美容師だった。

 鼻歌交じりに尋ねかける。

「かゆい所はございませんか?」

「それシャンプーの時に言うセリフじゃない?」


  ☆


 調子よくハサミを動かしていると、公園の向こうでバドミントンをしていた少女たちが、いつの間にか和隆らの側にやって来ていた。

 ボーイッシュな格好をした、キャスケット帽子を被った女の子。

 リンゴのアクセサリーが付いたヘアゴムで、髪を二つ括りにした女の子。

 猫っ毛でふわふわとしたロングヘアーの女の子。

 見た所小学四、五年生くらいだろうか?

 三者三様の装いをした少女が三人、公園で散髪している遥と和隆のことを物珍しそうにじぃーっと見詰めていた。

「こんにちは」

 遥は頭を動かさないように目だけを動かし、少女らに声をかけた。

 バドミントンのラケットを片手にした、キャスケット帽子の女の子が話しかけてきた。

「なんでこんな所で髪を切ってんの?」



「ちょっとね。お姉ちゃんが美容院に行けなかったから、この人に切ってもらってるの」

 遥はそう答えて、体を覆っている白いシーツをめくり上げた。ちらりと座っている車イスを見せる。

 それを見た三人の少女たちは、お互いに顔を見合わせて頷いた。

「お姉さんのことは知ってるよ。すぐそこの大きな家に住んでるよね? 学校行く時とか、よく見掛けてたから」

「そっか。あなたたちもこの近くに住んでるの?」

「うん」

「あの……」

 リンゴのヘアゴムをした女の子が、おずおずと尋ねてきた。教室で発言する時のように、顔の横に小さく手を挙げて質問する。

「あの……車イスでの生活って、やっぱり大変ですか?」

「まあ、それなりにねー。大変だね」

 遥は気軽い口調で答えた。保母さんのような優しい口調で受け答える。



 遥のことを気さくで人当たりのいいお姉さんだと判断したのか、少女たちは色々と質問をしてきた。

「どうして車イスに乗るようになったの?」

「立つことは出来ないの?」

「その足って、治らないんですか?」

 などなど、無遠慮に興味津々に尋ねかけてくる。

 遥も遥で、それらの質問に律儀に答えていた。

「昔ちょっと、自動車事故に遭ってしもてね」

「手すりがあれば少しは立てる、くらいかな。歩けはしないけど」

「うん、多分。完治は難しそうやねー」



 後ろで両者のやり取りを聞いていた和隆は、半ば呆れ顔をしながら口を挟んだ。

「……遠慮なしだな、君たちは」

 何度か道で見かけたことがあるとはいえ、ほとんど初対面だっていうのに少女たちには遠慮がなかった。

 一般的な大人たちと違って、少女たちには変な気負いや躊躇が無かった。偏見も差別意識もなく、ただただ純粋な瞳をして車イスの彼女に質問を投げかけてくる。

 キャスケット帽子の女の子が頭をかきながら謝った。

「ごめんごめん。お姉さんのことは毎日見掛けてたしね、一方的に知ってる気になっちゃってた。……ずっと気になってたから」

「気になってた?」

「車イスで移動するの大変そうだなぁ、って」

 三人の少女たちは気難しげな表情を作った。お互いに顔を見合わせて「ねっ」と頷く。

 彼女たちはずっと、車イスの遥を見かけては、気にかけていてくれたらしい。

 少女は真摯な目をして言った。

「今まで機会がなかったけど……一度お姉さんとお話がしてみたいな、って思ってたんだ。私たち」

「お話? 私と?」

 遥が首を傾げて尋ね返した。



 ふいにキャスケット帽子の少女は言葉を止めて、遥の後ろにいる和隆のことを見上げてきた。

 話を変えて、気さくな口調で尋ねてくる。

「お兄さんはプロの美容師志望の人なの?」

「いや、ただの素人」

「ふーん、そうなんだ?」

「だからあんまり茶々入れてくるなよ。手元が狂うから」

 和隆は遥に正面を向かせ、中断していたヘアカットを再開した。その髪に手を添えて、ハサミを入れる。

 公園で散髪している二人の事を見詰めながら、少女が小首を傾げて質問してきた。

「ところでさぁ、二人は恋人同士なの?」

「うぉい!?」

 言った側から、少女は茶々を入れてきた。

 突然の質問に驚き、和隆はあやうく自分の指をちょん切る所だった。



「な、な、なんだよ、突然?」

 いきなり何を言い出すんだと狼狽しながら、和隆は尋ね返した。

「二人はさ、この間おじいちゃんの所のお好み焼き屋さんで、一緒に食事をしてたよね?」

「え?」

 リンゴのヘアゴムをした女の子と、猫っ毛の少女もそれに追随した。

「一つのお好み焼きを二人で分け合ったりして、すごく仲良しさんでした」

「アツアツだったよね」

 少女らは「ねー」と声を合わせて、仲良く頷き合った。

 和隆は少女らのことを見下ろした。

(ああ、こいつら……)

 どこかで見たことのある女の子たちだなと思ったら、お好み焼き屋さんで一緒になった小学生の一団だ。お好み焼きを焦がして、「おじいちゃん助けてー!」と騒いでいた子供たちである。



 少女らは改めて二人に質問してきた。

「で、二人は付き合ってんの?」

 少女らはニコニコと無邪気に笑いながら、「そこんとこどーなのよ、お兄さん?」と、親戚のおばちゃんのような図々しさで尋ねてきた。

 和隆は呆れたような表情をして子供たちを見下ろした。

 最近のガキは遠慮もクソもねぇな、と改めて思った。いっそその図々しさ、遠慮のなさが清々しい程である。

 遥が若干頬を赤らめつつ、困ったような顔をして答えた。

「違うよ。私たちはただの……クラスメート、お友達だよ」

 ただのクラスメート。

 お友達。

 イントネーション的に考えて、彼女の性格からして「赤坂くんが私の恋人だと思われたら彼に迷惑」という気持ちで言ったのかもしれないけれど……軽くヘコんだ。胸にグサリときた。

 まあ実際の所、自分たちの関係はただのクラスメート、お友達なのだけど。



「ふーん? そうなんだ?」

 少女たちはいまいち納得がいかないというような顔をしていた。小首を傾げる。

「毎日一緒に登下校してたし、てっきり恋人同士なのかと思ったよ」

 間山の一件以来、和隆はほぼ毎日遥と一緒に登下校していた。彼女を家まで送り迎えしていた。

 学校までの道のりには緩やかとはいえ坂もあるし、一緒に行動していれば小さな段差や学校の階段などのフォローも出来るし。

 リーダー格のキャスケット帽子の女の子が言葉を続けた。

「お兄さんは毎朝高校のある方向からやって来て、お姉さんと合流して、また元来た道を戻って行ってたからね。たぶんわざわざすごい遠回りをして、お姉さんのことを送り迎えしてたんだよ」

 少女の言葉に、遥が「えっ?」と声を張り上げた。



 体をひねって後ろにいる和隆のことを見上げてくる。

「赤坂くんの家って、こっちの方にあるんじゃなかったの?」

「ん? ああ……」

 和隆は曖昧に答えた。困ったようにポリポリと頭をかく。

 そんな和隆の様子を見て、遥が察した。

「通学路の途中に私の家があるんやと思ってた……。赤坂くん、わざわざ遠回りをして、私の登校に付き合ってくれてたの?」

「ん、いや……まあな」

 和隆はバツが悪い思いをしながら頷いた。



 和隆の家は、遥の家から見て学校を挟んだ向こう側にあった。

 なので和隆は毎朝、一度学校に登校してその横を素通りし、遥の家の前で彼女と合流して、そこからUターンして遥の車イスを押しながら再び学校に登校する、という面倒な生活を送っていた。

 彼女がその事を知ると気を遣わせてしまうと思って今まで黙っていたのだが……。

 真実を知った遥は、ひどく申し訳なさそうな顔をして恐縮した。

「そっか……わざわざごめんね。私のために……」

 しょんぼりとした表情を作る。

「私知らなくて……」

「い、いや、遠回りっていっても別に大した距離じゃないし。気にすんなよ」

 俺も朝のウォーキングになるし、などと言って適当に誤魔化した。



 和隆は少女らを見下ろして質問した。

「つーかお前たちは、なんでそんなことまで知ってんだよ?」

 なんだこいつらは?

 どこぞのスパイか? マタ・ハリか?

「私たちは小学校に行く時、いつもこの公園に集まって集団登校をしてるからねー。他の子たちを待っている間、よくお兄さんのことを見かけてたんだよ」

 和隆は思い出しながら呟いた。

「ああ……。そういや、よく小学生の群れと行き合ってたな……」

「そうやって遠回りをしてまで一緒に登校してるくらいだし、だから私たちは、二人は付き合ってるんじゃないかと推理したわけだよ」

 少女はふふんと胸を張っていた。

「うるせぇ、馬鹿。勝手に推理してんじゃねーよ」

 なんだか気恥しくて、和隆はぶっきら棒に言い返した。

 しかも外してるじゃねーか。



「こっちは慣れない散髪で忙しいんだよ。お前らなんかに構ってる暇はないの。遊びたいなら向こうで遊べ」

 和隆はうるさい子犬でも追い払うように、しっしっと手を動かした。

 しかし、それにもめげず、少女たちは和隆らの側から離れようとはしなかった。人懐っこく、しつこくまとわりついてくる。

 じーっと横から見詰められた。

「なんだよ、さっきから?」

 キャスケット帽子の少女が言った。

「前から思ってたんだけど、お兄さんって何かに似てるんだよね。なんだろう?」

「ああ?」

 少女は何かを思いついたように、ポンと手を打った。

「ああ、分かった。ハチ公だ! 忠犬ハチ公!」

 リンゴのヘアゴムの子と、猫っ毛の少女も「ああ、それだそれだ」と納得したように頷いていた。



 和隆は訝しげな顔をして尋ね返した。

「はあ? なんだよ、ハチ公って?」

「お兄さんはいつも、お姉さんが家から出て来るまでブランコの所で待っていたでしょ?」

「だからなんだ?」

「そういう所がハチ公っぽい」

 少女はイタズラっ子のようにニッと微笑んだ。



「お姉さんが出てくるのを待ってる間はつまらなそう、眠たそうにブランコに腰掛けてるんだけど、お姉さんの姿を見つけるとシャキっと立ち上がって、『おーす、春川ー!』とか言って嬉しそうに駆け寄って……」

「まるで、ご主人様を毎日駅に送り迎えしていたハチみたいです」

「お兄さんに尻尾が生えていたら、きっとちぎれんばかりにブンブンと振っていただろうね」

 少女たちはニヤニヤと笑いながら、お互いに顔を見合わせて「ねー」と頷き合っていた。

「よっぽどお姉さんと一緒に登校するのが楽しかったんだろうね。いっつも上機嫌に車イスの後ろを押してたし」

「いつもかわいいかわいいと思って見てました」

「胸キュンだよね」

 胸の前で両手を合わせてハートマークを作る。

「う、うっせー、馬鹿!」

 和隆は小学生の女の子たちに冷やかされてたじろいでいた。

 まさかそんな所まで見られていたとは……。照れくさくて少々赤面する。



 うるせー黙れと焦ったように乱暴な口調で言う和隆のことを見て、少女たちはさらに調子に乗った。

 きゃーきゃーとかしましく黄色い声を上げる。

「あらやだ、お兄さんったら照れちゃってかわいいー!」

 少女たちに囲まれて、ぬいぐるみか何かのようにかわいいかわいいと言って頭を撫でられそうになった。

「う、うっせえ、こっち来んなっ! ええい、触んじゃねーよ!」

 和隆は慌ててそれを邪険に振り払った。

 小学生相手に本気で怒る。何だか余計に気恥しい気分になり、顔が熱くなった。顔から火が出そうだ。

 お好み焼き屋のおじいちゃんにからかわれたり、小学生に冷やかされたり……ここの所ろくなことがねぇなと思った。

 まったく、なんなんだこいつらは。まさかじいちゃんの差し金じゃないだろうな?



 これ以上何かを暴露されても困ると思い、和隆は今度こそ少女らを追い払いにかかった。

「もぉ、ぺちゃくちゃとやかましいなぁ。お前ら本当、どっか行けよ」

 うるさい蠅でも追い払うかのように、ぞんざいな手付きでしっしっと手を振る。

 少女らはブーブーと不服そうに口を尖らせた。

「なんだよ、いけずー」

「まったく、素直じゃないんですから」

「そんなんだから、いつまで経っても『お友達』止まりなんだよ」

 言いたい放題、好き勝手に揶揄されてしまった。



「うるさいわ、ボケー!」

 和隆は巻き舌調に叫んだ。今度こそブチ切れる。

「いい加減にしないと、お前らの頭も刈っちまうぞ!」

 チョキンチョキンとハサミを打ち鳴らしながら、シザーマンのように少女たちを追いかけ回した。

「きゃーっ、怒ったー!」

 少女たちは楽しげな声を上げて、頭を押さえて駆けていった。


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