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車イス少女  作者: 君鳥
第四章 お好み焼き屋さん
21/23

4-5.彼女の世界


  ―6―


 数日後、二人はくしやハサミを買って公園にやって来ていた。

 遥の家の正面にある、あの児童公園である。

 砂遊びをする幼稚園児やウォーキングをしている老人、井戸端会議を繰り広げている奥様方と、午後の公園内は色んな人で賑わっていた。向こうでは小学生くらいの少女が三人、楽しげにバドミントンをしている。

「どんな髪型になるか楽しみやなぁ」

 遥は気楽な調子で言い、のんびりと車イスに腰かけていた。

 公園に備え付けられた木製のテーブルの上に鏡を置き、それを覗きこみながらパラパラと前髪を払ったりしている。

 家の中では後片付けが大変だと、二人は公園の片隅でヘアカットを行おうとしていた。

 草木の生い茂る芝生の上で青空美容室である。



 和隆は生まれて初めて道具を手にしたチンパンジーのように、物珍しげに散髪用の細身のハサミを手の中で弄んでいた。チョキンチョキンとハサミを鳴らしたりする。

 不安な顔をして遥に尋ねかけた。

「なあ、本当にやんの? 止めるなら今のうちだぜ?」

 人の髪の毛をカットするなんて、初めての事だった。

 とりあえずヘアカットの仕方が載っている雑誌を読んだり、馴染みの美容院に行ってプロの美容師の手ほどきを受けたりもしたが、まったく自信がなかった。うまくカット出来る気がしない。自分のせいで、彼女の頭がボンバーヘッドになったらどうしよう。

「やっぱり止めとこうぜ。責任持てねぇって」



 ゴチャゴチャと駄々をこねて躊躇っていると、不意に遥がこちらを振り向いた。真剣な瞳をして、まっすぐにじっと見詰められる。

 その視線に軽く気圧され、和隆は少したじろいだ。

「な、なんだよ?」

「ねぇ、赤坂くん。ちょっと私の話を聞いてくれる?」

「ん……?」

 急に改まった口調で話しかけられ、和隆は首を傾げた。

「なんだ? そんなに改まったりして」

「あんな、ちょっと言いにくいことやねんけど……私は実は、視線恐怖症やってん」

 彼女は躊躇いがちに、唐突にそんな話を打ち明けてきた。



 和隆は驚いたようにぽかんと口を開き、訝しげな表情をして聞き返した。

「シセンキョウフショウ?」

 まるで生まれて初めて耳にした異国語をしゃべる時のように、イントネーションが大分おかしくなっていた。

 視線恐怖症。

 どこかで聞いたことがあった。

 自分の視線が他人を不快な気持にさせるんじゃないかと思い込んで人と目が合わせられなくなったり、あるいは、他人の視線を過剰に意識しすぎて情緒不安定になったりするという、あれか?

 高所恐怖症の人間が高い所を恐れるように、視線恐怖症の人間は自分の眼差しや、他人の視線を恐れてしまう。

 最悪、自分や他人の視線を気にするあまりまともに人間関係が築けなくなって、鬱病になったり対人恐怖症になったりするらしい。

 その、視線恐怖症……?

 そう尋ねると、遥は和隆から視線を逸らしつつ、こくんと小さく頷いた。

「私の場合は、後者やね。他人の視線が……怖かった」

「他人の視線が?」



 和隆は戸惑い気味に遥のことを見下ろした。

 彼女は車イスの上で小さくなっていた。

 膝の上で手を組み、視線を下に落としている。顔を伏せがちにして、長い前髪で表情を覆い隠そうとしていた。目元を隠し、和隆と目を合わせようとしない。

 いきなりそんな事を言い出して……どうしたっていうんだ?

 和隆は突然のことに戸惑いを覚えた。

 とにかく彼女の話を聞こうと近くの椅子に腰を下ろし、遥と目線を同じにした。じっと彼女の顔を覗きこむ。


  ☆


「私って、車イスがないとどこにも出掛けられない人やん?」

 和隆の困惑をよそに、遥は唐突に、そんなことを言い出した。

「……まあ、そうだな」

 和隆も頷いた。

 彼女は自力では立てない、歩けない体をしている。どこに行くにしても、車イスが必要だった。

「それがどうかしたのか?」

「車イスに乗って外を出歩いていると、どうしても目立ってしまうねん。どこにいても、どこに行っても……みんなから見られている気がする」

「見られている?」

「私が自意識過剰なだけかもしれへんけど、そうやって車イスを転がして歩いていると……歩いているだけで、みんなから注目されて見られてる気がしてたんよ」

 和隆は今までのことを思い返した。

 登下校中の通学路。

 学校の廊下や、階段の昇降時。

 商店街のゲーセンで遊んでいる時や、お好み焼き屋で座敷に上がる時など……。

 確かに、車イスの彼女はどこにいてもよく目立った。物珍しげな顔をして人から注目されがちだった。隣りにいる和隆も、何度か他人の視線を感じたことがある。



「でもそれは……ある程度は、仕方のない事じゃないか?」

 多分これは、彼女にとっては非常にデリケートな問題だ。和隆は相手を刺激しないようにと注意しながら、慎重な口調で答えた。

 人と違うという事は、どうしても、それだけで悪目立ちしてしまうものだ。それが制服姿の女子高生とあってはなおさらだろう。

「他人の目なんて気にすんなよ。そんな事で悩んでたら、将来ハゲるぞ」

 わざと冗談めかして気楽な風に言ったのだが、彼女は嫌々をするように首を激しく左右に振った。軽く髪が振り乱れる。

「私もそう思って意識しないようにと心掛けてたんやけど、そうやって意識しないようにと意識すればするほど、逆に意識してしまって……なんだかみんなが、私のことを変な目で見ているような気がしてたんよ」

「変な目?」

「みんなが私のことを色んな『目』で見てる。かわいそうっていう哀れみの目だったり、うざったいっていう蔑みの目だったり、あるいは、珍しい生き物でも見るような目だったり……」



 ゆっくりとした口調で語り続ける遥の声のトーンは、どんどん暗いものになっていった。言葉はつっかえつっかえになり、声に抑揚がなくなっていく。

 遥は、何やら思い詰めた表情をしていた。

 自分の手元を見下ろしながら、ここではないどこかを見ているような目をしていた。じっと虚空を見詰めている。忙しなく指先をこすり合わせたりしている。

「みんなが私のことを見て、嗤っているような気がして……」

 同情的な他人の視線。

 差別的な他人の視線。

 奇異の物でも見るような、好奇に満ちた他人の視線……。

 それらの視線に怯えるように、彼女の体は車イスの上で小さく震えていた。



「そういうのが嫌で、そういうのを視界の外にシャットアウトしてしまいたくて……私は髪を伸ばしていた、っていう理由もあったんよ。自分を閉ざしてしまいたくて」

 遥は下を向いたまま自虐的な口調で言った。「ほんと、どうしようもなく駄目な子やね」と言って、自嘲的にフッと笑う。

(まさか……)

 和隆は無言で遥の長い黒髪を見詰めた。

 目隠れっ娘ばりの、長い髪。

 貞子のようなロングストレートのその髪を見るたびに、「まるで髪の毛で顔を覆い隠そうとしているみたいだ」などと感想を抱いたこともあったが、まさか本当にそういう意図があったとは。



「そういう気持ちがあったから、教室でもあんまり人に話しかけていくことが出来なかった。車イスの私が話しかけても、『かわいそう』って目で見られるんじゃないかって……あるいは、『面倒くせぇな』って目をされるんじゃないかって思えて……怖くって」

 遥係りという強制が無くなったことにより、三年一組の空気も今では大分柔らかいものになっていた。遥に関するわだかまりも少なくなっていた。

 しかし遥は、人から話しかけられたら気さくに明るく受け答えをするものの、相変わらず、自分からは他人に深く接触していく事がなかった。

 彼女のことだから他人に迷惑をかけないようにと気を遣っているだけ、極力他人の手を煩わせないようにと周囲に遠慮しているだけだと思っていたけれど……まさか、まさか、そんな事を考えていただなんて。

 和隆は言葉を返すことが出来なかった。

 今まで自分の胸の内側だけに押し隠していたものを、そっと吐露しだした遥の顔をじっと見詰める。

(こいつは今まで、そんな事を考えて生きていたのか……)

 そんな世界で生きてきたのか。



 足の動かない自分。

 車イスに乗っている自分。

 そんな自分を見詰める他人の視線。

 そんな他人の視線が……怖かった。



 和隆は黙って遥の独白に耳を傾け続けた。

 真剣な表情をして、その一言一言を聞き漏らさないようにと彼女を見詰める。

 彼女は人とは異なる不自由な体をしていながらいつも朗らかとしていて、障害なんかに負けるものかという風に凛としていて……周囲の視線なんか、全然気にしていないと思っていた。

 春川遥はいつも凛としていて孤高であると。

 和隆はそんな風に思っていたが、思い込んでいたが……。心の中では、彼女はそんな事を考えていたのか。

 人から注目されることへの忌避感。

 それをシャットアウトするための長い前髪。

 視線恐怖症……。

 彼女はいつも明るく振る舞っていたし、そんな事まったく全然、これっぽっちも気付かなかった。



 彼女はただ、『障害にも負けないポジティブな女の子』というペルソナを被っていただけなのだろうか? そういう演技をしていただけ? 和隆がそういう風に思いたかっただけ?

 いや、全部が全部嘘演技という事もないだろうが、無理をしていたのは確かだろう。

「春川……」

 和隆は痛ましげな声を出した。

 頭を俯かせて、長い前髪で顔を覆い隠そうとしている遥のことを見詰める。

 遥にとってこの貞子のように長い黒髪は、『他人の視線』から自身を守るための盾だったのだろう。一種の防御壁だった。心の壁。

 ……そこまで考え、和隆はふとある疑問に思い至った。

 彼女は、自分が彼女を見詰めるその視線をも、恐怖に感じていたのだろうか?


  ☆


 和隆はそっと息を吐き出し、気まずげに口を開いた。

「……ごめんな、気付いてやれなくて」

 たぶん彼女は、人前というか、人が大勢いる所が苦手だったはずだ。苦痛すら感じていたかもしれない。

 それなのに自分は、良かれと思って好き勝手に彼女を色んな所に連れ回してしまった。

「……お前そんな事で悩んでたんだな」

 和隆は腕を伸ばし、遥の頭を撫でた。

 そういう弱み、悩みを人に打ち明けるのはかなり勇気がいっただろう。

「今まで気付いてやれなくてごめん。話してくれて、ありがとう」

 今まで一人で辛かっただろうな、よく頑張ったなと、彼女の頭を優しく撫でる。

「んっ……」

 遥は頭を撫でられながら、さらに顔を俯かせた。照れたように車イスの上で小さくなる。髪の隙間から覗く彼女の頬は、ほんのりと赤く染まっていた。



「つーかお前、そんな重大な悩みがあったんなら言えよ。話せよ。相談しろよ」

 和隆は半ば逆ギレ気味に言った。

 頭を撫でる手に力を込めて、そのまま下にぐぐぐっと彼女の頭を押し込んでいった。

「ん……あ、あれ……?」

 慰められていると思っていたら、いきなりのこの仕打ち。遥は乱暴にぐいぐいと頭を押されながら、戸惑ったような声を上げた。

「ちょ……痛い、痛いよ、赤坂くん?」

 和隆はその声を無視して怒ったように言った。

「なんで言わないんだよ、一人で抱え込んでんじゃねーよ」

 お前も気付いてやれよ、お好み焼きを食べさせてもらって浮かれてんじゃねーよちくしょうめ、と自分を罵る。間抜けな自分に腹が立った。



 頭を鷲づかみにされながら、遥は困ったような表情を浮かべた。

「いや……だから今、こうやって赤坂くんに話してるんやん?」

「いや、まあ、そうだけど。それはそうだけど。もっと早く言え、馬鹿」

 思わず馬鹿とまで言っていた。

 秘密を打ち明けてくれたのは嬉しかったけれど、どうせならもっと早く言ってほしかった。

 もっと早く相談しろよ。頼ってこいよ。

 そうしたら自分だって色々と手を貸して、力になれたかもしれないのに……。

 和隆は自分の手元を見下ろした。こんな状況で、俺はなんで散髪用のハサミなんて持っているんだよと、自身にツッコむ。



 遥は微苦笑しながら、恐縮するように謝った。

「ごめんね、余計な心配かけちゃって」

 そして照れくさそうに頬をかきながら、言葉を続けた。

「突然こんな話してごめん。心配してくれてありがとう。でも、もう大丈夫。その問題なら……うん、解決したから」

「……えっ?」

 和隆は呆気に取られたような顔をして尋ね返した。

「か、解決したんだ?」

「うん」

 あまりに急転直下な解決ぶりに、和隆は拍子抜けしてガクッと椅子からずり落ちかけた。

「な、治ったの? 視線恐怖症?」

「うん、まあね」

 彼女はあっけらかんと頷いた。

 話している時の彼女の感じからして、今も視線恐怖症を絶賛発病中なのかと思っていた。

 しかし、ずいぶんとあっさりと解決したんだな? 恐怖症や神経症なんて、そんな簡単に治るものなのか?



「まあねぇ、いつまでもうじうじと思い悩んでても仕方ないしね」

 遥は何かを吹っ切ったような、さっぱりとした表情をしていた。

 俯きがちにしていた顔を持ち上げ、パッと勢いよく髪を払う。長い黒髪が、鳥の翼のように彼女の背中でふわりと大きく広がった。

「視線恐怖症といっても予備軍というかもどきというか、そういう軽いものやったからね、私の場合は。ちょっと神経が過敏になってただけ、人から注目されるのが苦手だった、ってだけで」

「そうなのか?」

 和隆は安心したようにほっと胸を撫で下ろした。

「なんだよ、この野郎。心配させやがって」

 和隆はもう一度彼女の頭を撫で回した。わしゃわしゃとその髪を引っかき回す。

「あはは……心配かけてごめんね?」

 彼女は気恥ずかしそうに小さくはにかんだ。

 何にしろ、視線恐怖とやらが治って良かった。本当に良かった。てっきりこのまま鬱イベント、引きこもりルートに突入かと思ったよ。

 ……いや、それとも和隆に心配をかけないようにと、もう治ったと強がっているだけか?



 遥は自分の顔を覆わんばかりに伸びた長い前髪をつまみながら言った。

「髪の毛で視界を覆い隠して見たくないものを見ないようにしていても、それはたんに問題から逃げているだけやしね。問題の解決にはならない」

「まあ、そうだな」

「それに、分かったから」

「分かった?」

 和隆は首を傾げて尋ねかけた。

「私はずっと、人から見られるのが苦手だった。人の視線が怖いと思っていた。でも赤坂くんはずっと私のことを気にかけてくれていて、ずっと見守ってくれていて……。君が私を見詰めるその目は、その視線は……全然嫌じゃなかった。怖くなかったよ」

 遥まっすぐに和隆の目を見詰め返しながら言った。

 じっと視線を外さない。

「すごく温かくて安心出来て……全然、怖くなかったよ」



 そして照れたように頬を赤らめ、彼女はにこりと微笑んだ。

「赤坂くんだけじゃない。この間のお好み焼き屋のおじいちゃんや、渡辺くんや、宇津見くんや、鶴木さんや……。他にもたくさん、世の中には偏見を持たずにまっすぐに私のことを見てくれる人もいる。それなのに、私だけうじうじして視線を逸らしていたら、失礼やもんね」

 遥はそこでいったんセリフを区切り、言葉を続けた。

「うん。私もしっかり、向かい合っていかなくちゃ!」

 遥は「やるぞー!」という風に、力強い口調で語った。

 凛と背筋を伸ばして、覚悟を決めたように自分自身にうんと頷く。ぎゅっと胸の前で両手を固める。

「あ、それと……」

 思い出したように遥が付け加えた。

「赤坂くんが私のことを色んな所に連れて行ってくれたこと……あれは本当に、楽しかった。嬉しかったよ。だから気にしないで」

「……うん。分かった」

 和隆は小さく頷いた。


  ☆


「というわけで、私は今日、髪を切ります!」

 遥は選手宣誓をするスポーツマンのような健やかさで宣言した。車イスの上で、ピンと空高くに片手を掲げる。

(なるほど、そこでヘアカットに繋がるのか……)

 和隆は手の中の美容ハサミを見下ろし、納得したように頷いた。

 遥にとってこの伸ばしっぱなしの長い髪の毛は、他人の視線を恐れる気持ちの表れであり、自身を守る防御壁だった。

 拒絶の象徴。

 しかし今、彼女はその髪を切ろうとしていた。

 ケーキ屋さん近くの美容師のせいで一度は諦めてしまったけれど、もう一度チャレンジしようとしている。

 これはちょっとした、歴史的瞬間なのではないだろうか?

 遥にとって髪を切るという事は、ある種の決別の儀式なのだろう。

 髪型が変われば、気持ちも変わる。鏡を見るたびに昨日までの自分とは違う自分と向き合うことになり、気持ちもシャキっとなる。昨日までの私にサヨナラ、というやつだ。

 過去からの脱却。

 今の立ち位置から一歩前に踏み出すための、小さなきっかけ。

 その通過儀式。



 遥は一人で悩み、一人で答えを出していた。

 自分の中の弱さ、脆さと向かい合い、「いつまでもこのままではあかん!」と一人で答えを導き出していた。

 自分を覆う長い髪の毛を切り落として、人と向き合っていく決意をした。世間に真っ向から立ち向かっていく決意をした。

 彼女の敵は『他人の視線』なんていうひどく漠然としたもので、およそ勝ち目のある戦いではなかった。

 遥自身がどういう心構えでいようが、そんなこととは無関係に、世間の人々は身体障害者である遥のことを見て、色んなことを思うだろう。色んな目で、彼女のことをじろじろチラチラ見るのだろう。

 それは哀れみを含んだ同情的な視線だったり、蔑みを含んだ差別的な視線だったり……。

 それでも彼女は逃げることを止め、まっすぐにこの世界を見据えていくという。

 この、ろくでもない世界を。

 和隆は改めて遥のことを見下ろした。

 車イスの女の子。

(こいつは強ぇなぁ……)

 改めて、この子は強く気高く孤高だなと思った。



 しかし、彼女の決意のほどは分かったけれど、そんな重大なことを自分何かが引き受けていいのだろうか?

 今更ながら、遥の髪を切るという事に対して不安になって来た。ヘアカットに失敗したらどうしよう? 余計に人からじろじろ見られるようになり、視線恐怖症が再発、悪化するかもしれない。

 つーか、なんで俺に切ってくれなんて頼むんだよ。

 和隆はもう一度確認してみた。

「本当に、俺がお前の髪を切っていいの?」

 心機一転、再出発をしたいというのならば、どこぞの美のプロフェッショナルたちに頼んだ方がいいのではないだろうか?



 遥は答えた。

「赤坂くんのおかげで、髪を切る勇気が出たんよ。赤坂くんが『春川は短くしても似合うんじゃないか?』って言ってくれたから、私も踏ん切りがついた。……だから他でもない、赤坂くんに切って欲しい」

 まっすぐに見詰められ、お願いしますとぺこりと頭を下げられた。

(そういや、そんなことも言ったなぁ……)

 何気なく言ったセリフのせいで、まさかこんな展開になるなんて。

「赤坂くんがセットしてくれた髪型なら、私はどんな風になっても文句は言わないから」

「んなこと言われてもなぁ……」

 和隆はどうしたもんかと、ポリポリと頭をかいた。

 ずいぶんと信頼されてしまったものだ。こっちは散髪用の美容ハサミなんてろくに握ったことのない、ズブの素人だというのに。



 しかし、自然と嫌な感じはしなかった。

 むしろ誇らしくもある。

「しょうがねぇなぁ……」

 和隆はふぅと息を吐き出した。

 そこまで言うなら仕方がねぇ。こっちも覚悟を決めよう。

 和隆は気合を入れるように腕まくりをして、シャキーンと両手にくしとハサミを握った。

「そこまで言うなら仕方がねぇ。こうなったら腕によりをかけて、お前の頭をカリスマ美容師も真っ青のモテカワ愛されキューティヘアーにしてやるぜ」


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