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車イス少女  作者: 君鳥
第三章 青空ランチ
16/23

3-5.二人の足音


  ー7ー


 十分に遊び倒した後、二人はゲームセンターを後にした。

 ずっと騒がしい店内にいたので、外の静けさが耳に心地よかった。

 遥の膝の上には、クレーンゲームで取った大きなスヌーピーのぬいぐるみが置かれてあった。買い物帰りらしき親子連れの幼女が、羨ましそうに遥のぬいぐるみを指差している。

「ああ、楽しかった!」

 遥は満足したように息を吐き出し、和隆のことを見上げた。

「スヌーピーを取ってくれたり、ゲームに付き合ってくれたり……本当、ありがとうね」

「いいってことよ。俺も楽しかったし」

「このスヌーピーは、うちの家宝にさせてもらうわ」

 彼女は幸せそうに、ぎゅーっとふかふかもふもふのぬいぐるみを抱きしめた。

「ずいぶんと安価な家宝だな」

 笑いながら答えると、彼女は「だって嬉しかってんもん」と言って、子供のように無邪気に笑っていた。ほくほくと表情をほころばせる。



「あ、そういえばさ……」

 思い出したように遥が言った。

「そういえば、カバンってどうする?」

「ああ、学校に置きっぱだったか」

 昼食を食べ終わった後そのまま学校を出てきてしまったので、学生カバンや教科書の類は全部教室に置きっぱなしになっていた。空になった弁当箱は、下駄箱の所に置いてきた。

 一度取りに戻らなければならないか? 面倒だな……。



 そんな事を考えていると、ふと、和隆の目の端にあるものが映った。

「あっ……」

 商店街の右手の方に、スーツを着た男の姿を発見した。

 その男性の腕には、「生徒指導」と書かれた腕章が取り付けられてあった。キョロキョロと辺りに視線を飛ばしながら、道の向こうからやって来る。

 それは見回りの先生だった。学校をサボって遊び歩いている生徒はいないかと、近隣の学校の教師たちが協力して商店街などの見回りしているのだ。たぶん他の高校の教師である。

 高校の制服に身を包んだ車イスの少女と男子学生の存在は、嫌でも目立った。

 見回りの先生がこちらに気付く。

 まさに学校をサボって遊び歩いていた二人組を見つけて、教師はムッと眉をしかめた。遥の膝の上に乗っているスヌーピーの人形を見て、さらに険しい表情を作って、ツカツカと大股にこちらに歩み寄って来る。



 遥が焦り気味に言った。

「ど、どうしよう。見つかってしもた」

 和隆はしかめっ面をしながら、近付いてくる教師を見詰めた。

 捕まると面倒だなぁ、説教も長くなりそうだなぁ、などと一人ごちる。

「……よし」

 和隆は車イスのグリップを掴み、くるりと百八十度回転させた。教師に対してお尻を向ける。

 遥の前に回り込み、彼女の前で背中を向けてしゃがんだ。

「乗って」

「え?」

「おんぶだよ、おんぶ」

 背中に回した手を動かしてカモンカモンと催促した。

「で、でも……」

「いいから早く」

 急かすように言うと、彼女は戸惑いながらも車イスから身を乗り出して、和隆の背中に体を預けるようにおぶさってきた。



 和隆は立ち上がり、よいしょと遥の小さな体を背負い直した。

 遥は首を傾げながら和隆に尋ねた。

「一体どうするつもりなの?」

 そうこうしている間にも、見回りの先生がすぐそこまで迫っている。

 和隆はたった一言で簡潔に答えた。

「逃げる」

「ええっ!?」



 無人になった車イスは、足で動かしてゲーセンの看板影の邪魔にならない所に押し込んでおいた。

 そして道の前方を見据える。遥の太もも辺りをしっかりと抱え、ロックした。

「よーし、行くぞ!」

 位置について。

 よーい……どん!

 和隆は遥をおんぶしたまま走りだした。

 いきなりのフルスロットル。

「ちょ、ちょっと……!」

 遥は突然の事に後ろにのけ反りそうになり、慌てて和隆の肩に手をかけた。取り落としそうになったスヌーピーのぬいぐるみを抱え直し、和隆の首に腕を回す。

 突然走りだした和隆らを見て、背後の教師も「待ちなさーい!」と駆け出した。



 和隆は遥をおんぶしたまま猛ダッシュした。

「しっかり掴まってろよ、春川ーっ!」

 猪突猛進、風を切って商店街を駆け抜ける。

「わ、わっ……!」

 普段は車イスで、ゆっくりとしたペースで歩いている彼女にとっては、こんなスピードで道をひた走るのは久しぶりの事だったのだろう。

 遥は和隆の背中の上で、怯えたように体を強張らせていた。きつく目をつぶり、後ろからぎゅっと抱きつかれる。



 恐る恐る、遥はうっすらと目を開けた。

 風が全身にぶつかり、長い髪をなびかせる。

 景色が次々に後ろに吹っ飛んでいった。

 振り向くと、教師の姿は遥か後方に遠ざかっていた。

 それでも二人のスピードは衰えない。

 彼女の重さ、その温もりを背中で感じながら、和隆はさらに加速していった。軽やかな足音を響かせながら、制服姿で町中を疾走する。

 遥が興奮気味に頬を上気させて叫んだ。

「これからどこに行くん?」

 和隆はチェシャ猫のようにニッと笑って陽気に答えた。

「どこへでも」


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