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【08話】 王都の魔法士


 ユーリは振り返って、ぽかんと口を開けた。

 そこには、ユーリが今まで見たことが無いような美しい人間がいた。

 腕の良い芸術家が彫り上げた彫刻のような容姿の男だった。


「アークルフ、クレッドウィン。これ以上この魔法局の門前で騒いだら叩き出す。よくも俺の眠りを妨げてくれたな……」


 美しい彫刻がしゃべりだした。皮肉っぽく片方の眉を上げて微笑む姿も美麗で絵になる。

 整った眉。高く通った鼻筋。長い睫を湛えた瞳の色は左右で異なっている。夕日に照らされて色の判別は難しいが、ユーリの目には緑色と紫色に見えた。髪の色は夕日に染まってはいるが恐らく淡い金色か銀色で、肩を越した辺りで切り揃えられた直毛だった。


 アークルフやクレッドウィンのような筋骨隆々とした逞しさには欠けるものの、すらっと背の高いローブ姿のその人は、薄い唇に笑みを湛えたまま右手にぽんと炎の塊を生み出した。


「まずは、徹夜明けの安眠を楽しんでいた俺を邪魔したことへの謝罪から聞こうか」


 それを見て、ぎょっとしたクレッドウィンが慌てて取り繕う。


「おいおい、イーガン、落ち着けよ! お前だって職場の前で暴れて研究室をぶっ壊したいわけじゃねーだろ? それに、アークルフはお前の依頼でわざわざ片田舎まで出向いて戻ってきたわけだし……」


「……魔法局はちょっとやそっとの魔法攻撃では崩れはせん。それにアークルフにしたって、暇そうにうろうろしていたのを有効活用したに過ぎん」


 心なしかイーガンと呼ばれた男の手の上の炎が少し大きくなったような気がした。


「お前、ほんっとうに昔から寝起き悪いな。俺達はちょっと悪ふざけしてただけなんだ。うるさくして悪かったよ! ほら、折角アークルフの方からお前のところへ出向いてきたんだぞ。もうちょっと喜べよ!」


 クレッドウィンに肩を叩かれ、まだ釈然としない表情のまま、それだけでは足りないとばかりにイーガンは横目でアークルフを見た。促すようなその視線に、アークルフは心中でため息をつきつつ、折れた。いつだって謝るのはアークルフの方で、それで事がおさまってきたのだから今回だって同じことだ。


「悪かった、イーガン。お前の研究室が近くにあるとは知らなかったんだ。お前が眠っていたことも。申し訳ないな」


「……ふん、謝ればいいってわけじゃないが……まぁ、いいだろう」


 アークルフの謝罪を受けて、ようやくイーガンが手のひらの上の炎を消した。不機嫌な様子を残しつつも、少し嬉しそうに見えるのは気のせいか。


「それにしても、お前の研究室がこの辺りにあるとは知らなかったな。以前に訪問した時は違う場所だったと思うが……」


「魔法実験をしていたら壊れた。今の研究室は新しい部屋ができるまでの仮のものだ」


「お前……魔法局はちょっとやそっとじゃ壊れないって言ってたじゃねーか」


「ちょっとやそっとではな。俺の魔力はちょっとやそっとでは無い」


「怖ぇ」


 アークルフとイーガンの会話に横から入っていったクレッドウィン、三人のやりとりをユーリは大人しく見ていた。どうやら旧知の間柄でありそうな三人は親しそうに見えたし、口を挟める雰囲気では無かった。まだ紹介もされていないユーリがしゃしゃり出て壊すことはできないだろう。


「それで? その少女がそうか?」


 イーガンの目線がユーリの前で止まった。左右色の異なる美しい瞳に見据えられて、ユーリは少し萎縮したが、ゴクリと喉を鳴らし、しっかりと視線をイーガンのそれと合わせた。


「ほう」


 イーガンはそんな少女の様子を見て少し感心した。彼に見つめられると、大抵の婦女子は顔を赤らめて目を伏せもじもじしだすか、反対に目を輝かせて意味ありげな笑みを浮かべるかのどちらかだ。それもイーガンが口を開くまで、と限定されてはいるが。

 しかし、目の前の少女はイーガンの外見では無く彼の目を見て、その奥に潜んだ猜疑心を感じ取ったようだった。そしてすぐに、強い視線をこちらに寄こした。受けて立とうとでもいうのか。面白い。


 そんなユーリをイーガンから隠すように、アークルフがユーリの前に立った。


「イーガン、彼女はユーリ、魔力持ちだ。記憶を無くしていて、三ヶ月前からコウィスタ村で保護されていた。言葉も話せないので、現在言語習得中だ。特に大きな魔力持ちでも無さそうなので、申請をした後に村へ送り届けようと思っている」


「……魔力の無いお前が魔力持ちの魔力の大小を判断できるのか、アークルフ。それを判断するのは俺の仕事だ。少なくとも俺にはこの少女の魔力が大したもので無いとは思えない。それに、言葉が話せなかったと言っていたな? この大陸の共通語は一種類だ。確かに大小の民族語や方言はあるが、基本的には共通語に由来するものだ。この大陸で産まれた者なら共通語を解さないなんてありえない」


「だが、ユーリは記憶も無くしていた。記憶と一緒に言葉を無くしたってこともありえるんじゃないか?」


「……ふむ。しかし、一度習得した言語であれば、失ったとしても呼び起こすことができるだろう。まずはそれを試してみるか」


 イーガンが細い顎を掴み考え込むと、クレッドウィンが間に割り込んできた。


「おい! お前ら、まずは自己紹介だろ? ユーリちゃんが不安がってるじゃねーか。勝手に二人でべらべら話を進めやがって」


 クレッドウィンが明るい声で空気を変えたので、ユーリは少しほっとした。正直いうとかなり緊張していたのだ。目の前のイーガンという男に値踏みするように見回され、居心地も悪かった。


 クレッドウィンはアークルフの背中にすっぽり隠れていたユーリの手を引くと、イーガンの前に連れ出した。


「ほら、ユーリちゃん。こいつはイーガン。イーガン・ユグディストル・オリヴィアード。一応オリヴィアード公爵様な。イーガンでいいぞ。この魔法局のお偉いさんの魔法士だが、気にすることはねぇ、慣れると結構良い奴だぞ。最近薄毛が気になる微妙なお年頃。女にモテるが女嫌い。正直俺はこいつの将来が心配で仕方ねぇ」


 ぺらぺらと楽しげに話すクレッドウィンをイーガンが青筋を立てて睨みつけているので、ユーリは更に居心地の悪い思いをした。アークルフも出会った当初は威圧感のある男だと思っていたが、イーガンはそれ以上だ。


「イーガン、この子はユーリちゃん。可愛いだろ? この辺りじゃ見かけない黒髪に、つぶらで大きな黒い瞳。肌の色や骨格も珍しいよな。俺の予想じゃ海を越えた先にいるっていう海洋民族なんじゃねーかと思うんだよ。ほら、たまにいるじゃんか、港町で発見される漂流者。あいつらもこっちの言葉話せねーしさ。たぶんユーリちゃんもそうだと思うぜ」


「しかし彼らはもっと大柄だし、黒髪でもない。黒髪が多くて有名なのは東のディマリオンだが、かの国は同じ大陸だし、もちろん共通語を話す」


「まぁまぁ、難しい話は一旦置いておけよ。そろそろ本格的に暗くなってきたし、中に入ろうぜ! お前の研究室に助手はいるんだろうな?茶くらい出せよ?」


 クレッドウィンに肩を抱かれて、ユーリは赤レンガの建物の門をくぐった。不機嫌そうなイーガンと眉間にしわを寄せたアークルフがそれに続く。礼儀正しく後方に控えていたクレッドウィンの部下を残して、4人は屋内へと入っていった。





***





「本当に門をくぐってすぐのとこだな、お前の研究室は……」


 クレッドウィンが呆れてイーガンに言う。


「この部屋しか空いていなかったんだ、仕方あるまい」


「でも、お前一応局長なんだろ? もうちょっと威張り散らして奥の塔の最上階にどーんと居座っちまえばいいのによ」


 イーガンはクレッドウィンを横目で見ながら研究室のドアを開けた。

 イーガンの後にクレッドウィン、アークルフ、ユーリと続いて部屋に入る。


「奥の塔は私室や食堂から遠い」


「……お前、また魔法局に住み着いてんのか? 私室ってお前が勝手に私物化して作った部屋のことだろ? そこで寝泊りしてんだろ? 本当に面倒くさがりだな……」


「その方が合理的だ」


「俺にはただの不精にみえるけどな」


 クレッドウィンはそう言うと、顔をしかめて室内を見回した。


 イーガンの研究室は一言で言うと汚かった。机の上だけでは飽き足らず、床の上にも書類が山済みされていて足の踏み場も無い。実験用具だろう器具がいくつも並べられた机には深緑色の液体を湛えた瓶が並んでおり、その内のいくつかから細い煙が出続けている。応接机の周りの椅子やカウチの上にも書類が積み上げられており、かろうじて一脚だけ無事な椅子がある。恐らくイーガンが利用する椅子以外は全て物置になっているのだろう。部屋の奥には人一人が横たわれる大きなカウチがあり、枕がいくつも積み上げられていた。先ほどまでイーガンはそこで眠っていたのだろうか、毛布がカウチの上に無造作に投げ出されていた。


「おいおい、ここのどこで茶を飲むっていうんだよ」


「そこだ。机の上から書類をどけてくれ。丁寧にな」


「自分でやれよ」


 クレッドウィンとイーガンのやり取りを、ユーリは少し途方にくれながら見守っていた。二人の話し言葉は速い。ユーリは頑張って聞き取ろうとしているが、何となく雰囲気でしか理解できていなかった。


「ユーリ、大丈夫か」


 アークルフの言葉にユーリは小さく頷いた。先ほどからアークルフの気づかうような視線に気づいていた。クレッドウィンに連れられて建物の中に入ったが、ユーリがきょろきょろと周りを見ている間に、いつのまにか隣に立っていた男はアークルフに変わっていた。ユーリにしてみれば、数日間の違いではあったがアークルフの方が付き合いが長かったので、少し肩の力を抜くことができた。

 イーガンという男はユーリを胡散臭いものを見るような目で見ていたので、ここが目的地の魔法局というのならば、申請とやらも簡単には出来ないのではないか、と思った。しかしアークルフはユーリのことを庇ってくれるつもりでいるようだ。少なくとも彼は、あの日ユーリが作り出した水竜のことを口外してはいないらしかった。それが何だか心強い。


「よし、片付いたぞ! 次は茶だ。誰かに準備させろよ」


 そうこうしているうちに、クレッドウィンが机や椅子の上の書類を片付けたらしい。イーガンに向かって茶のサービスを要求している。


「待っていろ」


 ぱちんと音を立ててイーガンが両手を合わせた次の瞬間、机の上に茶器が現れた。茶器の色柄が揃っていないのはご愛嬌というところか。ティーポットの注ぎ口からは細く湯気が立ち上っている。


「後は自分達でやれ」


 イーガンはそう言うと、唯一書類が詰まれておらず無事なままだった一人がけの椅子に腰をかけた。どうやらいつもこの椅子を利用しているらしい。


「おい、これどうやったんだ?」


 クレッドウィンが怪訝そうに尋ねる。アークルフも呆然としていたし、ユーリは何度も瞬きをして突然現れた茶器を見つめていた。


「いつでも茶が飲めるように、一度準備させたものを別空間に保存しておくんだ。停止の魔法をかけてな。そうすれば飲みたい時に呼び寄せられる。助手や秘書がいない夜中に急に茶が飲みたくなった時に重宝する」


「お前の面倒くさがりもここまでくるとすげぇな」


 クレッドウィンはそう言うと、ティーポッドの中の茶を注ぎ始めた。

 ユーリはアークルフに促されてカウチに腰掛けた。その隣にアークルフが座る。


「よし、入ったぞ。ほら、どうぞユーリちゃん」


 クレッドウィンから茶の入ったカップを受け取り、ユーリは軽く頭を下げた。

 その様子をイーガンがじっと見詰めていた。


「ユーリ、といったな。……お前は三ヶ月前にコウィスタ村に現れた。その時から記憶が無いというのは本当か」


 目の前に置かれた茶器に目もくれずにイーガンはユーリに尋ねた。

 ユーリは口をつけていたカップを置き、イーガンを見つめた。探るような視線には真剣さがあり、嘘やごまかしは通じないように思えた。


 正直に全て話せば村へ返してもらえるだろうか。記憶の無いユーリにとって一番のより所はロッコとマーナの住むコウィスタ村だった。少なくともあの場所にいれば衣食住が確保されていたし、村長夫婦は親代わりのようなものだったからだ。ただ、平穏無事に村で暮らしていくには、いささかユーリの魔力は大きすぎると自覚していた。そのため二人の前では小さな魔力しか見せていなかった。


 しかし、イーガンの前で魔力の弱いふりをして、果たして通用するのだろうか。ユーリにはわからなかった。少なくともユーリは、人を見ただけで魔力の有る無しを判断することはできないし、人の持つ魔力の大小を判断することもできない。けれど目の前の男はできるのかもしれない。


「……気づいた時、何も覚えていませんでした」


「言葉もわからなかったのか?」


「はい」


「お前は魔力持ちだというが本当か?」


「はい」


「属性は何だ?」


「え?」


「魔力の属性は何だと聞いている。得意な魔法だ。火か、水か、風か、それとも土か?」


「……火と水、出したことあります」


「火と水両方か?」


「はい。……あと雷も」


 考えた末に、ある程度本当のことを話そうとユーリは思った。


「……雷? 雷を出したのか?」


「はい」


「お前は春生まれか、それとも夏生まれか?」


「え?……わかりません」


「そうか、記憶が無いのだったな……」


 彼のクセなのだろう。顎を軽く掴んで考える様子を見せたイーガンを、ユーリは不安げに見つめた。先ほどから聞かれている質問の意図がわからない。


 二人のやり取りをクレッドウィンは興味深そうに、アークルフは心配そうに見つめている。

 イーガンがユーリに諭すように切り出した。


「いいか。魔力の属性には生まれた季節が大きく関係する。稀にその縛りを凌駕する者もいるが、ほんの一部だ。つまり、春生まれは火属性、夏生まれは水属性、秋生まれは風属性、冬生まれは土属性を持つのが一般的だ」


「はぁ。……あのもう少しゆっくりお願いします」


「わかった、努力しよう。……季節の変わり目に生まれた者が、時折二つの属性を持つことがある。春と夏の境に生まれると火と水、それに加えて時折光属性を持つことがある。夏と秋の境だと水と風に加えて雷の属性を持つ者が現れる。秋と冬の境だと風と土に加えて闇属性を持つ者が……。何故か冬と春の境に生まれる者は土と火の二つの属性を持つのみだが……。」


 イーガンが心持ちゆっくりと話してくれたので、ユーリは大まかに説明の内容を理解することができた。そして、理解することができた故に考え込んだ。その説明通りなら、火と水を使えるユーリが雷を出せるというのはおかしなことだ。


「お前の属性が火と水というのなら、もう一つお前が持っていておかしくないのは光属性だ。春と夏の境に生まれたと考えるならばな。だがお前は雷を出したという。これは生まれた季節に由来する魔力属性の理から逸脱した力だ」


「だが、稀にその理を凌駕する者もいるのだろう?」


 ユーリもその一人と考えれば良いではないか、とアークルフが横槍を入れた。


「ああ。だが、そういった存在は十中八九強大な魔力を持つ者だ」


「……」


 ユーリは考え込み、アークルフは口をつぐんだ。強大な魔力。ユーリの能力は充分そう言えるのではないだろうか。


「ユーリ、俺は今この国で起きている、いや正確には起きていた、魔力のひずみについて調べている」


 沈黙を破ってイーガンが話し始める。アークルフははっとして、イーガンを見つめた。


「魔力のひずみとは、空間のゆがみだ。俺が先ほど茶を別空間から出したように空間同士は繋がっていて、きっかけさえ与えれば物の行き来も出来る。空間がゆがむということは、繋がっていたはずの空間が分離することだと考えられている。そして空間がゆがむと、そこに、一時的に魔力を使うことができない場所が生まれる。それが魔力のひずみだ」


「……ごめんなさい、難しいです。僕、よくわからない」


 ユーリは混乱していた。

 イーガンは珍しく少し困ったような顔をした。彼にしてみれば言語を解さない存在と会話するのは初めてのことだ。イーガンが話す内容は理屈っぽいし、選ぶ言葉も難しいことが多い。そもそもイーガンは子供と会話を成立させることができない。ユーリのことも精神的には大人であっても、会話能力という点では子供と変わらないと考えるのならば、会話を成立させるのは難しくなるだろう。

 しかし、ユーリは見る限り聡明そうな少女だ。イーガンが易しくゆっくり話すことを覚えるよりも、彼女の言語上達の方が早いようにも思えた。


―― 当面は間に誰かに入ってもらえばいいだろう。


 イーガンは、アークルフに視線を寄こした。


「わかった、俺が後でちゃんと説明する」


 伝わったらしく、アークルフが頷いた。イーガンも頷いてみせた。


「よし。……ユーリ、お前はしばらく魔法局で預かることにしよう」


「え?」


「ユーリ、魔力のひずみは半年前この国の郊外で報告された。そして、三ヶ月程前に消えた。……俺が気になっているのは、ユーリ、お前がコウィスタ村に現れた時期だ。ひずみの報告された地帯はコウィスタ村近郊であり、お前はひずみが消えた時期に村へやってきた……これは偶然か?」


「……僕にはわかりません」


 ユーリは困って目を伏せた。森で目が覚めた以前の記憶はユーリには無い。どうやってそこにいたかと聞かれても答えようが無いのだ。しかし、ユーリは緊張しつつも落ち着いていた。イーガンの話す内容は難しくてよくわからないが、どうやら責められているわけではなさそうだからだ。


「あの……魔法局で僕は何をしますか?」


「そうだな。当面は俺の元で魔力のひずみに関する調査を手伝ってもらおう。お前が知らずとも関わっている可能性は高いと俺は考えている。目の届く範囲にいてもらった方がいいからな……。その間、魔力に関することは俺が教えてやろう。見たところお前の魔力は高そうだが、使い方をよく知らないのだろう? それに、言葉に関しては……アークルフ、お前が教えてやれ。どうせ暇だろう?」


「アークが?」


 ユーリは隣のアークルフを振り返って見た。


「……魔法局に毎日通うのは気が重いが……ユーリのためなら喜んで」


 アークルフが笑ったので、ユーリは少しほっとした。見知っている人が毎日側にいてくれるのならば、心強い。


「では、ユーリの部屋を用意しよう。そうだ、今は誰も使っていないし、赤の部屋でいいだろう」


 イーガンの言葉に、茶をすすりつつ三人の会話を聞いていたクレッドウィンがむせた。


「ごほっ! ……ちょ、ちょっと待て! ……ごほっ、ごほっ! ……赤の部屋だと?」


「そうだ。今は誰も使っていない。問題無いだろう」


 しれっとイーガンが言ってのけたので、アークルフも焦った。


「待て、ユーリは俺の離宮に連れて帰ろうと思っている。魔法局へは毎日通う、これでいいだろう?」


「バカか、お前は。お前がお前の宮に子供とはいえ女を連れて帰ってみろ。今まで計画してきたことが台無しじゃないか」


「しかし……」


「まぁ、ユーリちゃんにしてみても噂の的にされちゃ可哀想だしな。お前のとこに女がいるって噂が流れれば、ユーリちゃんが悪目立ちしちまうだろう。魔法局にいてもらった方が良いんじゃないのか? 毎日通えばいいじゃねーか」


 渋るアークルフにクレッドウィンが宥めるように声をかける。


「……しかし、赤の部屋は……」


 なおも渋るアークルフに、イーガンは気にする素振りも無く言った。


「メリンダは女が好きだ。あの部屋は男が入ると不吉なことが起きるが、侍女や女性職員ならば入れるし掃除もできる。ユーリは女だし、問題なく生活できるだろう。幸いなことにあの部屋には寝台もあるしな」


「よりにもよってメリンダの部屋に……他にもあるだろうに……」


「今は誰も使っていない。それに、あの部屋は俺の部屋にも近いし、何かあった時にすぐに対応できる。この研究室にも食堂にも近いから合理的だ」


 イーガンはそう言うと有無を言わさない様子で立ち上がった。


「ほら、さっさとしろ。行くぞ、赤の部屋に」


 三人の様子を見て、ユーリは不安になった。一体どんな部屋を宛がわれるというのだろう。

 しかし、今のところは従うしか無さそうだった。ユーリは仕方なくイーガンの後に続く。

 後ろから心配そうなアークルフとクレッドウィンが続いた。


 赤の部屋って一体……?






あけましておめでとうございます。

本年もよろしくお願いします。

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