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【06話】 お尻に湿布

 白髪まじりの壮年の医師がユーリを診察をしている間、クレッドウィンは部屋を出ていたがアークルフはユーリの後ろに控えていた。


 優しげな医師は、念のためにと、ユーリに解熱剤を飲むよう促した。


「……にがい」


「昨日も飲んだお薬ですよ。覚えていらっしゃらないかもしれませんが……」


 飲んだ記憶は無いが、寝ている間に同じ薬を飲まされたらしい。


「それと、湿布の代えも用意しましたのでお渡ししておきますね」


 医師はにっこりと笑い、長方形の手のひらサイズの布をユーリに手渡した。


「しっぷ……ですか?」


 ユーリが不思議そうにしながらも受け取ると、アークルフが後ろから説明する。


「ああ。丈夫で清潔……きれいな布に薬を塗布……塗ったものだ」


 易しい言葉に変えながら説明してもらい、湿布のことか、と合点がいったので、ユーリはアークルフに頷いてみせた。

 アークルフと過ごしたのはこの数日だが、いつの間にか彼はユーリに新しい単語を教えてくれる先生のようになっていて、村で過ごしたマーナとの日々を思い出させた。わからないことがあったら、まずアークルフに聞いてみることが当たり前になりつつあった。


「しっぷはどこに使いますか?」


 怪我をした覚えは無いので、ユーリが怪訝な顔で医師に尋ねると、彼はにっこりと笑って言った。


「お尻です」


「え?」


「ですから、お尻です。……いや、女性の前で何度も連呼するのは照れますね」


「は?」


―― “お尻”ってお尻のことかな?


 聞き間違いか、言葉を間違えて覚えているのか。

 ユーリが混乱してアークルフを振り返ると彼は気まずそうに目を泳がせた。


「アーク……」


“お尻とはどういう意味ですか?”


 そう尋ねようとしたユーリをアークルフは「少し待ちなさい」と、止め、少女の肩を背後から支えると、医師に言った。


「クレセントラス卿。貴公は下がられよ。王都から早馬での駆けつけ、感謝する」


「ありがたき幸せにございます、殿下(ディ・マークド)」


―― また“ディ・マークド”だ。


 “ディ・マークド”のことを尋ねるべきか、“お尻”のことを聞いてみるべきか。

 部屋から出て行くお医者さんの背中を見送りながらユーリが考えていると、くるりと体を回され、気まずそうな顔をしたアークルフと向き合う形になった。


「ユーリ、その……君が寝ている時に悪いとは思ったんだが……」


「?」


「そのままにしておくと痛いだろうと思って……」


「?」


「尻に湿布を貼った。すまない」


「……アーク、お尻ってどこのことですか?」


 嫌な予感がする。

 ユーリは自分が“お尻”という単語を、決して間違えて覚えてはいない気がしていた。


「だから……君の……ここのことだ」


「ひゃっ!」


 ユーリの肩を支えていたアークルフの手がするりと下りて、彼女のお尻に軽く触れた。


「イヤ!」


 ユーリが反射的に飛びのいて、アークルフの腕の中から逃げ出す。


「っ! ユーリ、すまない。でも君のお尻は可哀想なくらいに赤くなってて……。馬に乗るのは初めてだったのだろう? 休みを入れたつもりだったが、やはり君には負担が大きかったようだ。考えが足りなくて申し訳なかった! 湿布を貼れば少しは楽になるだろうと思ったのだが……」


 矢継ぎ早にアークルフが説明する。彼は焦っていた。

 馬という単語を聞いて、そういえばお尻はずっと痛かったことをユーリは思い出した。けれど、そんなにひどくはなかったので、それほど気に留めていなかった。今はそれよりも、目の前の“ちょっと格好良いかも”と思っていた男にお尻を触られたことが衝撃で、それどころではない。


「アーク、触る、ダメです!」


「ユーリ、そんなこと言わないでくれ」


 ユーリの顔が真っ赤に染まる。顔が熱い。

 目の前のアークルフも少し情けない顔をしている。


「ダメ!」


「そうは言っても、貼り替えないといけないし……」


「はりかえる!? ……僕、自分でします」


「しかし、これは軍で使用している特殊なもので貼り方にこつがある」


「僕、大丈夫です」


「使い方を知らない者が使用しても、上手く貼れないどころか手がべたべたになるぞ」


「自分でします」


「……君の手を汚すわけにはいかない」


 アークルフはそう断言すると、後退りするユーリを捕まえ、再びくるりと回転させた。

 背中から捕獲されて、ユーリがじたばたともがく。


「や~!!」


「ユーリ、すぐ済むから大人しくしてくれ」


「自分でする~!! 僕、自分で……」


「ユーリ、いい子だから……」


 アークルフが宥めるように優しく言うが、少女は必死でそれどころではない。

 意識が無い時ならともかく ― そのことについてもユーリは後でさんざんアークルフを責めたが ―、すっかり覚醒している今、お尻に湿布なんて貼られたら、恥ずかしすぎて悶絶死間違いなしだとユーリは思った。いや、顔面に血流集中で血管が切れるかもしれない。


「アークのバカ~!!」


 ユーリは村の子供から覚えたささやかな罵り言葉をアークルフに浴びせたが、彼はそれを気にもせずに正確に仕事をこなした。


 つまり、暴れるユーリをやんわりと拘束し、お尻に湿布を貼り替えたのだった……。





***





「どうした、ひでぇ面だな」


 部屋に入ってきたアークルフに、クレッドウィンが楽しげに片眉を上げる。

 少女が宿泊している寝室の隣は居間になっており、そこにクレッドウィンは控えていたのだ。


「黙れ」


 頬を赤く腫らしたアークルフは、じろりとクレッドウィンを睨んだ。よく見ると顔や首筋に引っかき傷まであるようだ。


「ぶふっ!!」


 クレッドウィンは面白いものをみた喜びで、耐え切れず噴出した。


「わははははは!! 面白ぇ!! いつもはスカした王弟殿下が小娘に引っかかれて顔を腫らしてんのか!! ぶははっ!」


「死にたいのか、クレッド」


「ばか、んなわきゃねーだろ。ははっ! でも悪ぃ、止まんねぇ!! ぶはははっ!」


「……」


 じろりと見据えるアークルフの視線を感じながらも、クレッドウィンは気が済むまで笑い倒した。


 高級旅館らしく、居間の大きな扉の前には侍女が控え、給仕の機会を伺っている。

 クレッドウィンは美しい細工の施された机と対になっているカウチの一つに腰掛けており、今はそこから転げ落ちそうな勢いで笑っていた。


「はぁっ! はぁっ! ……息が出来ねぇ……腹いて……ふー……」


 目尻の涙を拭い、ようやくクレッドウィンが一息つく。

 アークルフはクレッドウィンが笑い転げている間にもう一対のカウチに腰掛け、侍女が運んだお茶に口をつけていた。


「……で、お嬢ちゃんは?」


「……怒って部屋から追い出された」


「ぶははっ!!」


 クレッドウィンは再び噴出し、腹をよじって笑った。


「あ~、面白れ~。こりゃ、王都に帰ったらイーガンに話すネタに困らなさそうだ!」


「あいつの話はやめろ。茶がまずくなる」


 茶器を机に戻すと、アークルフは顔をしかめた。

 人使いの荒い幼馴染の不敵な笑みを思い出すと頭が痛くなる。


「あいつはあいつでお前のことを気にかけてんだぜ、つれなくすんなよ」


「イーガンに気にかけられて良い思いをしたことなど一度も無い」


「そりゃ、イーガンていうよりも妹の方だろ。俺もあいつには関わりたくない」


 アークルフは更に眉間にしわを寄せ、再び茶器に手を伸ばすと、乱暴に飲み干した。


「じゃあむやみやたらに話題に出すな。魔女はどこで何を聞いているかわからない」


「怖ぇ……ぞっとするな。あの女にいろいろ勘ぐられているのを想像すると……」


「この話は終わりだ。で、お前の仕事はどうなった? 報告をしてくれ」


 ふざけて笑っていたクレッドウィンの表情が引き締まる。

 彼はアークルフの命を受け調査をしていたのだ。


「ああ。奇妙なことだが……お前の指定した場所に賊の遺体は一体も見当たらなかった。衣服の切れ端も地面に染み込んだはずの血の跡もだ。ただ、お前が言っていたように地面が抉れた箇所はあった。」


「……一体誰があの場を掃除したっていうんだ?」


「さあな。ただ俺達が駆けつける前に誰かが痕跡を消したんだろう」


「……」


「魔術で消されたとしか考えられない。今度の刺客は魔法士か」


「心当たりが無いでは無いが……。決め付けるのは早い」


「そうだな。まずは魔法局に相談だな」


「……結局あいつに助言を請わねばならないんだな」


 アークルフはため息をついて頭を抱えた。


「仕方ねぇさ。イーガンの奴は喜ぶと思うけどな! それに、どっちにしても魔法局には行かなきゃならないんだろ? あのお嬢ちゃんの申請をしに」


「ああ、そうだな……」


 アークルフは未だユーリの魔力の強大さを誰にも話していなかった。

 彼の幼馴染にして従兄でもある魔法士に会わせれば、秘密も何も無く、すぐにわかってしまうのだろうが……。

 アークルフにしてみれば、少女の過ぎた魔力は懸念材料でしかない。


―― 最悪、ユーリは魔法局に拘束される可能性もある。


 二日続いた看病の間に、ユーリに対する執着が芽生えていた。

 魔法局へ送り届けるだけであったはずなのに、この後も少女を手放したくない気持ちになっている。


―― つい数日前に会ったばかりの少女に……。俺はどうかしている。


 あの晩、炎を湛えた黒い瞳に魅入られてから、アークルフの調子は狂いっぱなしだった。

 宿場町の宿の中でも上等のものを選び、その中でも王侯貴族向けの客室を用意させ、少女の衣類も最高級のものを準備させた。手ずから薬を飲ませ汗を拭き、眠る少女の看病をした。湿布に関しても、侍女にさせればよかったのだろうが、自ら世話を焼きたかった。やましい気持ちが無かったかといえば嘘になるし、少女の赤く腫れた尻に口づけてしまったことを白状すると、きっと今よりも嫌われてしまうに違いない。


「……薬を口移しで飲ませたことも話さない方がいいんだろうな」


 ぽつりとアークルフが呟くと、クレッドウィンは楽しそうに破顔した。


「ひっかき傷がまた増えるんじゃねぇのか?」


 独り言を思いがけず拾われてアークルフは一瞬ばつの悪そうな顔をして「黙れ」と唸った。 が、すぐに引き締めた。


「ユーリの様子を見て、明日出立する。お前の部下にもそう伝えろ」


「はいよ。かしこまりました、殿下」


 クレッドウィンが笑いを引っ込め、敬礼の後に退出すると、アークルフは一人になった。

 隣室は静かで、ユーリが出てくるような気配は無い。


 アークルフはまた一つため息をつき、意を決したように立ち上がると、娘の寝室をノックした。





 翌朝、一台の馬車が、馬に乗った数人の騎士に守られるようにして宿場町を後にした。

 馬車の中には黒髪の少女が乗っていたが、町を行き交う人々の誰一人としてその存在に気づく者はいなかった。






ア、アークルフがだんだんヘンタイっぽくなっていく……おかしいな。クレッドウィンはこの先の話にも関わってくる存在なのでふくらませていきたいと思います。


この先、本話のような下ネタなのかエロなのかギャグなのかよくわからない話も出て参りますので、苦手な方はどうぞ読み進めることをご遠慮ください。よろしくお願いします。

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