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【04話】 雨の匂いと少女の熱と



 雨が降り続いている。

 深夜の森は冷気に包まれ、濡れた体から体温を奪っていく。


 アークルフは少女の体を抱え、暖めていた。


 濡れた衣服を極力剥ぎ、素肌に近い格好でお互いを暖めあっている。

 少女の意識は無い。



 少女が気を失った後、アークルフは一旦焚き火の跡 ― 雨ですっかり鎮火していたが ― まで戻り、荷物と馬を確保すると、手近な洞穴に避難した。少女が生み出した水竜が消えた後も雨はまだ降り続いており、少女の体を暖める必要があった。

 洞穴の中で火を焚きなおし、幸い皮袋に入れていたため濡れていなかった代えの衣服を素肌の少女の肩にかけた。


「っ……はっ……っ」


 アークルフの腕の中で少女、ユーリは苦しげに荒い息を吐いている。

 本格的に発熱してきたようだ。


 艶やかな黒の濡れ髪に乾いた布押し付け、水分を取っていく。

 少女の目蓋は閉ざされ、髪と同色の長いまつげが火を受けて頬に濃い影を作った。少女が苦しむ度にその影も揺れていた。


 アークルフ自身も甲冑と濡れた衣服を脱ぎ、裸の上半身の上に少女を乗せて体温を与えようとしていた。


「ユーリ、もう大丈夫だ」


 苦しむ少女を安心させようと声をかけるが、少女は嫌々と首を振り、何度も荒い呼吸を繰り返す。


『いやだ……こわい!』


「!」


 少女が怯えた様子で発した悲鳴に、アークルフははっとさせられた。


―― 何だ、今のは。……魔法士が詠唱に使う呪語か?


 アークルフ自身は魔力が無く、興味も無かったため、呪語には疎かった。

 が、幼馴染の中には魔術の権威もおり、呪語は何度も聞いたことがある。

 そもそも戦闘中は魔法師や魔法剣士と共に戦うこともあるので、呪語自体は耳に何度も入っているのだ。


―― だが今のは俺が聞いたことのある呪語とは響きが違ったようだ……。


『いや! ……はなして、こわい!』


 アークルフの腕から逃れるように少女は大きく身じろいだ。

 一緒に発せられた言葉は、やはり今まで聞いたどんな呪語とも違った響きに聞こえた。


「大丈夫。ユーリ、大丈夫だ」


 安心させるように、宥めるように、優しく少女を抱きしめ囁く。

 彼女が落ち着くまで何度もそれを繰り返した。

 少女の呼吸が安定し少し落ち着いたかのように見えた頃、目蓋が開き、大きな黒い瞳が涙をたたえてアークルフを見つめた。

 潤んだ瞳は焦点が合わないようで、ゆらゆらと揺れ、焚き火の炎がそれを照らしている。


 少女の黒い瞳の中で炎が揺れる。

 それはまるで神秘的な黒曜石のようで……。


―― なんて美しい瞳だ。


 瞳の美しさもさることながら、今や怯えも消え失せ、ただ朦朧とこちらを見る無垢な少女の様子に、アークルフの中に熱いものがこみ上げてくる。


「ユーリ。もう大丈夫だ。安心して」


 もう一度優しい声音で囁くと、少女の眦から涙が零れ落ちた。

 思わず唇でそれを吸う。しっとりとした肌の感触は、これまで触れた何よりも心地よく感じた。

 一度口付けると止められなくなり、左右の目蓋に口付けた後、少女の柔らかそうな半開きの唇を吸った。


「あ……んむ……」


 掠れた声すら奪うように夢中で少女の口内をむさぼり、奥に潜んだ小さな舌を絡め取る。

 唾液をすする水音が、今や小ぶりになった雨音と共に洞穴に響いた。


「ぅ……」


 息継ぎが出来なかったのだろう。少女が首を振ると、アークルフは一度逃がしてやり、また角度を変えて少女を味わった。


「んん……」


 少女の可愛らしい鼻声が、絡める舌の激しさを増していく。

 アークルフはすっかり我を忘れて猛っていた。少女の発する無意識の色香に、酔いしれていた。手は勝手に柔らかな素肌の上をさ迷い、思ったよりもしっかりと凹凸のある瑞々しい肢体を感じていた。


 二人の呼吸が荒くなり、少女がぐったりしてきた頃、


「!」


 アークルフは自我を取り戻した。

 腕の中では少女が目蓋を閉じ、アークルフの体に全身を預けて荒い呼吸を繰り返している。


―― 俺は一体何をしているんだ、こんな子供に……!しかも熱を出して苦しんでいるんだぞ、この子は!


 アークルフは恐る恐る腕の中の少女の様子を伺った。

 ユーリの中から先ほどの怯えは消え、今はただ目を閉じ、穏やかな呼吸を取り戻そうと深い呼吸を繰り返している。


「ユーリ……」


 アークルフは少女を抱きなおし、目を閉じた。


「すまない」


 抱きしめた少女の体からはほのかに柔らかな体臭が立ち上がり、アークルフを再度くらくらとさせた。

 だが、今度は自分を律した。


 しばらく抱きながら頭を撫でているうちに、少女は眠ったようだった。





***





 朝になり雨があがってもユーリは目を覚まさなかった。

 昨夜ほどではないが、ユーリの体はまだ熱を持っている。

 アークルフは少女を抱え、急ぎ本日宿泊する予定だった宿場町へ馬を駆った。


 清潔なベッドの上で少女を休ませてやりたかったのだ。


 たどり着いた宿場町の中でも質の良い宿に少女を休ませることができ、アークルフはやっと肩の力を抜いた。


 宿場町から王都へは馬を駆けさせれば四半日、馬車を利用しても1日の距離で、王都は目と鼻の先である。

 そこから王都へ早馬を出させ経過報告をした。

 昨晩の刺客の件も合わせて調査する必要があった。


―― そしてユーリの件も……。


 アークルフは柔らかな寝台の上で眠る少女の頭を撫でた。

 昨日の晩からそうすることがすっかり当たり前になっていた。


 思いがけず夢中で口付けてしまったことに後悔は無い。

 ただ、自分の衝動に驚いた。

 女性経験は決して少ないほうではない。それなりに場数を踏んできたし、最中でも頭の隅では冷静でいるのが常だったが、昨晩は我を忘れてしまった。あんなことは初めてだった。


―― 十代の少年の頃もあんな経験はしたことがない。


 まるで媚薬でも吸い込んだような、甘く苦しいひと時だった。


―― それに、ユーリが発していた呪語のような言葉は一体……?


「……」


 考え込んだアークルフだったが、一つ頭を振ると、少女の額にキスを落とし、部屋を後にした。






ちょっと艶っぽくなってきたところで、本日の投稿はここまでです。

読んでくださりありがとうございます。


誤字脱字などございましたら教えて頂けると有難いです。

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