【01話】 騎士がやって来た
「この村に魔力のある娘がいるということだが、それは真か?」
村長ロッコは戸惑っていた。
彼よりひと回り大きな体躯の騎士が王都から村を訪れ、有無を言わせぬ威圧的な態度で彼と向かい合っているのだ。
彼の身にまとう甲冑は王都の騎士団のそれであり、左の胸当てには国章が描かれていた。猛々しく吼える獅子を囲むように咲く紫の萩の花がこの国の国章だ。濃い茶色の髪と鮮やかな青い目を持つ騎士の青年は見目も良く、恐らくその物腰から貴族階級の出身であろうと思われた。
三ヶ月程前、ロッコは記憶を無くした傷だらけの娘を保護した。
娘はかろうじて名前は覚えていたようだったが、ロッコや彼の妻マーナには正確に発音できない名前だった。
かろうじて聞き取れる音を取って、彼らは娘のことを「ユーリ」と呼んでいた。
ユーリの身元を確認し、親のいない子だったら引き取るつもりで、王都に届出をしたのが先日のことだ。
行方不明の娘を探している哀れな両親がいないか確認するためだったのだが、思わぬ輩を釣り上げてしまったようだ。こんなことになるなら、わずかな手がかりも提出しようと、娘の持っている魔力のことを書くのではなかった。
魔力自体は五人に一人は持っている珍しくもないものだが、如何せん力が弱い。
料理をするときに火をおこしたり、喉が渇いたら少量の水を出したりする程度のものだ。
稀に強大な魔力を持つものが現れるが、そういった天才は幼少の頃に王都の魔法学院に保護され魔法士になるべく養育されるはずだ。
ユーリは年齢を覚えていなかったが十三歳にはなっているだろう。王都にいないということは魔法局にも魔法学院にも所属していないということであり、魔力もたかが知れているはず。
そう思って届出書類の特記事項に魔力のことを記載したのだが……騎士が出向いてくるとは想定外だった。
「はぁ。記憶を無くした娘を保護しており、その子が魔力を持っていることは確かですが、たいした力ではありません」
実際、娘は魔力は使えても小さな炎を出す程度で、一般の魔力持ちと変わらないレベルの魔力しか持たない。
「だが、魔法局が娘を迎えにいけというのでな。これは決定事項らしい。して、その娘記憶が無いといったな。それは真か?」
「はい。三ヶ月前に保護した時には名前以外の全てを忘れておりました。暴漢に襲われたのか傷だらけで、無残な有様でした。彼女は言葉も話せずにいたので、私の妻がこの三ヶ月言葉を教え込んでおりましたが……」
「言葉も話せなかったのか? ……村長殿、娘は一度王都へ連れて行くことになる。魔力のあるものはもれなく王都に届出が必要になることは知っているな? ……該当する娘の情報は魔法局の登録者リストに存在しなかった。故に確認と調査のため娘は一旦魔法局で預かることになるそうだ。して、娘はどこに?」
「魔法局ですか。……ユーリはこの村に帰ってこられるのでしょうか」
「それは私にはわからない。すまないな」
「……いえ。……妻と二人で娘のように思っていたものですから……。わかりました、こちらです」
ロッコは騎士を家の奥へと案内した。
日当たりの良い部屋で妻のマーナと娘は書き取りをしていた。
一生懸命文字を書いている娘、ユーリは短い黒髪と同じ色の瞳を持つ少女だった。肌は異国の貴重な調度品である象牙のような色合いで、滑らかな美しいものだった。言葉はまだカタコトながら、柔らかく澄んだ響きを持つ声音は、一見少年のように見える彼女の姿かたちに良く似合ったもので、歌でも歌えば素晴らしい歌手になるだろうと思わせた。
ロッコとマーナにすっかり懐いてくれたユーリを娘として引き取ろうと考えていたのが、こんなことになろうとは……。
マーナがロッコの側に立つ騎士を見て、優雅に腰を折りスカートの裾を持って礼をした。
ユーリはまだ気づかずに羽ペンを動かしている。
「随分と熱心だな」
騎士の言葉を受けて、ユーリは顔をこちらへ向け何度か瞬きをした。
白く立派な軽甲冑をまとった騎士は、この村では決して見かけることのない存在だ。
日頃目にする村の者とは明らかに違う異質な風体に、ユーリは驚いたようだった。
「ユーリ、お客様ですよ。ご挨拶なさい」
マーナが言うと、ユーリは騎士を見つめたまま立ち上がり、マーナと同じ礼をした。
マーナの躾は細部にわたって行なわれているようだ。
「ユーリです。はじめまして」
「ほう、言葉が達者じゃないか」
「いえ、まだ、少しです」
騎士に挨拶をし、「少し」という手振りをすると、ユーリは戸惑ったようにロッコを伺い見た。
この娘に王都行きを話すのは気が重い。
王都はこんな小さな村とは違って善人ばかりが住む街ではないのだ。
言葉を習得中のユーリに良くしてくれる人がいると良いのだが……。
願わくばすぐに戻ってこられるよう祈りつつ、ロッコは切り出した。
「ユーリ、この方は王都からいらっしゃった騎士様だ。ユーリを迎えにきた。ユーリは魔力があるだろう。その申請を魔法局にしなければならないんだよ。この国の決まりなんだ。わかるね?」
ユーリはロッコの言葉を噛み砕くように、少しずつ理解したようだった。そして、首をかしげて言った。
「ここへは、僕は、帰れますか?」
「私もマーナもそれを願っている。早く帰っておいで。いつまでも待っているよ」
ロッコがゆっくりと諭すように話すさまを、マーナは不安そうに、騎士は表情も無く見つめている。
マーナは折にふれてユーリを子供のように扱い、溺愛している気があるので、後でロッコはマーナに非難されるだろう。
だが、ロッコの目にはユーリは子供として映ってはいなかった。彼女には知性がある。
自分で考え、自分で行動し、自分で責任を取る力がある。
このときもユーリはひとつ頷くと、意思を持った瞳で騎士に向かい、改めて挨拶をした。
「ユーリです。よろしくおねがいします、きし様」
「ああ。私はアークルフだ。こちらこそよろしく頼む、ユーリ」
翌日、騎士に連れられ娘は村を後にした。