今回は負けでいい
賢者と呼ばれた英雄が魔王に敗れた。
圧倒的な力の差があった。
「もう魔法はおしまいか? これが古今東西で最も賢き者と謳われるお前の限界か?」
戦いとは呼べないレベルの力の違い。
蟻が一匹では像には絶対に勝てないのと同じ。
そんな残酷な現実。
賢者が火を放てば、魔王は炎を出す。
賢者が雷を放てば、魔王は雷雲を呼ぶ。
正攻法では敵いようがない。
ならばと身体強化の魔法を使えば、魔王もまた同じように身体強化をする。
「もう魔法はおしまいか?」
繰り返される言葉。
賢者にはたった一つだけ残った魔法があった。
詠唱は既に済んでいた。
しかし、魔法の発動条件が未だ足りない。
賢者は唾を飲み込み答えた。
「もう何もない」
「ならばお前はこれでおしまいだ」
その言葉と共に賢者は魔王に屠られた。
魔王は知る由もない。
賢者の命が失われると同時に魔法が発動したことを。
*
数年後。
魔王は一人の子供を授かった。
「良い目をしている」
魔王は自らの子供の目に強い負の感情を見出していた。
それ故に満足していたのだ。
なにせ、魔王とはあらゆる負の要素を支配した存在なのだから。
「我が子よ。お前は必ず私を超えよう」
子供が自分を超える。
これ以上の喜びはない。
来るべき未来を夢想し歓喜に震える魔王の脳裏には一抹も賢者の存在など残っていない。
故に。
賢者の最後の魔法が宿敵の子供として『転生』するものであったなど気づくはずもなかった。




