第八話 ならずものの狂気
帝国へと向かう道中――――。
荷馬車は広々とした草原を疾駆していた。
馬蹄に踏まれた草々は、重さに倒れてくたびれる。
あの医者がいた村を出て、数時間がたった。
日が陰り、吹く風は涼しく感じられた。
荷馬車の中で、ルークたちは就寝している。
しかし、コガネは舟をこぎながらもかぶりを振り、無理にでも起きて手綱を握っていた。
数分経ち、カマルは仰向けで寝ていたためか、背の痛みで目を覚ました。さすりながら立ち
上がり、起こさないように音をたてずに、荷台の壁に背もたれ、それに後頭部を預ける。
上を向けば、⁻壁の上のその隅にランタンが煌々と輝いていた。
それに目を細める。だが、天窓から見える夜空には、無数の星々が散りばめられ、まるで星
の海を渡っているかのようであった。
そう言えば、小説「銀色の雷」にこういうシーンがあったのをカマルは思い出した。
――――勇者が、魔術師に問う場面である。
「ねえ、魔術師。星はなぜ瞬くと思う?」
「そうですね…、自分を見つけてほしいからではないでしょうか?」
「星には、強く瞬く『恒星』という星と、弱く瞬く塵のような星があるよね。魔術師が言っ
ているのはどれ?」
「塵のような星ですね。強く瞬く星、恒星は、その輝きのおかげで見つけてもらえますよ
ね?しかし、塵のような星は他にある数多の星と輝き方が同じで、突出してないのです。で
すから、―――――」
「誰かに自分を見つけてほしいと?」
「そうです。私たち人間も、同じようにそうしないと生きていけない生き物だから」
最初、この会話を目にしたとき、 何故そんなことを魔術師が言ったのだろうと思った。
しかし小説を読み込むうちに、少し穿った考えをしてしまった。
出立してすぐに見せてもらった世界地図には、彼女達が出生した村よりも魅力的な国や村、町が存在する。だからこそ、小さいものは他のものより突出したものがなければ埋没してしまうということ。
もし、あの時。商売のためにルーク達が来ていなかったら。おそらく、路頭に迷い世の中のこと
に疎いまま死んでいただろう。
そう思うだけで、カマルは全身に寒気を覚えた。
思考していると突然、声が聞こえた。
カマルは全身の意識が引き戻されるのを感じた。
『皆、起きて!』
コガネの声だ。
鬼気迫った気迫が感じられ、場の空気が一瞬にして凍り付く。
皆は、コガネのその様子に合わせ、即座にはね起きた。
ルークが、コガネに聞く。
「どうした?」
『かなりやばいよ。…ごめん、言葉で言い表せないくらいだから自分で見た方がいい』
どれ、そう言ってルークは操縦席の近くまで行き、コガネの視線の先を見た。
徐々に近づくごとに、実態は明らかになっていく。
「なんだよ……これ。こんなの、人間のすることじゃない……」
ルークは愕然とした。
ただ、みつめ、手さきさえ動かすことを忘れるほどの―――――人間の醜悪さだった。
数十メートル先にある村は、燃えていた。全てだ。
家屋のそのすべてに火炎が燃え移り、焼き尽くされる。
それをした者は、――――――村の中央、大きく開けた場所にいた。
「ルーク…なんか焦げ臭くない……?」
「サクヤ……来なくていい!」
ルークは振り返って静止する。
だがサクヤは荷台から出てしまった。
「なに、これ……ひどすぎる」
息を呑んでその場に力なく座り込んだ。
カマルたちも荷台からのぞいていたが奥歯をかみしめ、ただ俯くしかない。
ルークは歯噛みする。この光景は、自分たちでさえ一秒たりとも見たくないのだ。
人が処刑と称され、魔法詠唱で生成された無数の刃に貫かれ、死んでゆく。それが、冷酷に
機械的に行われ、――――いわゆる虐殺と呼ばれるものだった。
執行人はただ笑う。人の死など、消費するだけのものかのように。アシストする者たちは逆
らうものを、複数人の村人からランダムに選び、首をはねることで尽き従わせ、処刑台に並
ばせる。
非情で、残虐で、これ以上ないくらいに現実から乖離していた。
「サクヤ」
ルークは、荷馬車を駆け下りる。一度立ち止まって、
振り返りざまに
「カマルたちを頼む」
そう言い残し、村へ走った。ただ一直線に、何の躊躇もなく。
脇目も振らずにただ、向かう。
「あのバカ!」
サクヤが向かおうとした時、
『サクヤ、だめだ!僕が行く!!』
コガネが止めた。
サクヤは焦りを隠すことなく表情に現す。一秒でも無駄にできない、と。
「なんで!?あいつを追いかけなきゃなにするかわかったもんじゃ」
『ルークの性格は分かってるでしょ?』
「っ…でも、…なんで、あんたが行くのよ」
『それも知ってるでしょ―――、技の相性がいいんだって。何年、仲間やってるよ、僕たち。
いい加減覚えなよ、サクヤ~』
そう言って、コガネが笑う。
それにサクヤが何か言おうとした時、言葉にできなかった。
コガネの瞳に、確固たる意志が見受けられたから。
サクヤは呆れたように笑い、
「分かった。でも、絶対勝って」
『当ったり前さ。ちゃんと彼らを守ってやんなよ!』
コガネは、走る馬をあやして停め、操縦席から降りる。
そして、馬の頭を撫で―――――、
『じゃ、行ってきます!』
駆けていった。
その背姿を見つめる。と、
「あの、私は……戦力になれませんか?攻撃なら防げます」
カマルが近くに寄って、言った。
しかし、サクヤは首を横に振り、
「今回は、あいつらに任せて」
「なぜですか?相手は複数いて…」
「あんたはケガ人だったんだから動いちゃだめ。荷台に戻りな?」
「でも……」
「いいから」
「……っ。分かりました。戻ります」
少し肩を落とすカマルの背に、サクヤは微笑みながらつぶやいた。
「受け止めてくれてありがとう、カマル」
一方。
『や、ルーク』
村に向かい、走るルークに追いついたコガネは声をかけた。
「ばっ!?…なんで来た!」
驚くルーク。対照的にコガネは飄々(ひょうひょう)とした態度で、からから笑って言った。
『なんで、ねえ。そりゃ、君の武器が拳だけだからじゃん』
言われてみれば確かにそうだとルークは笑った。彼の手に、腰に、背に、剣や銃などと言っ
た武器はない。
しかし、
「でも……魔力はある。魔法も使えるよ」
そう。魔力と言われる特殊な力が存在する。
それはありとあらゆる生体に存在し、知的動物のみが魔法と呼ばれるものを発動できるのである。
だが修練を積むか、自分であることを認識できなければ魔法はおろか魔力すら感じ取れぬまま一生を過ごすことになる。ルークは過酷な旅商人の旅路で認識と修練を積んだのだ。
『でも、僕がいないと戦闘からっきしのくせに』
そう言って、くすくす笑うコガネにルークはため息をついて宣告する。
「言ったな―――。じゃあ今回、あれ無しの方向で」
『ああ、いいよ』
村に着くと、一人と一匹は死臭漂う空気に苦虫を噛み潰したような顔になった。
ーーー惨い
老若男女問わず殺害されている。
子供でさえ殺され、ぼろ雑巾のように転がっている。
吐き気をもよおすが、ルークは何とかこらえた。
俯き、ただ立ち止まる。
「なんだテメエら、死にてえのかこら」
その彼らに男が気付き、近づいてきた。
男は凶悪な笑みをうかべる。屈強そうな筋肉が縄のように全身にあり、右の手には人を断頭
するための、しかし、斬るためには刃先がぼろぼろの剣を持っていた。
ーーー汚らわしいな。自己満足的なプライドの塊だよ
ルークは第一印象でそう思った。
その顔をルークにこれ見よがしに近づけ、
「んなに死にたきゃ、金をよこしてから死ねや―――――カス」
ベッと唾を吐き捨てた。
それが、ルークの片頬についた。
ルークは、それを反射的にぬぐうと。
「そうだね」
柔和な笑顔を浮かべて頷く。
「ああ?なに笑って――――」
「――――君が死ねよ」
まさに一瞬。
閃光のような神業。
彼の体が大きく縦に揺らいだかと思うと、ルークの翡翠色の魔力を帯びた蹴りが、男のみぞおちに深く深く、突き刺さる。
男は苦悶することなくただ崩れ落ち、泡を吹きながら、うつ伏せに倒れた。
『あちゃ―――――、こりゃあ本気だね』
呆れたように片手で頭を押さえるも、少しうれしそうにコガネは笑う。
『僕も頑張らないといけないかな』
打ち捨てられたたくさんの死体の先にある、処刑台。
その嘲り笑う執行人に、視線を移す。
すると待っていたかのように、執行人が片手を振り上げた。
アシストする男たちは、それに従って手を止める。
しかし、村人たちに銃を突きつけたままだ。
執行人が自分の持ち場を離れ、近寄ってくる。
ルークたちは身構えるが。
「君たちは、旅の者かい?」
「だったら、なんだ」
執行人の視線が、伸びている男に注がれる。
しかし、何の感慨もないのか、一瞥しただけでルークたちにすぐに視線を戻す。
ルークはそれに言いようのない不快感を覚えた。だが、まだ抑える。
まだ早い。もう少し我慢しろ。
ふーと息を吐き、訊く。
「で、お前は?」
と、男は頷き、答えた。
「そうだね。自己紹介は大切だ。私はこのならず者集団のリーダーだ。君たちは?」
「何が自己紹介は大切だ。どの口が言うのか」とルークたちは思った。
何の罪もない人を処刑台に立たせ、次々と殺し、果ては子供まで。
ーーーああ、だめだ。やはりこいつに我慢をする必要なんて微塵もない。
ルークは眉間にしわを寄せ、告げた。
「お前みたいなクズに、語る名はないよ」
『同じく』
執行人の顔が真顔になる。
だが、
クス
と、笑みがこぼれ、次の瞬間。
何が面白いのか、腹を抱えて笑い出した。
その爆笑する顔は、生理的に受け付けないほどに醜く歪んでいる。
そして、ひとしきり笑い転げたあと、手を天高く振り上げ、自身の魔力を放出する。
「そうか! なら大人しく、ここで死んでくれたまえ!」
瞬間。ガラスが割れるような音とともに、無数の刃が上空に生成された。
「ねえ、コガネ」
『どうした?ルーク』
「やっぱ、あれを使おう。あのクズを、クズたちを、もう一秒たりとも目にしたなくない」
『言うと思った。だよね。珍しく気があったよ』
コガネが前に立つ。
ルークに背を向け、ただ一言。
『いくよ、ルーク』
そう言った。
ルークは頷き、目を閉じる。
暗闇の中で叫んだ。
「silverslight――――、come on!」
ルークの左手に、銀色の魔力が迸る。
それが、コガネの全身に宿り、一際大きく瞬いた。
「はははっ!……そんなこけおどしで、一体何ができると言うんだい?
まあ、何もせずに塵になりたまえよ! 」
執行人が、手を振り下げた。
それを皮切りに、周りにいた奴の仲間が、上空の無数の刃が怒涛の如く迫りくる。
コガネが一度、跳躍する。
と、残像を残して、掻き消えた。
同時、二つの声が重なる。
「なに!?…消えやがっ…!?」
『銀狼哮波!』
一つは、男の声。
動揺し、ただ驚くしか能がない。
骨太だが、その声が過度に震えていた。
もう一つは、コガネの技名である。
それは叫ぶことで複合技が発動する、いわゆる解句だ。
銀の光が辺り一面を激しく照らす。
さながら宇宙の始まりにあるという、激しい爆発のよう。
しかし、その様相はただ美しく、何にも劣らない、そんな光だった。
次の瞬間には、敵は全て倒れていた。
武器が散らばり、処刑台もバラバラに破壊されている。
人質は、手縄を解かれ、自由を喜んでいた。
コガネは、空中で一度宙返りし、地面に着地する。
疲労の色を浮かべ、一息ついているルークに言った。
『やっぱ疲れるね、ルーク』
「それはこっちのセリフ。でも、お疲れさん」
そう言って、ルークは右の掌を差し出す。
コガネは、クスッと一つ微笑むと、
『ありがとっ…君もね』
ハイタッチを交わした。
だが、
「まだだ!まだ終わってねえ!」
ルークとコガネの顔がこわばる。
ふざけるな、お前らなんてもう二度と目にしたくない。
対照的に、執行人は声を荒げ、
「おい、そこの小僧。あそこにある車庫から、荷台を取ってこい」
「ひっ…嫌です。従いたくありま…」
「殺されてえのか、ああ!?」
「ご、ごめんなさい! 分かりました。従いますから殺さないで」
強引に指示する。
男の子は、トラウマからか、恐怖で従うしかない。
示された場所から、シートがかけられた荷台を引き出し、執行人の前に持っていく。
そして、
「用済みだ。死ね」
「お前、ほんとにいい加減に……!!」
間に合わなかった。
ルークが駆け寄ろうとした刹那、自前の魔法で男の子の全身を貫く。
血しぶきが舞う。
子供は全身をずたずたに切り裂かれ、致死量の血液の海に沈んだ。
自由を取り戻したばかりの村人たちにまた恐怖が舞い戻る。――――悲鳴が、上がった。
あの子は、生きるために意味の分からない指示に従った。
恐怖に仕方なく、抗えないでいた。
なのに―――――奴は、殺した。
ルークは執行人を、憎悪を込めた目で見据えた。
「許さない……!
絶対に許すものか!」
「はっ……ほざいてな。だが、これを見てもまだ、そんな気勢の良さを保てるかなあ?」
「なに戯言を抜かして…」
手がかけられ、ブルーシートが外される。
現れたのは、黒光りする大砲のようなもの。
しかし、それはただの大砲ではない。
ルークは、動揺を隠せないでいた。
目を見開き、叫ぶ。
「イグニション・バーン……なんで、帝国の試作兵器を持っている!」
―――――イグニション・バーン。最強にして、最悪の帝国の試作兵器。
たった微量の魔力であっても、それを注入すれば射程距離20kmに及ぶ熱線を射出する。
当たれば、その部位、物質は細胞レベルで融解し、霧散する。魔法による防御結界でさえ、
だ。
しかし、それが開発されたのは、魔界生物を殲滅するためとはいえ、つい最近のこと。
情報は、新聞で出されているものの、帝国軍が所持しているのだ。
こんなならず者に横流しすることなどあってはならない。世に知られれば、帝国の信用問題
にもつながりかねない。
そもそも、帝国軍の武器は、一般市民に公開されることなど皆無に等しい。
そのため、「ある場合」を除き、ありえないのだ。
ルークは、それを口にする。絞り出すように。
「まさか…軍内部、もしくは帝政関係者に、内通者が?」
「その通り。いるんだなー、これが。しかし非常に残念なことに、俺はそいつの姿を見たこ
とがない。正直眉唾物だとも思ってる。だが、いる!……なぜなら?闇世界のレジェンドだ
が、姿を隠し、名を伏せているまさに影の人物だからさ。闇市のオークションで、帝国兵器
に薬物、果ては奴隷まで売りまくってるって話よ」
「そんな話、信じられるわけ……」
「そりゃな。俺らの界隈での話だからな」
ルークは黙って俯き、思考する。




