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第六話 魔術師の過去 破滅

魔術師タナデス・フォンリードは思い返す。苦難、苦悩に塗れた己の過去を。

世界が朱色に視えた。

視覚野が破壊されたわけではない。

ただ暗い暗い、朱色。

それはさながら世界を血で満たしたようで。


ーーーーーパシャリ


後方から音が聴こえた。

その音は、湖面に波紋が広がるように明確なもので、美しい。

だが、ここには水たまりはない。

訝しげに思い、振り返る。


と、


「ああ……」


自分の口から声が漏れる。

それは次第に大きくなり、最後には絶叫になった。


もう、どれくらい声を上げ続けているのかわからない。


叫ぶ自分の喉が渇き、だが、その時に切れたのか血でのどが潤う。


一頻り叫んだ私の視界に映ったそれは、


ーーーーー勇者の、怒りに歪んだ生首であった。


ーーーーーーーーーーーーーーー


時間は遡る。

魔王の城から命からがら逃げ延びた際のことだ。

私は追っ手を恐れるあまり、独断で帰還を選択した。

正直、後悔と罪悪感が胸に重しとなって存在している。

だが、四肢をもがれ、まともに立ち上がれない勇者と戦士は、そもそも拷問部屋に捕縛されているのだ。

加えて、今や監視体制が凄まじい魔王の城を、たった一人で攻略などできるはずがない。

それに、私は精神的、肉体的に疲労が祟り、魔法をうまく繰り出すことができないでいる。

つまり、一人で出来ることはといえば、魔界からの脱出と、出立した王国への帰還報告に他ならない。

しかし、私は放電を繰り返すゲートの前で、その足を踏み出せないでいる。

早く行かなければならない。

そんなことは分かっている。


だが、嫌な予感が拭えない。

人間界に戻ってすぐなのか、それともあとなのか。

そんなことは理解できようもないが、ただ、嫌な予感がするのだ。

尻込みし、足を前に出しては元に戻すことを繰り返す。


そして、魔界の息吹が強く吹き付けた時、大きくため息をついた。

肌が乾燥した風に撫でられ、ちりちりと痛む。

だが、その痛みが私に覚悟を決めさせた。


「よし」


前方を再び見据える。

魔界が、人間界に進軍する際に用いるものーーーーーゲート。

だが、そのゲートはただのゲートではない。

実際に、人間界に現れた時、その北の海が「変異」したという。


津波から変異した海竜が現れた、とか。

魚が死に絶えるような、死病を持つ微生物が出現したとか。


そんな眉唾物にしか思えないことを引き起こすのだという。

だから、私はーーーーーこのゲートに関して、生命に仇なす災厄として見ており、一度通れば、自分の体に変調をきたすのではないかという不安がある。


しかし、覚悟を決めたのだ。彼らを助け出すために。


「行くぞ!」


足を踏み入れる。

バチッと心臓に悪い放電音がこだまし、視界の端に電流の渦が見えた。

それに一度でも引っかかれば感電死することは明白。

私は、歩みを進めた。その一歩ごとが生死を決める。

歯を食いしばり、ただ前を目指す。


脳裏に浮かぶは、拷問にかけられた勇者と戦士の苦痛に歪んだ顔。

そして、彼らと共に過ごしたあのかけがえのない思い出。


私は吼える。


死など怖くない、と。

彼らを必ず救い出す、と。



そして、駆け出した。

一歩ごとを慎重に歩くのが煩わしかったのではない。

早く人間界に戻り、編成部隊を作り、もう一度魔王の城に攻め入りたかったのだ。


ーーーーーこうしている時間がもったいない。急がねば、彼らの命はない!


自分の命など、いくらでもくれてやっても良かった。

後悔だけが先行くのなら、自分の命など惜しくない。


その思いで、ゲートを駆け抜けた。

光が見える。

それはさながら希望のようでーーーーー、先にあったのは


「北のーーーーー王国が……」


荒廃し、血臭に塗れ、死骸に埋もれた影も形もない故郷だった。

ここまで完全に破壊されたのなら、誰一人として生き残りはいないだろう。

王に謁見することは、できない。


思わず笑みが溢れた。

違う。

笑うしか、なかったのだ。

そう言えば聞いたことがあった。

人間は、あまりの絶望に叩き落されると泣く場合が多く、時として、笑う場合もあると。

不謹慎だと思うが、笑いが止まらない。

えづくように笑い、脱力した。

膝ががくりと落ち、地に手をつく。


悲痛さが胸を射る。

魔物に対する憎悪が胸を焦がす。


気づけば、慟哭していた。

最初は、自分で気づかなかったのに、途中になって気づく。

バカらしい。

自分の愚かさに辟易する。

思えば、神は、本当にいるのだろうか?

いると言うのなら、何故こんな人生を定めたのだろう。

苦痛に歪んだ顔を抑え、ただ叫ぶ。


「私は、諦めない」


と。

そうだ。まだ諦めてはいけない。

北の海を渡り、南の大陸に辿り着けば、帝国につながる道があると言う。


私は、それに全てを賭ける。

悲鳴をあげる体に鞭を打ち、肩を抱きながらふらふらと立ち上がる。

そして、歩き始めた。


ーーーーーまだだ。まだ……希望は残って


行くべき、場所へ。

帝国へと繋がる、北の海へ。


辿り着くと、その日の北の海は、嵐に晒されており、荒れ狂っていた。

いや、違う。

ゲートが開いてからずっとだ。

神の怒りをそのまま現したかのような稲妻が、空を裂く。

私は、周辺に転がっていた木材で小舟を作り、海面に浸からせる。

だが案の定、安定せずにガタガタと軋みをあげて、支えなければどこかに流されているほど揺れていた。

海面の波が穏やかになる瞬間を狙い、私は小舟に飛び乗る。

座れば木の冷たさなのか、それとも、吹き荒ぶ雨風の冷たさなのか。

それを下半身から感じ、寒さに震える。

そして、疲弊した精神のまま魔力を放出し、前に小舟を出した。


帝国城、謁見の間

「ならん」

帝王に謁見し、帰還報告して、編成部隊を要請したが、開口一番、帝王が仰ったのは、「否決」の一言。

私は目を見開き、問う。

「何故ですか!?」

「先も申したはずだが?まず、部隊を作るのに金がいる。人件費だ。だが、私国の資源は、今や底をついている。即ち、経済的に無理なのだよ」

確かにそうだ。

部隊を作るのに金がいる。ましてや魔界に行くほどの部隊ともなれば、それに見合った精鋭が必要だ。

そんなことは承知している。

だが、本当の精鋭が……、手練れだと見込んだ勇者が捕まっているのだ。

その失った戦力は、あまりに重いはず。

だからこそ、私は諦めきれなかった。

「そこをなんとか!勇者と戦士が、今も捕まって……」

「くどい!!」

「……頼みます……お願いだ、彼らを助けて……」

帝王は、聞こえるようにはっきりと舌打ちをした。

くどいのは分かっている。

しかし何度も言うが、大きな損失のはずだ。

ただの財政問題だけでそんなに面倒ではない。

なのに、

「おい、この下級市民をつまみ出せ」

帝王は、私を「城外へ出せ」と側に控えていた、二人の兵士に命じる。

兵士らが動く。

私の両肩をそれぞれ抱え、引きずり出した。

「下級市民……って」


帝国が誇る大都市の陰にある、スラム街。そこに暮らす者たちを、「下級市民」、もしくは「堕落者」と蔑称を付け、呼ぶことがある。

私がそれだと、帝王は言った。

では、最初から?

最初からそのように蔑んでみていたのか?


ーーーーーそのように薄汚れた目で、私たちを見ていたのか。ふざけるなよ、踏ん反り返っているだけの「上」が


私の胸中に、帝王に対する怒りが燃え上がる。

それは種火のようなものだったが、業火に変貌しつつあった。

それほどまでの憎悪が、目に現れる。

その私の怒りを感知した兵士が、笑い、言った。


「なんだ、その目は?王に危害を加えてみろ。そしたら直ぐに極上措置だぜ、はははっ!!」

「まあ、もっとも……見窄らしい格好してるからなあ、魔術師とは言え?もう、魔力も残ってねえだろ」


城の門まで追い出される。

私は縋り付くように、兵士の手を払いのけ、門に向かった。

その私に一人の兵士が言う。

「おい待てよ!門前払いだ、行っても謁見すらできないぞ」

私はその物言いにカッとなり、叫ぶようにして返す。

「しかし!……勇者一行は希望なのでしょう!?…ならなんで動こうとしない!それを私は聞いているだけで」

「民主主義を採用したのさ」

もう一人の兵士が、そう言った。

「民…なんて?」

聞きなれない言葉に、私は聞き返す。

と、彼らが代わるがわる説明した。

「民主主義。今この国は、財政危機に瀕している。2週間前にもなるかな、王は民衆の怒りが爆発した『イルカルダムの架け橋』事件を境に、民衆の意見を取り入れることを約束した。その時にできた体制が、『民主主義』だ」

「平たく言えば、民衆の意見の総意を元に政治を動かす、ってことさ」

私は、それならと思った。

出立する前、私達勇者一行は注目の的だった。

それならば、民衆に意見を聞いて、もう一度直談判を

「ダメだな」

「……え?」

「民衆は今さら、そもそもの勇者一行に希望を見出していない。見ただろう?自分が生きるのに精一杯なのさ。つまりだ。ーーーーーもう、勇者一行は、民衆の希望にはなれないんだよ」

「だから……彼らを助けるだけの価値が、ないと?」

「「ああ、そうだ」」


決定的な、拒絶。

抱いていた疑問の解決。

兵士たちの言い分は、合ってるのかもしれない。

帝国にたどり着いた時、住民は、その全てが自らの生き方を懸命に探し求めていた。

それに見合うだけの(キボウ)を感じることができたのだ。

眩しく……私達に希望を託した頃とは、全く違い、一人一人が確固たる意志を持っていることが見てとれた。


ーーーーー私達は、必要ない?


深い深い、奈落の底に叩き落とされた感覚。

視界が朱色に染まる。


ーーーーーああ、暗い。


光は、どこなのだろう。


私は、知りうるだけの大国、小国を周った。

だが、それら全てが口を揃えてこう言うのだ。

「勇者一行に価値はない」


聞くたびに、足の先から地獄の業火が迫ってくるように思えた。

暗い暗い、闇の中。


ーーーーー光は、どこにあるのだろう


探す。王国『ヒュライズ・マレード』に着き、雑踏に揉まれながらも光を求めた。

しかし、後頭部を蹴り落とすような絶望が、その度に私を襲う。


もう、闇にしか私の居場所は、ないのだろうか。

生きる意味が、ないのだろうか。


そう諦観し、思った時だ。


一筋の光が見えた。

私は裏切られた過去を思い出し、手を伸ばすのをためらう。

だが一瞬、その光が触れ、暖かいと思った。

私は、その暖かみを信じることにした。それ以外に、信じれるものなど皆無なのだから。

意を決し、手を伸ばす。

一瞬の閃光。


その先にーーーーー過去を見た。

私の過去だ。


それは人間界とは異質の世界。

空が真紅に染まり、地表は黒ずんでいる。

しかし、見上げればそんな空でも星があり……傍らにいる、幼い私の父は人間で、母は魔物であった。


つまりーーーーー私が、半魔半人(ハーフ)と言われる、極めて稀な存在だということ。


その事実が、分かった。


しかし、その存在の実態は異端視されており、一度でも人間界に知られれば、抹殺もやむなしと定められている。

現に私は、その子どもを殺したことがある。


私は、脅威だったのだ。

脅威でありながら、人に育てられ、魔物に敵視された。


「は、ははっ……なんだこれ、私がハーフ?じゃあ、これから私は人間界にも魔界にも、敵として見られるのか?」


でも、何故だ?

何故こんな、重要な過去を覚えていなかったのだろう。

疑問が渦を巻き、思考を遮断する。

だが、旅に出ている間中、ずっとあった疑問、「自分が異様に莫大な魔力量を保有していること」に合点がいった。


今は確かに、誰にも私がハーフであることは知られていない。

だが、いつしか知られるかもしれないという恐怖に、押しつぶされるような思いだった。


私はここまで闇から逃げるかのように光を、探し求めた。

その末路が、とてつもなくふざけた真実だったとは。


ーーーーー我ながら情けない


苦笑する。

涙は枯れはて、もう動けようもなかった。


ーーーーーもう、歩く気力もない


目を閉じかけた時、風が吹いた。

そよ風ではあるが、小石を吹き飛ばすには十分な強さ。

それが吹き付け……砂とともに、何かが飛んできた。

頭上を超える前に無造作に掴み、見る。

と、

「光を求めて彷徨っていませんか?辛いでしょう、苦しいでしょう。しかし、探求するものに、必ず光は現れます。……(しゅ)は光の探求者であるあなたを、求めています。宗教法人『カルデア』」

との謳い文句が書かれた、勧誘文書だった。


「宗教、法人か。それにしてもこの謳い文句、私への当てつけか?」


口に出したものの、全てに裏切られた今、目の前のそれ以外に心の支えはなかった。

死が近づいて来る足音に怯え、大陸を徘徊するより、入信するのも悪くないと、この時、私は思い至った。


「場所は……本部は、ここ王国『ヒュライズ・マレード』にあり、支部は帝国にもあるのか」


謳い文句の下、そこに視線を移せば、本部は一つしかないが支部が無数にあることがよく分かった。

私が周った全ての国々に、点々と一つずつ。

興味を強く、そそられた。

何故、たかが1団体に他ならないのに、これだけの数の支部を用意できるのか。

胡散臭さは拭えない。だが、こうして一縷の望みが手中にあるのだ。

向かうべきだろう。

その先に待つものが、さらなる奈落だったとしてもーーーーー失うものは、もう何もないのだから

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