第二話 龍の軍勢
オーラル海に浮かぶ大陸、ラトゥールフェスト大陸。其処には、数百に及ぶ国々がある。
その中でも巨大な王国九つ、帝国一つが昔から覇を競い合っていた。
しかし、帝王歴1050年に小さい国が突如襲撃してきた魔界の軍勢に潰され始め、一時休戦し、対抗するため、世界最高の剣士を探すことになった。それが後の勇者と呼ばれる少年である。
五年かかって帝国主催のコロシアムと称して、最強を決める選抜試験にて、ようやく見つけたが、そのなりはいかにも弱そうであった。
しかしながら、魔術師、戦士を引き連れ、パーティを組ませると様になっていた。
彼らは、遠征を開始した。
それは当時、世界にとって大きな希望になっていた。勇者は必ず魔物を殲滅してくれると、誰もが信じて疑わなかったのである。
実際、彼らが出立してから魔物の数が激減した。
しかし、魔界へと繋がるゲートのある北方の海域にたどり着き、ゲートに侵入を果たした勇
者一行は、何年経っても行方知れずのままになってしまった。それから、何十年もの月日が流れても、貧しく食っていくことが難しい国々、村々は多く存在し、その中で生活する者達は、衰退していく国政に不満を募らせていた。
また、出現する魔物の数も以前より格段に減ったとはいえ、たった一体だけでも村が壊滅するだけの災厄となる。
その為、人類にとっての脅威であることには変わりなかった。
さらには環境の変化だ。
以前までには四季に異常はなく、順調に季節が回っていた。しかし、夏と冬に「逆転」が生じた。このため、植物と動物はついていけず、絶滅する種が続出した。
また、人間の間でも魚や植物を経口して生じる疫病が流行った。
そして、国政への不満と、天災や疫病、魔物への恐怖が重なり、貧しい国、村々では子供に
身売りをさせる親が現れ、社会的な問題となっている。
海辺に近い、とある小国の一角にある村。
そこに疫病で両親を亡くした三人の子供が暮らしていた。
ほかの大人たちは、疫病に感染し、死んだ者たち、その遺族を何のメリットもないのに過度
に貶める風習があり、その三人の子供たちも例外ではなかった。
だが、三人の子供たちは大人たちの蔑みに耐え、時には果敢に立ち向かい、すくすくと育っていった。
そして、十年後。
太陽がぎらぎらと輝いている。
「あっつい…」
ミレイルオリーブという名の果実の香り漂う農園で、カマルは果実の収穫をしていた。
ただ、この蒸し暑さは何だ。
いくらカマル、レイド、ケルトの三人が住む村が海に近いからといって、今日は、最高気温50度などというえげつないほどの暑さだ。
思えば、五年前から異常気象となる年が多い。
例えば、今でいえば、冬なのに真夏並みの暑さである、とか。
これは、そう。
「季節の逆転」だ。
嵐が来る毎日のように来るときもあった。
カマルの職業上、これらすべて難敵だ。
しかし、やめられない。
何故なら、一緒に暮らす、レイド、ケルトがそれぞれ役職に就くまで続けてきた職業だから
だ。
レイド、ケルトはそんなカマルに楽をさせてやろうと、役人の道を選んだ。
レイドは公安局……通称、魔導警察、ケルトは、探偵の中でも最上級クラスの魔導探偵に着任
することが決定した。
その着任式が今日である。
そのお祝いで、仕事ついでに夕飯に使うミレイルオリーブも採取しようとするが、なかなか良いものがない。
ミレイルオリーブに限らず、ほかの果実もそうだが、「美味」なものには果皮に光沢がある。それは、旨味や甘味、あらゆる成分が含有されているという合図で、実際、食べてみれば光沢のない
ものに比べて甘味が強い。
それを見分けているだが、不作である。
いや、
「思えば今年は一つも良いのないな……」カマルはぼやいた。
そう、不作なのは今日だけではない。今年だ。
年初めから、不良品だらけだった。
奇形や小さいもの、水っぽさの強いものなど。
それらはすべて商品価値が下がるため、売上にも影響するうえ、まず味が良くないのは大打撃だ。
まあ、とはいえ、彼女は果実を売る際、小さいものはそのまま売るが、奇形や水っぽさの強いものなどはそのまま売らず、食酢やジュースに加工してから販売している。
これは生食用として売るより、収入を得るのに最適な考えだった。
「暑いときにこれ一本!ミレイルオリーブ酢に砂糖を加えたジュースです!」
などといった寄せ書きを添えて。
だが、 これを作るとき、初めの材料集めが大変だった。一本だけでも大量のオリーブを必要
とするからである。
それは、生食用を収穫する際に大きな障害となるのだ。
だから、酢やジュース用のミレイルオリーブと生食用のオリーブの分量を考えつつ、 かごを二つに分けて、収穫する必要があるのだ。
また、生食用を採る際には実を傷つけないようにしなければならない。
何故なら、少しの痛みがついただけでもその傷から酸化し、うまみ成分が格段に減少してしまうからだ。
それらのことを踏まえて採取するため、不作である今日はショックだった。
収入源は問題ないとしても、彼らの夕食に使う果実がないのだから。
彼女は、それを休憩を適度に挟みながら探しつつ、ジュース、食酢用を多く採取し続けた。
そして、夕方に差し掛かった時、ついに見つけたのである。
光沢があり、張りもあるオリーブを。
手にとって、鼻に近づけると甘い匂いが脳にダイレクトに伝わり、格別においしいことを教えてくれる。
脱水症状に近かったが、カマルはうれしさのあまり涙ぐみ、危うく倒れかける。
だが、体制を整え、カマルは今日の献立を考える。
パスタ
ゆで卵とミレイルオリーブの乗せたパン
ミレイルオリーブの実を砕き、干し肉を入れたスープ
どの料理も素材のいいものを使うのだからおいしいに違いなく、迷ってしまう。
だが、もう夕方だ。ここで考えあぐねている時間はない。
収穫は終わったものの、自宅の裏手にある保冷庫に入れなければ、明日には暑さや虫のせいで腐ってしまうだろう。
だから、早急に動かねばならない。
料理する手間と後に待つ、自分の趣味の時間を天秤にかけ、釣り合うようにするためにも。
カマルは、二つのかごを持ち、保冷庫の前まで移動し、ジュース、酢用をその中に突っ込む。
六キロは軽く超えているため、肩紐をとるときズキンと痛んだ。
しかし、そんなことは日常茶飯事である。農家の仕事に重いものを持つことは付き物だ。
さて、カマルは鼻歌を歌いながら、考えた献立のうち、ゆで卵とオリーブの乗せたパンを選
択し、自宅の台所に立って、料理を開始する。
用意する食材は食パン、ミレイルオリーブの実、ゆで卵に胡椒だ。
だが、ミレイルオリーブの実は一個だけだ。
とは言え、美味であることが明白な果実。文句は言わないし、言えない。
食パンを三枚、各々皿にのせる。その上に薄く切った実をのせ、さらに朝に作っ
ておいた残りのゆで卵をのせる。
それらの味を際立たせるためにオーブンで焼くこと、数分後。
芳醇な香り漂う今日の料理が完成した。
カマルはそれを透明なビニールで覆い、戸棚の中に防虫剤とセットで入れた。
「おわったー!」
カマルはぐっと背伸びをし、深呼吸すると、カウンターに置いてあった一冊の小説を手にす
る。
それをソファに寝ころびながら、読みだした。
小説の題名は、「銀色の雷」。
カマルは、本屋で必ずといっていいほど、勇者一行の話を描いたその長編シリーズを買い、
仕事終わりの夕方、休日は気が済むまで読みふけっている。
小説は時間を忘れさせてくれるし、疲労も過度になければ回復してくれるので、寝てしまう
ことはない。
ただ、小説のストーリーに身をゆだねるのだ。
そうすることで、脳内に広がった世界で勇者一行の旅路を追うことができる。
夜になると、満月が上空にて輝き、カマルの頬を涼やかな風が撫でた。
リズミカルな BGM がラジオから流れ、耳に静かに浸透する。
心地よい、そんな時間だった。
今の世がこんな物騒じゃなければ、もっと心地よく感じられただろうか。
そんなことをふと考える。
しみじみとした感覚。
だけど、今も良いものだと信じたい。
カマルはそう思いながら、開いた小説を閉じた。
突然、喧騒が聞こえた。
耳障りな喚き声が遠くから聞こえてくる、
「なんなの?」
思えば、時計が21時をさしているのにレイド、ケルトが帰ってこない。
料理のせっかくのおいしさがもう失われてしまっているじゃないか、と内心毒づきながら、
戸を開け、外に出ると血相を変えて、絶望感を顔に出している二人がいた。
「どう、したの二人とも、なんか怖いよ?」
カマルがそう怪訝そうに聞くと、それどころじゃないとケルトが言った。
「北東の空の方向!早く見て!」
北東。嫌な予感がした。
北東の海の向こうに一つの王国があったが、当の昔に魔物に壊滅させられているのだ。
硝煙にまみれ、血の海と化したとの謂れも。
なら、二人が慌てている理由は――――。
「な…に、あれ」
黒い軍勢。
黒いインクで空を塗りたくったかのような黒色の空。
だが、遠めにだが数秒後に分かった。
龍の、軍勢だ。
それらが満月を下から侵食するように、遠くから徐々に近づいてくるのが分かった。
紅い光輝点がその方向から見える。
それからは一瞬の出来事だった。
一陣の突風が吹きすさんだかと思うと、火焔が辺り一面を焼き尽くした。
熱いなんてものじゃない。
地獄だ。地獄の業火だ。
身が焦がれ、爛れる様に痛い。
嫌な予感がして、後ろを振り返る。
と、
「私たちの家が…!」
もう、農園ともども焼け野原となり、家の原形をとどめていなかった。
そして、一頭の龍がこの地に舞い降りた。
その龍は体躯が巨大で、鉤爪は一振りで突風を起こせそうなほど太く、しかし、剣のように鋭利だった。
「我が名はガウス=クロウ。王から与えられし、称号は邪神龍だ」
開口一番、言ったのはそれだった。
「なんで、私たちがこんな目に合うのよ…」
両親の死から数年、本当に苦しかった。
周囲からの蔑視、暴言、差別。
それを乗り越えて今があるのに、
「なんでよ!!」
憎悪が胸中を駆け巡る。カマルは、怨嗟を込めた視線を邪神龍に向けた。
邪神龍は言う。
「なぜ、か。簡単なことだ」
満面に邪悪な笑みを浮かべ、
「人間総じて、魔界の者たちにとって邪魔な存在だからだ。だから、消し去るのだよ」
と。
カマルたちは怒りに震える。
何故だ。何故そんな身勝手な理由で襲われなきゃならない。
「……ふざけるな。答えにもなってないくせに……」
思わず、声に出ていた。
「ん?」
邪神龍が聞き返す。
「何か言ったか、人間」
「ふざけるなと言ったんだ、この化け物!」
カマルは、その問いにかっとなり叫んだ。
「私たちは!お前なんかに、お前らなんかに殺されてなどやるもんか!」
カマルは走る。躓きながらも懸命に。
レイドたちが静止する様にいうが、彼女はもう怒りで目の前しか見ちゃいない。
だが、それが仇となった。
拳を振り上げようとした刹那、邪神龍の鉤爪によって、両の肩を地面に縫い付けられていた。
痺れるような痛みが肩から全身に広がる。
レイドたちが安否を確認するため、大声で彼女の名を呼んだ。
声が上ずっていて、半ば狂乱状態に陥っているのかもしれない。
――――ああ、そんなに心配しないでよ。辛そうな声なんて聴きたくないよ
そう、彼らに言ってあげたいが、うつ伏せになっているからか息が吸いづらく、うめき声し
か出せない。
急速に意識が遠ざかる。手足が冷たく感じられ、寒気がひどい。
視界が、揺らいだ。
過去を追う記憶の数々。両親が幸せそうに笑う姿があり、その時の彼女は幼く、言葉もたどたどしかった。
写真家を雇い、海が近しい村独自のスポットで写真を撮ったこともあった。
両親の仲は大変良く、レイド、ケルトの親とも仲が良かった。
だが、両親は死んだ。
急死だった。疫病にかかったのである。
それは、新聞の見出しでよく見かける流行りの病。
疫病にかかった生物を口にすることで感染する病気で、原因となる生物はこれといった特
徴もなく、その生物を見分けることは不可能である。
だが何故、疫病に感染しただけで人は急死するのか。
それはまだ、謎のままだ。
それから十年、彼女たち三人が一堂に会し、自らの足で立つためにオリーブ農園を借り、
経営を始めた。
最初は、蔑視する住民たちのせいで収入が得られなかったが、アイディアの発信、地道な
オリーブの実の甘味を底上げするための作業工程など、それが実って、今があった。
だが…ことごとく壊された。一度の魔物の襲来によって。
災厄とはよく言ったものだ。
カマルは歯噛みした。
怒りで意識が現実に引き戻される。
と、レイドたちの声が聞こえた。
先よりもずっとつらそうな声で、彼女の名前を呼んでいる。
そして、レイドが動いた。
「てめえ、いい加減その腐った爪を放しやがれ!」
手に警棒を持ち、カマルの肩から爪を引きはがそうとする。
だがビクともしない。
それに追随して、ケルトも加わり爪を引きはがそうとする。
だが、それも徒労に終わる。
それでも彼らは彼女を救おうと必死になっていた。
「カマル、目を覚ませ!」
「頑張って!僕らも頑張るから!」
カマルは、霞がかった視界に映る彼らを見て、
―――――頑張らなきゃ。レイドたちが頑張ってるんだ。私も動くんだ!立つんだ!
両手足に力を込め、肩の激痛にさいなまれながらも必死に立とうとする。
痛い。重い。
鮮血がとめどなく溢れ、このままでは失血死する可能性だって捨てきれない。
死が、迫る。
恐怖に支配される。




