帝国編 第十五話 ロストは語る
レイドは警察本部一階から地下へ降りると、FLA(魔導力バイク)の使用許可を申請した。
受付の女は柔和に微笑みながら、使用時間、事故を起こした際の賠償責任、その確認事項などを用紙に記入するよう求めてくる。
(めんどくせえ……)
心の中で毒づきつつも必要事項を書き終え、一台を借りると本部前でケルトと合流した。
「FLAはやっぱかっこいいね。黒光りして、鉱石みたいだ」
「黒光りって言うと虫みたいじゃん。もうちょい表現考えろよ」
「ええ〜、じゃあ……未来的なディティール?」
「もう黒光りでいいよ。めんどくなってきた。すまん」
レイドは肩をすくめ、FLAのハンドルスロットルを回した。
魔力が吸い上げられ、メーターが緑色に点滅する。
シューッ、と空気の抜けるような音。
続いて、ドルルッ、と低い駆動音が響いた。
レイドはFLAに跨り、肩越しに振り返る。
「ケルトも乗れよ。早く」
「はいはい」
それに倣って、ケルトも後ろに跨った。
再びスロットルが回される。
後部の排気口から銀色に光る煙が噴き出し、FLAは一気に前へ走り出した。
―――行き先は、まず博物館。
帝国博物館。
世界最大規模を誇る博物館であり、その南側には美術館群が建ち並んでいる。
展示物は美術館と合わせれば千点を超えるとも言われていた。
帝王自らが絵画や壺を売り渡しに来た、などという噂もあるが、今のレイドにとってはどうでもよかった。
二人は駐車場にFLAを停め、厳重に施錠する。
盗難や故障、破損があった場合の賠償金は、一戸建てを買える額に届くらしい。
「高すぎだろ……」
「だからみんな徒歩移動なんだろうね」
館内に入り、スタッフに事情を説明すると、すぐに館長室へ通された。
館長室は、いかにも事務室といった空間だった。
外の華やかな展示空間とは違い、夢も浪漫もない。
机の上には資料が散乱し、棚には整理しきれていない書類が押し込まれている。
レイドは館長に軽く挨拶すると、すぐに本題へ入った。
「この帝国博物館、そして裏手にある美術館に、怪盗オーガルが来週盗みに来るそうですが……心当たりは?」
「全く……ございません」
「まあ、そうでしょうね。怪盗に狙われる価値のある展示物がいくつかあるとはいえ、あなた雇われでしょ?」
「ちょ……レイド、いきなり何言ってんの? 失礼にもほどがあるよ!」
「肘で小突くなって、いてえな。根拠はちゃんとある。右手のデスク見てみな」
「あ……資料が散らばってる」
「それにバッジがない」
「言われてみれば……」
「勉強はできても現場はまだまだだな〜、ケルトくん」
「うっざ……」
館長は観念したように肩を落とした。
「おっしゃる通りで、私はつい先日、この博物館の館長になったばかりでして。正式なバッジをいただけるのは一か月後の予定だったのです……まさか、こんな怪盗騒ぎに巻き込まれるとは」
「それは災難でしたね……」
「心中お察しします、ですか? そんなものはいりません。早く解決してください。迷惑なんですよ、怪盗なんて」
「まあ、そうでしょうけども……少し聞きたいことが」
「なんでしょう?」
「マフティフの殺戮という絵画をご存知ですか? あと……イルカルダムの架け橋事件についても。物騒な話ばかりですが、知っていたら教えていただけると助かります」
「それでしたら、私よりロストという係員の方が歴史に詳しいと思います。そちらに聞いていただけませんか? 私は書類整理など仕事がありますので」
(でてけってことか)
レイドは内心でそう吐き捨てつつも、表情には出さなかった。
「分かりました。そのロストというスタッフはどちらに?」
「博物館左エリアを巡視していると思います」
「ご協力感謝します」
ロストという係員は、すぐに見つかった。
銀色のショートカットをオールバックに固めた男だった。
髪をきつく撫でつけているせいか、額の皮膚まで引っ張られて痛そうに見える。
だが、彼にとってはそれもまた、自分を形作るための様式なのだろう。
長身でもあり、百七十六はありそうだった。
ケルトは、目が合えばこちらが見上げる形になるだろうと思った。
レイドが声をかける。
「こんにちは。私は警察の者です。少しお時間いただけますか?」
「はい、構いませんよ」
「ありがとうございます。マフティフの殺戮という絵画について、お聞きしたいのですが」
「ああ……それなら、私についてきてください。その絵の前で話した方が都合がいいでしょう」
ロストに案内された先には、一枚の絵画があった。
血の大海。その上に輝く、赤い凶星。
ただ眺めているだけで、喉の奥がざらつくような不快感があった。
ロストは絵の前で足を止め、静かに語り始めた。
「マフティフの殺戮は、古い災厄伝承を題材にした作品です。
極星ギアに対置される“死の星”が現れた時代、神の力を内包した魔物が現れ、人々は理性を失い、互いを殺し合った……そう資料には記録されています」
情報が多い。
極星ギア。死の星。神の力を持つ魔物。
言葉は分かるのに、意味が繋がらない。
ロストは続ける。
「死の星は、魔界と人間界の境界を歪める凶兆として恐れられていました。もっとも、どこまでが史実で、どこからが脚色かは分かりませんが」
「ちょっと待ってくれ」
レイドが口を挟む。
だがロストは、聞こえていないかのように言葉を継いだ。
「古い資料では、死の星は千年周期で現れるともされています。魔界と人間界を繋ぐゲートを変質させ、魔物をより凶暴化させる、と」
そこで一度だけ言葉が切れた。
「……いえ、現れるのです。必ず」
空気が、変わった。
ケルトは思わず息を呑む。
今の一言だけ、まるで伝承を語っているのではなく―――知っている者の口ぶりだった。
ロストの眼差しは、もう絵には向いていなかった。
その赤い凶星の向こうにある何かを見ているようで、同時に、目の前の二人を値踏みしているようでもあった。
「死の星とは凶星。人類にとって悪意そのもの。破壊はできない。たとえ砕けたとしても、超新星爆発から新たな星が生まれるように、やがて崩壊から復活を遂げるでしょう」
「待ってくれ!」
今度はレイドが強く遮った。
「話の途中で止めたのは悪かった。でも、お前が言ってることがなに一つ理解できない。意味が分からない言葉を並べてるだけだ。もう少し、分かるように説明してくれ。頼むから」
ロストはゆっくりと、レイドへ顔を向けた。
その口元が、かすかに歪む。
博物館の静けさが、不意に冷たくなった気がした。
「矮小なる人間風情が」




