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氷のエリート官僚アルファは、体温高めなカピバラオメガの抱き枕を手放せない〜不器用な溺愛とぽかぽか共依存〜  作者: 水凪しおん


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第9話「限界の熱と命を繋ぐフェロモン」

 深夜の寝室は、重苦しい絶望の空気に押し潰されそうになっていた。

 緊急で呼び出された王都でも最高位の医者たちが数人、ヴィオのベッドを取り囲んであらゆる処置を試みていた。しかし、彼らの表情は一様に暗く、額に浮かんだ脂汗が事態の深刻さを物語っている。


「……駄目だ。この氷結毒は血液そのものを凍らせて進行している。蛇獣人という体質が最悪の方向に作用し、心臓が完全に冷え切るまで時間の問題だ」


 白髪の老医者が、首を横に振りながら力なくつぶやいた。

 魔法による解毒も、強力な薬湯も、ヴィオの身体には一切受け付けられなかった。皮膚はすでに大理石のように硬く冷たくなり、紫がかった唇からは微かな白い息が漏れるだけだ。特務機関の部下たちは壁際で拳を握り締め、誰も言葉を発することができなかった。


「今夜が峠だろう。我々にできることは……もう何もない」


 医者の無情な宣告が、静寂の部屋に響き渡る。

 その言葉を聞いた瞬間、部屋の隅で縮こまっていたルカの中に、強烈な拒絶の感情が沸き上がった。


『嫌だ。ヴィオさんが死ぬなんて、絶対に嫌だ』


 ヴィオはルカに言ったのだ。「お前は俺の半身だ」「俺のそばから離れるな」と。あの不器用で、誰よりも温もりを求めていた氷のようなアルファを、こんな冷たい孤独の中で終わらせてなるものか。

 ルカは顔を上げ、涙で濡れた瞳をしっかりと見開いて医者たちに向き直った。


「皆さん、部屋から出てください」


 普段ののんびりとしたルカからは想像もつかないほど、はっきりとした強い声だった。医者や部下たちが驚いて振り返る。


「何を言っている。お前はただの……」


「お願いです。僕がヴィオさんを温めます。僕以外の人がいても、今はもうどうしようもないんでしょう。だったら、僕に任せてください」


 ルカの全身から、カピバラ獣人のオメガとしてのフェロモンが凄まじい勢いで放出され始めた。普段の穏やかな干し草の香りではない。それは真夏の太陽をたっぷりと吸い込み、大地を焦がすほどの熱を帯びた、むせ返るほどに濃密で力強い匂いだった。その圧倒的な気迫とフェロモンの圧に押され、医者たちも部下たちも、抗う言葉を失って逃げるように部屋を後にしていく。

 重い扉が閉まり、寝室にはルカと、瀕死のヴィオだけが残された。

 部屋の温度はヴィオの放つ毒の冷気によって氷点下まで下がっていたが、ルカはためらうことなく自分が着ていた服を全て脱ぎ捨てた。裸になった肌に、刃物のように鋭い冷気が突き刺さる。しかし、ルカはそれを気にする素振りも見せず、真っ白に凍りついたシーツをめくり、ヴィオの隣へと滑り込んだ。


「ひゃっ……ッ」


 ヴィオの身体に直接触れた瞬間、ルカはあまりの痛みに似た冷たさに悲鳴を上げそうになった。まるで巨大な氷塊を抱きしめているかのようだ。触れた部分から自分の体温が恐ろしい速度で奪い取られ、皮膚の表面が粟立っていくのがわかる。

 しかし、ルカは逃げなかった。それどころか、両腕をヴィオの背中にしっかりと回し、自分の身体をヴィオの胸にぴったりと密着させた。右脚をヴィオの脚に絡め、冷え切った彼の頬に自分の温かい頬をこすりつける。


「ヴィオさん……僕が来ましたよ。僕が、いっぱい温めてあげますからね」


 ルカは震える声で語りかけながら、自身の体温を極限まで引き上げることに集中した。カピバラ獣人の生命力の全てを熱に変換し、内臓から血肉の隅々までを燃え上がらせる。オメガのフェロモンを限界まで解放し、ヴィオから発せられる毒の悪臭と冷気のフェロモンに真っ向からぶつけていく。

 熱と冷気、甘い匂いと腐敗した毒の匂いが、狭いベッドの中で激しくせめぎ合う。

 ルカの肌はヴィオの冷気によって凍傷を起こしかけ、ヒリヒリとした痛みが全身を走る。それでもルカは歯を食いしばり、涙をこぼしながらヴィオを強く抱きしめ続けた。


『こんなに冷たくなるまで、一人で頑張ってたんですね。ばかだなあ、ヴィオさんは。僕がいなきゃ駄目だって、自分で言ってたじゃないですか』


 ルカの頬からこぼれ落ちた温かい涙が、ヴィオの凍てついたまつ毛に落ち、小さな霜を溶かしていく。

 時間という概念が消え去ったかのような暗闇の中で、ルカはひたすらに祈りながら熱を与え続けた。自分がどうなってもいい。この傲慢で不器用な男が、再び目を開けて自分に毒舌を吐いてくれるなら、持てる熱の全てを捧げても惜しくはない。

 どれほどの時間が経っただろうか。

 ルカの体力が限界に近づき、意識が遠のきそうになったその時だった。

 ルカの耳に、ごく微かな、しかし確かな鼓動の音が聞こえた。それはヴィオの胸の奥深くから響く、凍りついた心臓が再び脈打ち始めた音だった。

 ヴィオの身体から発せられていた毒の冷気が、ルカの放つ太陽のようなフェロモンによって徐々に中和され、わずかながら皮膚の下に温かい血の巡りが戻り始めている。ルカの執念とも言える熱と愛が、死の淵にいたヴィオを強引に引き戻そうとしていた。

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