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氷のエリート官僚アルファは、体温高めなカピバラオメガの抱き枕を手放せない〜不器用な溺愛とぽかぽか共依存〜  作者: 水凪しおん


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第12話「命の代償と取り戻した熱」

 屋敷の最も奥まった部屋。そこは普段、客用として使われることのない、ひっそりとした空間だった。

 ヴィオが乱暴に扉を開け放つと、そこには厚い毛布に幾重にも包まれたルカの姿があった。医者が傍らで付き添い、不安げな表情で脈を測っている。


「隊長……お身体はまだ万全では……」


 医者が立ち上がって声をかけたが、ヴィオはそれを完全に無視してベッドの脇へと進み出た。

 ルカの顔は青白く、あの健康的な血色を完全に失っていた。亜麻色の癖毛は艶を失い、閉ざされたまぶたの周囲には濃い隈が落ちている。何よりもヴィオを絶望させたのは、ルカの周囲からあの甘い干し草の匂いが全く感じられないことだった。カピバラ獣人のオメガとしての生命力の象徴であるフェロモンが、枯渇しきっている証拠だった。


「ルカ……」


 ヴィオは震える手で、ルカの頬に触れた。

 いつもなら、触れた瞬間に火傷しそうなほどの熱を感じるはずのその肌は、ヴィオの指先と同じように冷たく、生命力が抜け落ちているようだった。


「隊長。ルカ殿は、ご自身の体温の限界を超えて熱を放出し続けました。その結果、深部体温が異常なまでに低下し、自己回復機能が完全に停止してしまっています。我々もあらゆる手段を尽くしていますが……このままでは、今夜が山かもしれません」


 医者の言葉は、ヴィオの胸を鋭い刃でえぐるようだった。

 自分が傲慢に彼を縛り付け、その温もりに依存した結果がこれだ。ルカは何も言わずに、ただ純粋な善意と愛情で自分を温めてくれただけだというのに。


『俺が……俺の冷たさが、こいつを殺そうとしているのか』


 ヴィオはルカの手を両手で握りしめ、ベッドの端に膝をついた。特務機関のエリートとして、決して誰にも見せることのなかった無防備な姿だった。ヴィオの金の瞳から、彼自身も気づかないうちに一筋の涙がこぼれ落ち、ルカの冷たい手の甲を濡らした。


「ふざけるな……。俺を勝手に温めておいて、自分だけ勝手に冷たくなるなど、許されるはずがないだろう」


 ヴィオは掠れた声でつぶやきながら、立ち上がった。そして、医者に向かって鋭く命令を下した。


「部屋から出ろ。全員だ」


「た、隊長? しかし、ルカ殿には常に監視が必要で……」


「俺が温める。俺の身体には、あいつが命を削って与えてくれた熱が残っている。それをお返しするだけだ。文句がある奴は、俺が直接始末する」


 ヴィオから放たれる圧倒的なアルファのフェロモンに気圧され、医者と部下たちは無言で部屋を後にした。扉が閉まる音を確認すると、ヴィオは迷うことなく自分が着ていた寝巻きを脱ぎ捨て、ルカのベッドへと潜り込んだ。

 今度は逆だ。

 氷のように冷え切ったルカの身体を、ヴィオがその長い腕で力強く抱きしめる。ヴィオ自身の体温も決して高いわけではないが、ルカが彼の中に残してくれた微かな熱の種を、自分の生命力で燃え上がらせるように集中した。

 蛇獣人としての冷たい体質を呪ったことは何度もある。しかし、今ほど自分の身体を恨めしく思ったことはない。ヴィオはルカの肌に直接自分の肌を密着させ、その背中を絶え間なく摩擦するように撫で続けた。


「ルカ、起きろ。俺の抱き枕としての役目を放棄するつもりか。お前がいないと、俺のベッドは冷たくて眠れないんだ」


 ヴィオの言葉は相変わらず毒を含んでいたが、その声は悲痛に満ち、震えていた。

 ルカの首筋に顔を埋め、ヴィオは自身のフェロモンを解放した。氷と刃のような鋭い匂いではなく、ルカの甘い香りを呼び覚ますような、深く静かな森の奥を思わせる落ち着いたアルファの香りだ。

 何時間も、ヴィオはルカを抱きしめ、語りかけ、温め続けた。

 自分に与えられた命の炎を、全てルカに注ぎ込むような切実な行為だった。やがて、夜の闇が最も深くなった頃。ヴィオの胸の中で、微かな変化が起こった。

 ルカの冷たい胸の奥から、トクン、と小さな鼓動が響いたのだ。

 それに呼応するように、ルカの皮膚の下に血の巡りが戻り始め、ごく僅かだが温もりがヴィオの肌に伝わってきた。


「ルカ……?」


 ヴィオが息を呑んで顔を覗き込むと、ルカの亜麻色のまつ毛が微かに震え、ゆっくりと、本当にゆっくりとその瞳が開かれた。ぼんやりとした視線が宙を彷徨った後、目の前にいるヴィオの顔を捉える。


「……ヴィオ、さん……? なんで、泣いてるんですか……」


 かすれた、けれど間違いなくルカののんびりとした声だった。

 ヴィオは言葉を失い、ただルカを強く、壊れるほどに強く抱きしめた。ルカの身体から、微かだが確かな干し草の匂いが立ち上り、ヴィオの鼻腔を満たす。それは、ヴィオにとって世界で最も美しい命の香りだった。

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