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星織が消えた世界で、俺たちはまだ戦う  作者: 秋乃 よなが
第三章 風の国の試練

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第八話 風を呼ぶ大地へ


「もういいのか?」


「はい、大丈夫です」


 一族の者と別れの挨拶を済ませたスピカは、穏やかな表情でアルタイルのもとへやってきた。


「神殿のことは残念だったな……」


「……ええ、胸が痛いです。でも、だからこそ、です。壊されたなら、また建て直せばいい。今度はもっと頑丈に。――水の民は、何度でも立ち上がりますから」


「……水の民は強いんだな」


「ふふ、そう言ってもらえると嬉しいです」


 アルタイルとスピカは水の国をあとにする。目指すは風の国だ。


「風の大陸までは陸地続きで行けますが、風の国に入るには港から気球に乗らなければいけません」


「気球?」


「はい。風魔法を得意とする風の民が操る、空を浮く船なんだそうです」


「へえ。なんだか気持ちよさそうだな」


 水の大陸の中心にある湖を背に、二人は陸路を西へと進んだ。振り返れば水面は朝陽を映し、青銀の光を瞬かせている。あの湖とともに暮らす人々の姿はもう見えない。空気は次第に乾き、湿り気を含んだ風は弱まり、代わりにさらりとした草の匂いが鼻をくすぐった。


 晴れた空とは正反対の漆黒の裂け目が空に浮かんでいる。遠くの空を、鳥のような魔物が飛んで行ったのが見えた。


「あの距離だと流石に戦えないな」


「私の水魔法も届きませんね」


 二人は空飛ぶ魔物を見送る。あれが魔物でなければ、不気味な裂け目さえなければ、以前までと何ら変わらない平穏な光景だった。


 しばらく草原を歩くと、やがて風が強くなり始めた。小さな旋風が草を巻き上げる。服の裾がはためき、風の匂いが変わったことをアルタイルははっきりと感じ取った。


「風の匂いが変わった……」


「ええ、ここからが風の大陸ですよ」


 湖の湿潤な匂いは完全に消え去り、草と大地の香りが胸を満たす。前方に広がるのは風の始まりと終わりの場所――風の大陸である。


「遠くに見えるあの赤い丸が見えますか? あれが先ほど話した気球です」


 球体の形をしたような赤い丸。しかしまだまだ遠目すぎて、アルタイルには気球の全貌がよく分からなかった。


 そして気球よりも目についたものが一つ。それは宙に浮かぶ都市に抱かれるように、空へ向かって枝を伸ばす巨木だった。


「スピカ、あの樹はなんだ?」


「あれは天空樹(てんくうじゅ)ですね。この世界ができるとき、一緒に芽吹いたと言われている樹で、今は風の国そのものの象徴なんです」


 どうしてあのような巨大な樹木と都市が浮いていられるのか、アルタイルには皆目見当もつかない。それでも見たことのない光景が広がる世界に、彼は胸の高鳴りを押さえられずにはいられなかった。


 途中、ゼリー状の黒い魔物を倒しながら草原を進む。ついに風の国へと続く港に着いた二人は、目の前の気球に圧倒されていた。


「これが気球ですか……!」


 大型の魔物を丸ごと包めてしまいそうな球体に、(とう)で編まれたゴンドラが一つ。見上げてもなお頂点が見えないその大きさに、アルタイルとスピカはわくわくした表情を隠し切れなかった。


「――ん? 君たち、風の国に行きたいのかね?」


 そんな二人に気づいた風の民が話しかけてきた。騎士服のような制服を着ている彼は耳が尖っており、背中から淡い灰色の鷲のような両翼が生えていた。


「そうなんです。私たち、どうしても風の国に行かなきゃいけなくて」


「困ったな。ご覧の通り国の周辺は化け物たちが飛んでいて、気球で近づけないんだよ」


 どうやらアルタイルたちが見た鳥型の魔物の他にもいるらしい。気球を飛ばせられないと聞いて、二人は途方に暮れたように顔を見合わせた。


「あの、星織の欠片の話を聞いたことはありませんか?」


「星織の欠片?」


 アルタイルの質問に、風の民は首を傾げた。


「星織って、あの星織のことだろ? 欠片なんて、聞いたことないな」


「そう、ですか……。それじゃあ、星織に詳しい方はいますか?」


「うーん、どうだろうか。ああ、防衛隊長なら何かご存じかもしれないな」


「防衛隊長?」


 そのとき、風の国から一人の風の民が降りてくるのが見えた。彼の翼は見るからに立派で、厳かに見える。


「お、噂をすれば、だな。防衛隊長が降りてこられたぞ」


 白銀の髪をなびかせながら、防衛隊長と呼ばれた風の民が音もなく華麗に着地する。冷静な眼差しの奥に、どこか疲れた色がにじんでいた。


 目が合ったとき、風をまとったようなその気配に、アルタイルには不思議と彼こそが英雄の一人だということが分かった。


『アルタイル、彼が風の欠片を持つ英雄です』


 光の欠片もまた、アルタイルの勘を肯定する。


「何かあったのか?」


「はっ。実はこの子たちが、星織に詳しい人物を求めて風の国を訪れたようでして」


「あの! あなたは星織の欠片を知りませんか?」


 アルタイルの問いかけに、防衛隊長はすっと目を細めた。


「……なるほど、そういうことか」


 彼も風の欠片からアルタイルたちが何者かを聞いたのかもしれない。何かを悟ったようだったが、彼は首を横に振った。


「悪いが今は君たちとともには行けない」


「どうしてですか!?」


「厄介な魔物が上空にいるんだ。そいつを倒すためにはこの力が必要だ」


「なら俺たちも手伝います!」


「いや、君たちを軽々しく危険な戦いに巻き込むわけにはいかない」


 再び国に戻ろうと飛び上がる防衛隊長を、アルタイルは引き留めた。


「俺たち、水の国の魔物を倒してきたんです」


「実際、水の国を脅かしたほどの魔物でした。それを彼と私で倒しました」


「だとしても、風の国は空中にある。そんな不安定な場所で君たちを戦わせるわけにはいかない」


 食い下がるアルタイルたちに助け船を出したのは、最初に出会った風の民だった。


「隊長、彼らの言うことが本当ならかなりの戦力になりますよ。今は猫の手も借りたい状況です。手伝ってもらってはどうです?」


「しかし……彼らは空を飛ぶ術を持たないだろう?」


「そこは隊長の強力な風魔法でなんとかならないですかね?」


「……なんとかならないことはないと思うが、しかし……」


 防衛隊長はちらりとアルタイルの方を見る。アルタイルは目を逸らさず、真っ直ぐに彼を見た。


「――はぁ、分かった。まずは君たちを風の国へ連れて行こう」


 『万が一、上空で魔物に遭遇したときのため、機動力重視でいく』。防衛隊長のその言葉の意味は、風の民が二人一組となってアルタイルたちをそれぞれ連れて行くという意味だった。


 気球のゴンドラと同じく籐で編まれたロープを風の民が持ち、その先に繋がれた板の上にアルタイルたちが乗る。彼らの強靭な翼は、軽々と二人を持ち上げた。


「しっかり掴まっていろよ! 落ちたら助けられないぞ!」


 風の民の警告に、アルタイルとスピカは思わずロープを強く握りしめた。


 そうしてついに二人は、風の国へと入国するのだった。防衛隊長に厄介と言わしめる魔物を退治するために。


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