第七話 沈みゆく聖域
祭壇の間の四隅で、何か人影のようなものが動いた。アルタイルはスピカを庇いながら素早く周囲を見渡す。するとそこには、紫色のローブを目深にかぶった四人がいた。
「何者だ!?」
アルタイルの問いにローブの人物たちは答えない。代わりに何か水晶玉のようなものを各自の手のひらに乗せ、呪文を唱え始めた。その瞬間、水晶玉が輝くとともに地響きが神殿を揺らす。
「混沌とともに!」
当然、ローブの人物たちは水中で呼吸ができるはずもない。苦しいはずなのにその口元は笑みを浮かべている。肺から泡を吐きながら、それでも恍惚とした目で、水晶玉を掲げた。
水晶玉が激しい爆発を起こし、神殿内に視界を覆うほどの砂煙が舞い上がる。腹の底から響くような低い地響きとともに石柱が崩れ始め、神殿の崩落で入口へと向かうアルタイルたちを押し返す、強い逆流が生まれた。
「スピカ!」
魔物との戦いで魔力が尽きたスピカが、逆流に押し流れそうになる。アルタイルはギリギリのところでその手を掴んだ。
「わ、私は持ちそうにありません……。せめてアルタイルさんだけでも……」
「ダメだ! 俺はもう誰も犠牲にしないと決めたんだ!」
アルタイルは力強くスピカを引き寄せ、腕の中に抱き留めた。そうしている間にも神殿の崩落は進み、気を抜けば逆流に押し流れてしまう。どうしようもない状況の中、アルタイルの耳に光の欠片の声が届いた。
『アルタイル、光魔法を使うのです』
「使い方が分からない! 生まれてこの方、魔法なんて使ったことがないんだ!」
『先ほどの戦いであなたは無意識に光魔法を使っていました。水を切り裂くイメージで強く願うのです。先に進みたい、と』
前へ、前へ、前へ――!
アルタイルは手のひらを前に突き出し、強く念じた。すると白い光線が水流を切り裂き、数秒の凪が生まれる。
アルタイルはその機会を見逃さず、スピカを抱え、体勢を立て直しながらその凪の中を泳いだ。
後方で石壁が崩れる音が響く。アルタイルはとにかく前だけを見据え、必死に泳いだ。そうしてアルタイルたちが脱出したとき、ローブの者たちとともに、神殿は完全に湖の底へと沈んだのだった。
神殿に入ったときと同じように、大きな階段を上がっていく。陸に出たところで、スピカがアルタイルの腕の中から崩れ落ちた。
「し、神殿が……っ、私たちの神殿が……!」
そこは、代々の守護者が祈りを捧げてきた場所。スピカにとって、幼いころから、自分の居場所だと信じてきた聖域だった。アルタイルには、身体を震わせながら涙を流す彼女の背を、優しく撫でることしかできなかった。
「スピカ様! ご無事ですか!?」
スピカと同じく湖底神殿を守護する一族の水の民が、スピカに駆け寄る。また別の者は、彼女と同じように神殿が崩れたことに涙していた。
「………」
アルタイルは黙って、その拳を握りしめた。魔物を倒したときはまだ、神殿は無事だったのだ。それを壊したのは、あの謎のローブの人物たちだ。
「一体何者なんだ、あいつら……」
もしかしたら、敵は魔物だけではないのかもしれない。神殿を破壊した者たちの存在を明らかにするためにも、もっと旅を続けて仲間を増やさなければならないと、アルタイルは思った。
『よくやりました、アルタイル。これで水の英雄と欠片を仲間にできましたね』
「……よくできた、だって? 神殿が壊されてしまったんだぞ?」
『神殿は星織に直接関係はありません。あなたの旅は星織を織り直すことのはずです』
「違う! 結果的にはそうかもしれないが、俺は誰かに俺と同じような思いをさせないために旅に出たんだ!」
『それが織り直すことではないのですか?』
「っ、それだけじゃない。大切な人やものを失わせないようにしたかったんだ……!」
星織の欠片の使命は英雄を探し、星織の修復へと導くこと。光の欠片には、アルタイルの考えが理解できなかった。
「君にはきっと分からないんだろうな……」
アルタイルは手首の欠片を見つめて、哀しげに呟いた。
「……スピカの準備ができ次第の出発としよう。もしかしたらしばらく時間がかかるかもしれないが、次はさらに西の風の大陸へ行こうと思う。ここと同じように、風の国に英雄と欠片がいるかもしれない」
『分かりました』
星織の欠片は人のような感情を持たないのかもしれない。会話ができるからと無条件で信じていた光の欠片とアルタイルの間に、小さな溝が生まれた瞬間だった。




