第五話 水都を覆う波紋
スピカに案内された先は、遠目からでも見えていた白い塔の中だった。どうやらそこが湖底神殿を守護する一族の居住らしい。彼女はアルタイルに椅子をすすめた。
「まず、あなたが星織の欠片を探している理由をお伺いしても?」
「ああ、それは俺自身が星織の光の欠片に選ばれたからだ。欠片の声に導かれて、他にも同じように選ばれた人物を探しているんだ」
アルタイルは光の欠片が埋め込まれた手首を見せる。それを見たスピカは、重々しく頷いた。
「……なるほど。そういうことだったのですね。それならば隠す必要はありません。水の欠片を持っているのはこの私です」
スピカも同じように水の欠片が埋め込まれた手首をかざして見せた。そこには、サファイア色の欠片が煌めいていた。
『間違いありません。あれは水の欠片です』
「水の欠片が、あなたが本物であると教えてくれました」
「奇遇だな。俺の欠片も同じことを教えてくれたところだ」
どうやら埋め込まれた星織の欠片の声は、その宿主にしか声が届かないようだ。二人して互いが本物であることを確認できたのち、早速本題へと入った。
「水の欠片から話は聞いていると思うが、どうやら世界を護る星織の崩壊が始まったらしい。このまま織り直さなければ、世界が魔物に蹂躙されてしまう」
「ええ。それについては私も聞きました。そして織り直すためには世界の中心にある星織の塔に行く必要があるとも聞いています」
「それなら話は早いな。俺は水の欠片を持つ英雄を求めてここに来た。君がそうだというなら、俺と一緒に来てくれないか?」
「……同行したいとは思いますが、水の国では今、少々厄介な問題を抱えてまして……」
スピカいわく、水の民が祀る神聖な湖底神殿に、凶暴な魔物が棲みついてしまったという。スピカは神殿を守護する一族としてその魔物を討伐したいが、なかなか手強い相手らしい。
「祈りの対象が魔物に晒されていること、このままでは湖底神殿への信仰が失われてしまうかもしれないという不安と恐怖で、都は今、緊張状態にあるのです」
「なるほどな……」
「それともう一つ。私は、あなたが命を預けられる仲間かを見極めたい。水の欠片は英雄だと告げましたが、私はまだ、あなたの力と覚悟を見たわけではありません」
「それはお互い様だな」
「湖底神殿に巣食う魔物を私とともに討伐してください。それができたなら、私は喜んで同行しましょう」
「わかった、やろう」
「……え? 随分あっさりと受け入れてくださるのですね」
アルタイルの返答が意外だったのか、スピカは目を丸くした。
「俺も故郷を魔物に焼かれたんだ……。また同じような目に遭うかもしれない人たちを放ってはおけない。それに俺はもっと強くならなきゃいけない。六英雄なんて肩書きはどうでもいい。けど……もう何も、魔物に奪われたくないんだ」
「アルタイルさん……」
もう二度とは戻ってこない両親、復興の目途も立たない村を想って、アルタイルは拳を握りしめた。
「……分かりました。一緒に戦っていただけるのは、こちらとしても有り難いお話です」
スピカが椅子から立ち上がり、アルタイルを真っ直ぐに見る。
「アルタイルさん。先ほどは試すような言い方をして申し訳ありません。どうか私と一緒に湖底神殿に巣食う魔物を倒してください」
そうして頭を下げたスピカにアルタイルは慌てた。
「頭を上げてくれよ……!そんなことしなくても協力するからさ!」
「――ありがとうございます。心強いです」
本当はスピカ自身も不安だったのだろう。アルタイルに見せた笑顔は、心の底から彼の協力を喜んでいるように見えた。
「準備を整えて神殿へ向かいましょう。場所は湖底です。陸上での戦いとは異なることをご認識ください」
「わかった」
アルタイルはできるだけ身軽になるよう服を脱いだ。そして万が一の時に使えるよう、スピカから短剣を借りて、それを腰に差す。そして同じく借りた耐水グローブとブーツを身に着けて、準備を整えた。
「最後に水中でも息ができるよう水魔法をかけます。水の民である私たちには必要ありませんが、光の民であるあなたには必要でしょうから」
「水魔法はそんなことができるのか?」
「いえ、一般的な水魔法ではできません。これも水の欠片のおかげです」
スピカがアルタイルの顔の前に手のひらをかざし、短く呪文を唱える。すると一瞬水の膜に包まれたようなひんやりとした感触がした。
「これで大丈夫です。さあ、神殿へ向かいましょう」
白い塔に挟まれた大きな階段を下りていく。途中で水の中へと足を踏み入れたとき、差し込む陽光が水の粒で弾けて煌めいていた。そしてその深さがアルタイルの首元まで達したときだった。
スピカは何の躊躇いもなく水中へと潜り、まるで魚のような華麗さで進んでいく。反対にアルタイルは顔を水につけることに抵抗があり、その歩みを止めてしまった。
「どうかしましたか?」
ついてこないアルタイルを不思議に思ったのか、スピカが水面から顔を覗かせる。水に対する躊躇いが一切見られない彼女の姿に、アルタイルは苦笑した。
「実は俺、今まで泳いだことが一度もないんだ。そんな奴でも泳げるかな?」
「まあ、そうだったんですね。水魔法がかかっているので呼吸は大丈夫だと思いますが……泳ぎについては慣れていただくしかないかもしれません」
「……だよな。やるしかないよな」
アルタイルは一度大きく息を吐いた。そして再び大きく吸い込んだのち、頭を勢いよく水中に沈めた。
呼吸ができると言われていても、やはり心配なものは心配だ。少し息を吐いて試しに息を吸ってみれば、たしかに地上と同じように呼吸ができた。まるで自分が魚になったような気分である。
泳ぎの方も、何度か練習をしているうちに自然と前に進めるようになった。水の民と違ってヒレがないせいか速さは劣るものの、持ち前の運動神経を生かして、アルタイルはなんとか泳げるようになった。
そして再び、神殿に向かって泳いでいく。どこか仄暗い神殿の奥を見て、アルタイルは淡く滲んだ恐怖心を拭うように小さく身震いをしたのだった。




