第三話 欠片が示す道へ
アルタイルが目を覚ましたとき、灰の匂いが鼻をついた。寝転がったまま周囲の様子を探る。いくつかの家が焼け落ち、灰になっているのが見えた。
――俺はどうなったんだ……?
アルタイルが最後に思い出せるのは、自分を庇った母の背中だ。そのあとのことは、ほとんど覚えていない。感情の赴くままに、剣を振るったような気がする。
「ああ、アルタイルや。目覚めたか?」
「ばあちゃん……」
アルタイルの顔を覗き込んだのは、近所の老婆だった。幼い頃からよく、アルタイルの面倒を見てくれた。
「お前が無事でよかったよお。あの化け物をやっつけてくれてありがとうねえ」
「ばあちゃん……村は……?」
「……今はもう暮らせそうにないねえ」
「……父さんと母さんは……?」
「……残念だけど……」
「っ、」
分かっていた。両親のことは、分かっていたはずだった。目の前で倒れていくのを見たのだ。それでも安否を聞かずにいられなかったのは、ただ現実を受け入れたくないからだ。
「父さん……っ、母さん……っ」
二人を想えば涙が込み上げてきた。母は生きろと言ったが、こんな気持ちでどうやって生きていけるというのか?
泣きながらふと家の方を振り向く。昨日まで父と母の声がしていた家は、壁の一部が黒く焦げて、冷たく沈黙しているだけだった。
痛みを堪えるように涙を流すアルタイルの胸元を、老婆は優しく叩く。『お前はよく頑張った。泣けるだけ泣くといい』。そう慰められているようで、アルタイルの涙はますます止まらなくなった。
「わしたちは隣の村に避難することに決めたさね。この村を復興しようにも、怪我人が多くてのう。――若いのはみぃんな老人や子どもを守って逝っちまった。生い先短いのを残して、どうするんだってなあ?」
そう話す老婆の言葉尻は震えていた。彼女もまた、大切な家族を亡くしてしまったのだろう。
「アルタイル、お前はどうする? わしらと一緒に隣の村に行くか?」
「………」
目覚めてからずっと、光の欠片が訴えていた。『六英雄と欠片を揃えよ』と。『星織を織り直せ』と。
本当に自分に英雄と呼ばれる力があるなら、どうしてもっと早くに発揮できなかったのだろうか? どうしてこの村を、両親を、救えなかったのだろうか?
「……アルタイル?」
黙ったまま身を起こしたアルタイルに、老婆が戸惑うように声を掛ける。
「……ばあちゃん、俺、一緒には行けない……」
生きて、と母は言った。老婆たちと一緒に魔物から逃れる選択をすれば、この命は生き永らえるのかもしれない。けれど。
「――俺には、やることがあるから」
村を滅ぼした魔物が憎い。村を、両親を守れなかった自分が憎い。魔物から逃げたままでは、この憎しみを昇華できる気がしなかった。何より、自分だけのうのうと生き永らえることを許せそうになかった。
「……何か、大事なことを決めたんだね……」
アルタイルの顔に一つの決意を見たのか、老婆は引き留めようとはしなかった。
「ばあちゃんたちの出発はいつ? 俺も準備を手伝うよ」
「ありがとうねえ。準備ができ次第、すぐに発つつもりさね。今は動けるもんが出発の準備をしとるよ」
「分かった。俺も行ってくる」
アルタイルはゆっくりと立ち上がる。身体中にだるさを感じたが、動けないほどではない。
そして数少ない生き残りの村人たちと一緒に、アルタイルは旅立ちの準備をした。最低限の衣類や食べ物、家畜や荷車を集めて荷造りをした。
「ねえ、アルタイル。本当に私たちと一緒に行かないの?」
「うん、大丈夫だ。俺にも行く当てはあるから」
それは村人たちを安心させるための嘘だった。行く当てなどない。これから光の欠片に導かれて、先の分からない旅に出るのだ。
そうして別れを告げて旅立つ村人たちを、その姿が見えなくなるまでアルタイルは見送った。まるでこれが最後の別れのように、その目に焼き付けるようにその後ろ姿を見つめた。
『――あなたの決断に感謝を』
村人の姿が見えなくなった頃、光の欠片がそう呟いた。
「星織を織り直すことが魔物を滅ぼす方法だというなら、やってやる。――だけど何より、これ以上魔物たちに好きにさせたくない。父さんや母さんの死を無駄にしたくない」
『わたくしも同じ気持ちです。まず他の五つの英雄と欠片を集めましょう。この世界のどこかに、あなたと同じように魔法の属性の欠片に選ばれた者がいるはずです』
「……分かった。じゃあまずは隣の大陸にある水の国へ行く。前に父さんが教えてくれたんだ。水の魔法が盛んな国だって。水の欠片があるなら、きっとそこだ」
旅立ちを決意するアルタイルの上に広がる空にはまだ、暗い裂け目が蠢いていた。背後で村の灰が風に舞う。だが彼は一度も振り返らず、ただ前だけを見て歩き出すのだった。




