第十二話 挑戦を告げる女
風の大陸をあとにし、気球で火の大陸へ渡ったアルタイルたちは、南へと歩みを進めていた。背後に残してきた草原は、見渡す限りの緑と風の匂いを抱いていたが、進むにつれて空気は重く、熱を孕んでいく。
道は次第に岩肌を見せ、緑豊かな丘陵は乾いた赤土へと変わっていった。靴の裏に伝わる大地の感触は硬く荒れ、踏みしめるたびに細かな砂塵が舞い上がる。
やがて遠くの地平線に、黒く煙を上げる山影が見えた。頂上には炎を纏った岩石の波が立っている。それこそが火の大陸の象徴たる火山であった。
「熱いな……」
アルタイルが目を細める。
吹き抜ける風もここでは熱気を孕み、肌を刺すように熱い。乾いた空気に混じる炎の匂いが、彼らの鼻を突いた。
「風の国とはまるで違う……。生きている大地そのものですね」
そう言ってスピカは額の汗を拭う。冷たい水の国に住んでいた彼女にとって、火の国の環境は辛い。
人も獣も強い者しか生き残れない過酷な地――火の国。新たな試練の幕開けだった。
やがて、乾いた砂利道を歩き続けた先に、灰色の岩肌に抱かれるようにして広がる都市が姿を現す。城壁は粗野で粗削りだが、向こうからは橙色の灯りが点々と揺らめき、活気あるざわめきが微かに届いてくる。
「……あれが火の都か」
アルタイルが呟く。
石造りの街並みは力強く、荒々しい火山の大地に根を張るようにして存在していた。赤黒い溶岩を削り出した壁や屋根が夕陽に照らされ、燃えるような輝きを放っている。
長い旅路の果てに、彼らはついに火の都へと足を踏み入れようとしていた。
都の中は騒がしかった。最初は活気に溢れた賑やかさかと思っていたが、どうやらそうではないらしい。肌の一部が鱗に覆われ、トカゲのような尻尾を持つ火の民たちが、慌ただしく右往左往していた。
「なんだか慌ただしいですね……」
「たぶん何かあったんだと思う」
火の民に話しかけるのも憚られる。アルタイルとスピカは、どうしようかと顔を見合わせて悩んでいるときだった。
「ああ? アンタらか、欠片を持ってるっつうのは」
金色の蛇のような縦長の瞳孔を細め、赤銅色の髪を頭頂部で束ねた女が話しかけてきた。
「あー、警戒する必要はねぇよ。アタシはベガ。火の欠片を持ってる。アンタらのことは、欠片が教えてくれた」
ベガの、背中から腰にかけて生えている赤銅色の尾が、ゆらりと身をくねらせる。
『彼女の言っていることは本当です。火の欠片の気配を強く感じます』
「……俺はアルタイル。こっちはスピカだ」
初めは警戒を見せたアルタイルだったが、光の欠片の一言でその警戒を解いた。
「欠片の言う通り、英雄と欠片を探しに来たんだろ? アタシも探しに行こうと思ってたんだけどさ、ちょっと問題が起きちまったわけだ」
「問題? この慌ただしさはそのせいですか?」
「そう。大陸の火山の炎が弱まってるんだよ。アタシら火の民は火山の地熱で体温を保ってる。だから火山が弱るのは、死活問題なんだ」
「そうだったんですね……」
どうやら火の国でも問題が起きているようだ。アルタイルとスピカは目を合わせ、問題解決に協力する意思を伝えあった。
「火山が弱まっている原因は分かっているのか?」
「ああ。どうやら火山に棲みついた魔物のせいらしい」
「魔物を退治するんだろう? なら俺たちにも手伝わせてくれないか?」
「――なんだって?」
アルタイルの申し出に、ベガは目を見開く。それは驚きの表情というよりは、どこか挑発的に見えた。
「アンタらが欠片を持ってることは疑っちゃいねぇが、まともに戦えるかどうかは別の話だ。アンタらみたいなひょろい奴が、まともに魔物と戦えんのかね?」
「俺たちはひょろくない! 今までだって、水と風の国で魔物を倒してきたんだ!」
「ふぅん? でもそれ、その魔物が大したことなかった可能性もあるだろ? 火の国は弱肉強食だ。認められたきゃ、実力を見せな」
「な……っ」
「アタシらはすぐにでも魔物を倒さなきゃいけねぇんだ。だから、アンタらがすぐ使える戦力かどうか、証明してもらう必要がある」
ベガは不敵に笑い、アルタイルに言い放った。
「ちょうど火山の入口に群れてる魔物がいるんだ。アンタらでそいつらを倒してきてごらんよ。そうしたら、火山の魔物の討伐隊に入れてやる」
「……わかった。倒してきてやる」
「おう、頼もしいね。今日はもう夜が更ける。宿に泊まって、明日にでも行ってきな」
ひらひらと手を振りながら、その場をあとにするベガ。アルタイルはその背中を睨みつけていた。
「なんだあいつ。偉そうな奴だな」
「口は皮肉っぽいですが、根は真っ直ぐな方のように見えましたよ」
「何にせよ、まずは明日の魔物退治だ。スピカ、今夜はしっかり休もうぜ」
二人は宿を求めて街中を彷徨う。そうして一泊するのだったが、アルタイルはベガの言葉への悔しさで眠れぬ夜を過ごしていた。
宿の壁を伝わって、遠くの火山から微かな地響きと熱気が伝わってくる。その熱は、アルタイルの心に燃える悔しさと重なった。
――必ず見返してやる。そう強く決意して、無理やり目を閉じたのだった。外では、火山の影が夜空に浮かんでいた。




