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星織が消えた世界で、俺たちはまだ戦う  作者: 秋乃 よなが
第一章 星の呼び声が導くもの

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第一話 滅びの影と星の呼び声


 夜空に舞い降りた光は、静かに揺れていた。幾重もの薄布が風に揺れるように、緑色の光が天を渡っていく。


 そんな夜空に包み込まれるように、眠りについた辺境の村。穏やかなはずの夜の中、一人の青年は苦しみに悶えていた。


「うぅ……っ」


 晴れ渡った空が夕方でもないのに不気味に赤く染まり、まるでガラスのように亀裂が走っていく。一部が激しい音を立てて崩れ落ちたかと思えば細い裂け目が現れ、その向こうは全てを飲み込むような漆黒が顔を覗かせていた。


 青年は裂けた空を見上げる。不安で落ち着かない鼓動と、自分の乱れた呼吸がやけに耳につく。なぜか目が逸らせない漆黒の裂け目を見ていると、その中にいる『ナニカ』と目が合った気がした。


「………!!」


 青年は飛び起きる。冷や汗に濡れた身体が気持ち悪い。窓から差し込む緑色の光が、先ほどの出来事は夢であることを知らせていた。


「また、あの夢か……」


 近頃毎日のように見る夢。不吉で恐ろしいあの夢は、漆黒の裂け目にいる『ナニカ』と目が合う度に終わりを告げる。同じシーンを何度も繰り返すその夢は、まるで青年に何かを伝えているようでもあった。


 青年は窓の外に視線を送る。夜空には変わらず、『星織(ほしおり)』が揺らめいていた。この世界を護り、魔法をもたらすと考えられている、淡く光を放つ薄布。いつもと変わらない夜空に安堵しつつ、青年は再びベッドに倒れ込んだ。


 浅い眠りを繰り返しながら、夜が明けるのを感じる。そうして早朝の慣れた時間に目覚めた青年は、ベッドから出て部屋を出た。


「おはよう、アルタイル」


「おはよう、母さん」


 キッチンでは青年――アルタイルの母が、水魔法を使いながら朝食の支度をしていた。流し台に湧いた水が、母の指先の動きに合わせて器用に踊る。皿や鍋が水の膜に包まれ、するりと洗われていく。


「また変な夢でも見たのかい?」


「ん? 顔に出てた?」


「そうだねえ。小さい頃から、怖い夢を見ると眉間にしわが寄るんだよ、あんたは」


 からりと笑う母の声。それだけで心に巣食っていた悪夢の不安は和らいだ。


「そういえば父さんは?」


「今日は大物が獲れそうな気がするって、朝ごはんも食べずに猟に行ってしまったよ」


「ええ? 大丈夫かな、父さん。また途中でお腹が空いて倒れてなきゃいいけど」


 声を上げて楽しげに笑う母。アルタイルの口元にも自然と笑みが浮かんでいた。


「さあ、朝ごはんをお食べ。今日は家畜と畑の世話を頼むよ」


「うん、いただきます」


 いつもの朝、いつもの匂い。アルタイルは悪夢を忘れて朝食を食べた。


 家を出るとき、玄関の壁に飾られている剣が目に入った。父が若い頃に使っていたという古びた剣は、今はもう埃をかぶって、猟の手入れ道具に埋もれかけている。


「父さん、また張り切って行ったのか……」


 アルタイルは剣の脇に立てかけられた弓矢や罠がないことを確認して、苦笑した。そしていつものように、一日の仕事を家畜の世話から始めたのだった。


「よう、アルタイル!今日も精が出るな」


「おはよう、おじさん。畑の調子はどう?」


 家畜の世話を終えたあと、アルタイルは畑へと向かった。そこでは村で一番大きな畑を持っている男が、鍬を肩に担いでいた。


「最近雨が少ないからなあ。ちょっとばかし実りが悪い気がするな。土壌は俺の土魔法でなんとかなるんだが、雨ばっかりはなあ」


「俺のところもそうかも。それに家畜もなんだか元気がないみたいだし……」


「それなあ。うちの隣のじいさまも同じようなこと言ってたぞ。……天変地異の前触れじゃなきゃいいけどなあ」


 村人の言葉を聞いて、アルタイルの脳裏に過ったのはあの悪夢だ。しかしあれは、ただの夢だ。アルタイルはそう思いながら、畑仕事の準備を始めた。


 身体を動かしていれば余計なことを考えずに済む。アルタイルは黙々と鍬を振るった。


 そして昼休憩に入ろうとした頃。アルタイルの耳に、微かな声が届いた。


『――……』


「……え?」


 辺りを見渡すが、誰かが自分に話しかけている様子は見えない。気のせいかと思って、農具を畑の隅に退けようとしたときだった。


『――来て……』


 やはり声が聞こえる。さっきよりもはっきりと。


「なんだ……?」


 耳を澄ませてみれば、その声は村に隣接する森の中から聞こえているような気がする。森といえば猟師の仕事場だが、誰か怪我などの理由で助けを求めていたりしないだろうか?


 アルタイルは手にしていた農具を畑の隅に退け、声が聞こえてきたであろう森の方を見つめる。


『――こちらへ』


 今度ははっきり聞こえたその声は、確かに自分を呼んでいるようだ。


 アルタイルはその声を追いかけるように森に足を踏み入れる。武器も持たずに森に入り、動物に遭遇したらどうするのかと考える余裕もなかった。ただ自分を呼ぶ声に、早く応えなければいけないような気がしていた。


『こちらへ』


 その声はどんどん近くなってくる。森の奥へと歩みを進めると、鳥の鳴き声が途絶えた。そしてアルタイルは、木の根元で煌めく何かの輝きを見た。


「……なんだ、これ」


 ダイヤモンドのように透明な輝きを放つ小さな欠片。それを拾おうと指先が欠片に触れた瞬間、アルタイルの視界が弾けた。脳裏に焼き付くのは、燃え盛る大地と、悲鳴を上げて砕け散る空。


「ぐ、ぁ……っ」


 膨大な情報の奔流が頭を駆け巡り、一瞬の焼け付くような痛みとともに、その欠片はアルタイルの手首裏の肌に食い込んでいた。


「な、なんだ!?」


 手を振っても、爪で引っ掻いてみても、頑として外れそうにない欠片。異物が身体に侵入した焦りでアルタイルの顔が青くなっていく中、今までで一番鮮明な声が語り掛けてきたのだった。


『わたくしを見つけてくれてありがとう』


「うわあ!」


『驚かせてごめんなさい。わたくしは、あなたが拾った『星織の欠片』です』


「……は? 星織? それって、あの夜空に揺れてる光のことだよな?」


 誰もが知っている存在――星織。子供の頃から、夜空に揺れるその光は、世界を包む織物のようなものだと教えられてきた。


「星織の欠片なんて、今まで聞いたことないぞ。昨夜だって、変わらずに光っていたじゃないか」


『今はまだ、なんとか形を保っていられているだけに過ぎません。わたくしのような欠片が落ちてしまった以上、崩壊するのも時間の問題でしょう』


「はあ!? 星織が崩壊する!?」


 アルタイルの脳裏に過ったのは、最近よく見るあの悪夢だった。


『星織が崩壊すれば、その恩恵の魔法は使えなくなってしまいます……。それどころか、この世界は危機に晒されてしまう……。一刻も早く、星織を織り直さなければなりません』


「ちょ、ちょっと待ってくれよ。君が何を言っているのか、俺にはよく分からないんだけど……」


『あなたは星織に選ばれたのです。星織を織り直す、六英雄のうちの一人として』


「え、英雄だって……? 俺はただの村人で……あっ!」


 そのときアルタイルは、自分が仕事を放り出して来たことを思い出した。


「とりあえず話はあとで! 今は先に畑仕事をしないと!」


『お待ちなさい! わたくしの話は急務なのです。どうか話を――』


「俺にとっては畑仕事が急務なんだ! 他の人に君の声を聞かれたら困るから、ちょっと静かにしておいてくれるかな?」


『わたくしの声は選ばれた英雄にしか届きません。いえ、そうではなく――』


「他の人に聞こえないならいいや。急いで畑仕事を終わらせるから待ってて」


 自分が英雄に選ばれたなどと信じられない一方で、手首に宿る欠片は確かに意思を持って自分に話しかけている。何が起こっているのか理解できないまま、アルタイルは村に戻り、日課の仕事を終えることを優先したのだった。


 夢に見た光景が、近づいていることにも気づかないまま。


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