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1 過去からの案内状 3

 このようなことがあってから、1週間が過ぎた。わたしは、学校では相変わらず1人の日々を過ごしている。


 大嫌いな昼休み。教室に1人でいるとみじめになってくるので、いつも図書室で過ごす。図書室なら、1人で受験勉強している人が何人かいるので、わたしだけが1人ではないんだと何だか安心した気分でいられる。それに、時間をつぶせる本が沢山ある。


 わたしは本が大好きだ。本は自分ではないいろいろな人になれるから。中でも1番のお気に入りは、イギリスのワトソン医師が執筆した《シャーロック・ホームズシリーズ》だ。


 でも、ホームズは1世紀前に実在した人物なのだから、わたしは彼に自分がなりきるというよりも、彼の活躍を尊敬しながら読んでいる。


 えっ、何かおかしい? 《シャーロック・ホームズシリーズ》は、コナン・ドイルが作者じゃないかって……?


 確かにあなたたちの世界ではそうなっているみたいね。でも、わたしの世界では、ワトソン医師が作者なの。


 これって、どういうことを示すのか、もうお分かりよね。わたし、二宮麻子も本の世界の住人なのだから。でも、多少の差異はあっても、みんなのいる世界とわたしのいる世界では、そんなに違わない場合だってあるでしょ。


 本の世界では、主人公の悩みはほとんど解決されてハッピーエンドになるけど、私たちの世界ではそうはいかないって?


 そうね、そうかもね。でも、わたしだって、今の悩みは解決できないでいるの。これからどうなるかなんて、分からないのだから……。あっ、そろそろ、わたしの世界に戻るわね。


 わたしは今日もやっぱり《シャーロック・ホームズシリーズ》の中の話を読むことにした。


 もう何度も読んだが、やっぱりそこに目がいってしまう。今、書架に残っているものは、千草文庫の『シャーロック・ホームズ全集』第1巻と第3巻だけだった。わたしは、第3巻を手に取った。そこには、『ボヘミアの醜聞』が載せられている。


 わたしは、《ホームズシリーズ》の中では、この話が1番好きだ。この話は、あのホームズが唯一女性に出し抜かれたというものだ。


 その女性、アイリーン・アドラーをホームズは「あの女性」という敬称で呼び、女性をバカにしていた彼が唯一認めた女性なのだ。


 ホームズがアイリーンに対して、恋愛感情があったのかどうかはよく分からないが、とにかく彼女に一目おいていたことは確かだ。


 わたしも彼女のように強くて機転のきく女性になれたらどんなにいいか……。そんなことを思いながら、わたしはページをめくった。


 「1年D組、二宮麻子」


 声がしたので、本に黄色いしおりをはさんで顔をあげた。目の前にいたのは、あの仁川真司だった。


 「よう、久しぶり。あれ? 今日も《ホームズシリーズ》読んでるの? よっぽど好きなんだな」

 「ええ」

 「俺もだけど、ホームズは最高さ!」

 仁川君は、わたしから千草文庫を取った。


 「おまえがこの前、あの本の中で、どの物語を読んでいたのか当ててみようか」

 「えっ、でも、そんなことできるの?」

 チッ、チッ、チッ、と仁川君は右手の人差し指を顔のところで振った。


 「シャーロキアンのこの俺に解けない謎は何もない」

 「たいした自信ね」


 わたしは思わず出たアイリーンのような自分の言葉に驚いた。今までこんなにきつい言葉遣い、誰にもいったことがなかった。仁川君はそんなわたしに構わずに話し出した。


 「このセリフ、1度言ってみたかったんだ。当てる自信があるからな。まず、この前、二宮は、自分で本棚に『シャーロック・ホームズの冒険』を戻そうとした。この学校の図書室は、職員さんが本を戻すことになっている。ということは、二宮はあの本を借りて帰って家で読んだわけではなく、あの日の放課後にだけ読んでいたことになる。だから、作品は絞られる。あの時、二宮が読んでいたのは、今、この黄色いしおりがはさんであるのと同じ『ボヘミアの醜聞』だ」


 「そうだけど、でも、まさか、今読んでいたから、この前も読んでいたというんじゃないでしょうね?」


 「ちがうよ。レモンの香りだよ」

 「レモンの香り?」

 「そう、あの本の『ボヘミアの醜聞』を読んでいるとこのしおりと同じ香りがした」

 「へえ~、そんなことまてよく気をつけていられるわね」


 わたしは、また生意気な口調でいったような気がした。仁川君はそんなふうに感じたのではないらしく、また話しかけてくる。


 「二宮はいつも1人なのか? この1週間、昼休みはいつも1人でここにいたみたいだから……」


 「わたしのこと、ずっとこそこそ観察してたの?」

 わたしは顔が赤くなるのが分かった。


 「だって、二宮って、目立つから……。ごめんよ、怒らせるつもりはなかったんだ。その、何となく心配になって……」


 「心配?」

 仁川君はわたしを心配してくれているの?わたしは自分を疑った。嬉しかったが、この時の正直な気持ちは、仁川君が女の子ならどんなに良かったかということだった。


 男の子と話をしていたら、また、綾乃たちに何をされるか分からない。仁川君がどういう男子なのか、この時はまだよく分からなかったが、なかなか整った顔立ちをしていた。わたしはすぐに席を立った。


 「おい、待てよ!、どこへ行くんだよ?」

 「どこでもいいでしょ」


 あっ、またきつい言い方。仁川君と話すとどうしてこんな言い方になってしまうんだろう。他の子なら、やさしく話せるのに。


 わたしは不思議で仕方がなかった。仁川君は後を追って来なかった。当然よね。わたしは、自業自得だと思った。






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