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第二話 蓬莱透花

 杏菜からのメッセージのもと、貫太郎が蓬莱宅を訪れて早一時間。時刻は間も無く午後6時に差し掛かる頃。

 

(ひと段落ついたな……)

 

 貫太郎は大きく息を吐いてリビングを見渡した。

 甲斐甲斐しく働いたおかげで、散乱していたゴミもきちんと分別され、少なくとも机は使える状態になっている。


 なお、ソファーで酒片手にだらけていた杏菜は、ほんの数分前、貫太郎がせかせかと片付けているのをよそに「お風呂入ろ〜っと♪」なんて上機嫌な様子で風呂場へ向かった。現にリビングの奥にある浴室への扉からは、シャワーの音が微かに漏れ聞こえてくる。


 マイペースな杏菜に振り回されるのも、堕落した蓬莱家の世話を焼くのも、貫太郎にとっては日常茶飯事である。


 貫太郎は、纏めたゴミ袋たちを廊下へ避難させると、今度はキッチンの食器の山に手を伸ばした。

 このエリアをどうにかしないと、杏菜から誘われた本来の目的である、夕飯の準備すらまともに出来ないのである。


 貫太郎は、いつ使用されたのかさえ分からない皿やコップに顔を顰めながら水に浸し、ひとつひとつ手洗いしていく。

 喧しかった杏菜が居なくなってくれたおかげで、キュッと、食器とスポンジが擦れる心地良い音に、貫太郎の心も洗われるようだった。


 ガチャッ!ドンッ、ダダダダッ……


 だが、静寂も束の間。

 玄関の鍵の音、そして、こちらに向かってくる騒がしい足音。


「たっだいまぁー!!!」


 威勢の良い帰宅の合図を鳴らしながら、やって来たのは、次女の透花だ。

 貫太郎は「げ、透花だ」とぼそりと独り言ちた。

 透花は貫太郎と同い年の高校2年生。中学までは貫太郎と同じ学校に通っていたが、高校からは、貫太郎の通う地元の高校ではなく遠くの学校に長時間かけて通っている。


 独り言のつもりだった貫太郎の呟きも虚しく透花の耳に届いてしまったようで、透花は「げっ、て何だよ!失礼だな!」と貫太郎を指差した。


「あれ、姉さんは?今日休みっつってたけど……てか何でカンタローがいんの?」

「杏菜さんなら今風呂入ってる。俺は杏菜さんに呼ばれて仕方なくここにいる」

「風呂ォ?……おいおい、何かそれ、怪しくねぇ〜?」


 透花はニタニタと下品に口角を上げながら、キッチンで洗い物をする貫太郎に近付いた。

 

 年の離れた杏菜とは違い、同い年である透花とは、より『腐れ縁』感が強い。

 故に、杏菜とは違うクラスメイトと揶揄い合うような絡み方をしてくるのだ。

 

「変な想像すんのはやめろ。杏菜さんが自分で勝手に入ってるだけだからな」

「へぇ〜〜?」


 ニヤニヤと品のない笑みを浮かべながら鬱陶しく貫太郎の周りを彷徨く透花。貫太郎は小さな舌打ちと共に、ジトリと透花を睨む。


 杏菜よりは小柄ではあるが、杏菜に似てすらっと通る鼻筋と凛とした眉。やや吊り目がちな瞳は、貫太郎を揶揄うように山なりに弧を描いている。

 クラスに居たら、間違いなくモテるであろうと貫太郎も思う程には可愛らしい容姿だが、その全身を見てみれば、後ろで適当に縛ったボサボサの黒髪。セーラー服のスカートの下に履いているのは薄汚れたジャージ。おまけによく見たら靴下からひょっこりと片方の親指が覗いている。


 品が無くてガサツ。これこそが、貫太郎の幼馴染みで同級生の腐れ縁、蓬莱透花である。


「早く手洗ってこい」

「でも今姉さん風呂入ってるんだろ?ダリィからここで洗わせてくれよ」

「ちょ、今洗い物してるんだが!?」

「まぁまぁ♪ほら、先っちょだけでいいから!」

「気持ち悪い言い方すんな!」


 貫太郎を押し退け、透花が蛇口から流れ落ちる水の束に手を突っ込めば、透花の両手に乱反射した水圧が四方に飛び散り、キッチン台と貫太郎のYシャツを濡らした。


「っ!おいッ!めっちゃ濡れたんだが!?」

「あははッ!すまんすまん!」


 けらけらと笑う透花は「つっても、私もびしょ濡れだし。まぁ許せ!」とシンクの中で指を弾き、水滴を飛ばしている。その水滴が、また貫太郎の元へ弾き飛ぶ。


 貫太郎は苛立ちながら視線を動かし、隣に立つ透花に目をやった。確かに彼女の上半身を見てみれば、水に濡れた形跡がある。その証拠に、うっすらとセーラー服の白色が透けて胸元のレース生地がぼんやり浮き出ている。


 幼馴染みの腐れ縁とは言えど、年相応には成長している異性たらしめる部分に目が入ってしまい、早鐘を打つ胸を押さえながら貫太郎はゆっくりと視線を自身の手元に戻す。

 

「……さっさと着替えて、こっち手伝え」

「へいへい。何だかオカンみたいだな」

 そう言って透花は、どかどかとリビングへ行くと徐にスカートを脱ぎ始める。


「っ!おいッ、ここで脱ぐなッ!」

「えぇ〜?別にいいだろ?下は履いてるし」

 いくらジャージを履いているとは言え、仮にも異性に目の前で脱がれると、今は見えていないが先ほど目にしてしまった部位も同時に想起され、気が気ではない。

「ったく、昔は一緒に着替えてたってのによぉ〜」

 しゃーねぇなぁ。と透花は、文句を唱えながら脱いだスカートを片手で握り締め、貫太郎の前から去って行く。


 バタン、と扉が閉まり、リビングに静寂の再来。


 貫太郎は大きくため息を吐き、目頭を押さえた。


 ドキドキと早まる鼓動を深呼吸で整えながら、貫太郎はかつての蓬莱三姉妹に想いを馳せる。


 確かに前からポンコツ姉妹ではあるが、昔はここまで手はかからなかったような──


「あ」


 突如、貫太郎の思考を遮る声が、リビングと廊下を繋ぐ扉を開けた。


「もしかして、今日カンタローがメシ作ってくれる!?」


 扉の先には、着替えに自室へ行ったはずの透花。セーラー服を脱ぎ、下はジャージ、上はレース生地の下着のまま、そこに立っている。


「いいから早く着替えろッッッ!!!」


 貫太郎は叫び声を上げた。

 貫太郎の頭は、すでに先ほどまでの煩慮は消え失せており、代わりに意思とは反する熱がじわじわとのぼっていった。

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